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Distant Daily  作者: 邇杜河 遥
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三月初旬、僕たちの高校生活に別れを告げる日。


ついにこの日が来てしまったと、ほんのわずかなズレもなく整列されたパイプいすに腰掛けながら、三年間を振り返る。

毎日のように慌ただしい朝を迎えた自宅。リビングにはすでに朝の支度を終えていた家族。毎月の整備を欠かさずに行って僕の足となってくれた自転車。学校手前の心臓破りの坂。その坂を上がりきった先にある駄菓子屋。そして、お互いに支え合ったクラスメイト。挙げだしたらキリがないほどの思い出。その全てがフラッシュバックした時、なにやら熱いものが込み上げて来て、気がついたら涙を流していた。今まで当たり前だと思っていた日常が、明日からはどこにも存在しない。その事実が僕をいっそう悲しくさせた。


校長先生やら来賓の方の話が、今日に限って一瞬に感じられた。校歌も歌い終わって式が終わる頃にはあちこちで涙を流す者がいた。僕の三人の親友も例外ではなかった。

小学校の頃からの幼なじみの男友達、いわゆる田舎のガキ大将の僕たちは、度胸試しに川へ飛び込んでみたり、自転車で軽トラと競争したり、地域のお祭りの際には盛り上げ役を買ったりと、とにかく目立ちたがり屋の集まりだった。

理由までは覚えていないが、ケンカだってした。しかも殴り合いの。僕は鼻血を出したりしたが、ひどい奴は骨を折ったりもした大ゲンカ。それでも、僕たちは親友だった。


その親友とも、今日以降はそんなに簡単に集まることはできないのだと、それぞれが理解していた。明日からは、それぞれがそれぞれの道へと歩き出す。まだ、桜は咲いていない。


卒業式後の最後のホームルームも無事に終わり、僕たち四人で、いつか飛び込んだ川に向かった。少しずつ春の兆しが見えるとはいえ、まだまだ寒さが残る。空には雲一つ見えないよく晴れた日の午後だった。

「終わっちまったな。高校生活。」

僕たち四人のリーダーであるトモヤがつぶやく。坊主頭で体が大きく、力持ちでゴツい彼は、今後実家の農家を継ぐ。

「高校生活というよりは、この町で、このメンバーですごす時間かな。」

僕がなんとなしにそう言うと、トモヤが少し悲しい顔をして

「そんなこと言うなよ。俺たちはいつでもおまえの帰りを待ってるからさ。」

と言ってくれた。その言葉を聞いて、ハルトとケンタロウが頷いた。ハルトは町役場に、ケンタロウは隣町の郵便局で働く。その一部始終を見て、本当にいい親友を持ったと思った。涙をこらえきれなかった。

「ありがとう。東京でも頑張ってくる。」

そう答えた。

その瞬間、身を切るような突風が、うなり声を上げて僕たちの背中を押してきた。「前へ進め。」そう言っている気がした。

「そろそろ帰るか。みんな、またいつか、ここに集まろう!」

僕はそう言って河原を後にした。後ろ向きに歩きながら手を振ると、僕の姿が見えなくなるまで手を振ってくれた。また必ずここに戻る。そう心に誓った。




家の前まで帰ってきて玄関を開けようとすると、郵便ポストに封筒が入っていることに気がついた。取り出してみると、そこには整った文字で「河村大輝様」と書かれていた。僕宛の手紙のようだ。差出人の名前は書いておらず、訝しんだ僕は、その場で封を切った。中にはやはり整った文字が、一枚の便せんに敷き詰められていた。


「突然のお手紙ごめんなさい。お元気ですか?私のことを覚えているでしょうか?時の流れは速いもので、もうそろそろ高校も卒業ですね。この手紙を書こうと思い立ったのは、一枚の写真と、一枚の手紙を押し入れから見つけたからです。その写真には、無邪気な笑顔を見せる五人の姿がありました。みんな幼なじみで、小学校の頃はやんちゃばかりしていましたね。中学校に上がってからもやっぱりやんちゃだったのかな?いろいろことをしましたね。今となっては本当に懐かしい日々です。私はそんな仲間の中でも、だいちゃんが好きになっていました。しかし、そう気づいたのは、引っ越しを間近に控えた中二の夏休みの直前のことでした。引っ越しをして離ればなれになる前になんとかこの気持ちを伝えたいと思い、夏休み前最後の登校日で告白しようとしました。でもその日、だいちゃんは夏風邪を引いて休みでした。帰宅後、私は手紙を書きましたが、内容がとても恥ずかしくて結局送れずじまいでした。引っ越し先での日々はとても充実していましたが、それでもだいちゃんたち四人と過ごした日々は私の宝物ですし、今でもだいちゃんへの気持ちは変わっていません。高校卒業後、私は上京して大学に進みます。今まで以上に離ればなれになってしまうのがとてもさみしいです。成長したみんなに、だいちゃんに会いたいです。またいつか、あの河原で会いましょう。これからもお元気で。 宮野灯」


読み終えた頃、僕は驚きを隠せなかった。このタイミングで彼女から手紙が来たことも、彼女が当時から今まで僕を好きだったことも。そして、春から僕と同じ東京にいることも。


宮野灯は僕たちやんちゃ集団にとってあこがれのかわいい女の子で、中学校の頃は先輩からも告白されていた。いつも一緒に遊んでいた僕たち四人も例外でなく彼女が好きだった。僕以外の三人も告白していた。でも結果はダメだった。

僕が彼女の引っ越しを知ったのは、夏風邪を引いて休む前の日の晩のことだった。その日の夕方に帰宅した後、僕は自分の部屋でゲームをしていた。しばらくすると町役場で働く父と町の診療所の看護婦をしている母が帰ってきてなにやら話しているのが聞こえてきた。僕は興味本意でその会話を盗み聞きし、灯が夏休み中に引っ越しをすることを知ったのだった。僕は子供心にショックで、寝込んでしまった。

夏休み明けの最初の登校日に、灯の引っ越しが告げられた。クラスのみんなは驚き、泣く者もいた。僕は受け入れがたかった現実を受け入れざるを得なかったのを覚えている。


そんな彼女が、僕を好きだったなんて。今更のことだと思いつつも、一度会ってみたくなった。東京に行けば会えるかもしれない。そんな期待を胸に、玄関へと歩を進めた。

やはり身を切るような突風が、僕の背中を押していた。しかし、その風が少し熱く感じたのはきっと気のせいではないと思った。桜が咲くのも、そう遠くないだろう。


三月初旬、僕たちの未来へ向けて歩みを進める日のことだった。


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