ソラ君とウチのプレリュード第7番
「「「「「ごちそうさまでした!」」」」」
食事中それとなく話を聞いてみたところ、このクラスの中心的なグループ二つを知ることが出来た。
エカテリーナさんのグループとアナマリアお嬢様のグループだ。
図らずもその一つと友好関係を気付けたわけだ。
食事を誘ってくれたエカテリーナさんのグループには二人の『エオル』がいた。
エカテリーナさんとシアンさんだ。
エカテリーナさんはこのグループのリーダー的存在らしく、この子を中心にして話が進んでいたような気がする。中心的な存在ではあるのだが偉ぶった所はまったくなく、皆で仲良くワイワイやるのが好きな普通の女の子に思える。
そして、もう一人。
シアンさんというこのクラスのムードメーカー。
話の中心がエカテリーナさんだとすると話の出発点が大体この子だった。
よく笑う女の子で、ツボに入るたびにボクの肩をバンバンと叩いてくる男勝りな所がある。
シアンさんはボクが持つお嬢様のイメージとは大分かけ離れていたが、とってもかわいらしく、町にいれば男性の視線を集めるのは間違いない。
そして、アナマリアお嬢様のグループ。
お嬢様以外にミミさんというクラスのマスコット的存在がいて、彼女もエオルの一員。
実力的にはアナマリアお嬢様、ヒナタに次ぐ実力の持ち主で普段は大人しくて無害なのだが、お嬢様に心酔してから扱いの難しい女の子になってしまったみたいだ。
「どういう事?」と聞いてみるも「その内わかるよ。でも、根はいい子だから嫌わないでね」と渋られてしまった。
この会話から察するに二つのグループは仲たがいをしているというわけではなく、ただ単に気の合うもの同士で集まっているだけのようだ。
『エオル』の全メンバーはわかったけどアナマリアお嬢様の事はいまだ情報不足。
これからもエカテリーナさんのグループに混ざり情報収集をしていくことにした。
昼食を済ませ、午後の授業もまじめに受けていると、あっという間に放課後だった。
新しいことを体験していると時が過ぎるのが早い。
そんな事を考えていると、この時を待っていたといわんばかりの勢いで腕を掴まれる。その腕が胸に挟まれてしまっているがそこを指摘すると怪しまれるのでやめて置こう。うん。
「ちょ、どうしたのヒナタ」
「ソラ。いくよ!」
「どこへ?」
「放課後学園を案内してあげるっていったでしょ。もしかして……忘れていたとか?」
そういえばそうだった。
色々ありすぎて忘れていたとはいえない。
ヒナタの笑顔の中に、えもいわれぬ恐怖を感じたからだ。
女の子って怖い……。
学園と言っても、元々ここはお城だ。何階層にもなっており学園内はとても広い。
部屋数が異常に多いし、数々の施設が点在しているので案内するのも一苦労だろう。
だから数日に分けて案内してくれると思っていた。
でも、ヒナタはおでこにうっすら汗を浮かべながら、張り切って学園内を案内してくれている。それとずっと気になっていることがあった。
「ねぇねぇ、ヒナタ」
「なぁに?」
「なんでずっと手を握っているの?」
恥ずかしさもあって、彼女を見ずにぶっきらぼうに言ってしまう。
「暖かいしいいでしょ。それにこうやって手をつないでいるとなんか安心するんだ、私」
ヒナタはそういって微笑む。
ヒナタからしたら女の子同士で手をつないでいるだけだからこの行為自体に深い意味はないのだろう。だけどボクは男だ。
かわいい女の子が、指を絡ませて手を握ってくるから内心ドキドキしっぱなし。
これ以上手汗をかかなければいいけれど――
結局ヒナタの体温ばかりが気になって学園のことがなかなか頭の中に入ってこなかった。
せっかく案内してくれたのにごめんね、ヒナタ。
「ふぅ~こんなもんかな? 学園のこと大体わかった?」
「う、うん。今日はありがとうヒナタ。すっごい助かったよ」
「いえいえ。そういえばソラはどこの部屋使っているの? 後で遊びに言っていい?」
「学園長に用意された部屋を使うけど、荷物をまったく片付けていないから今日はごめん」
なんでこの子はボクに対してこんなに積極的なのだろう。
仲良くなりすぎて性別がばれるのは不味いし、どこかできっちり線を引いたほうがいいのかな。同 年代の子達との共同生活はスラムのとき以来で一方的に興味を持たれるのは多分人生で初めて。そんなボクが距離感を掴みかねるのは仕方ないよね、ヨシュア、スノウ――
次の日、クラスへ移動すると黒板にホールへ集合せよと雄大な文字で書かれていた。
担任教師がランキング戦を近々するといっていたが、まだ学園生活二日目。
いくらなんでも急過ぎないか? ユキさんの顔がちらちらと浮かぶ。
昔から事を急いてはっていいますよ。
『エオル』と候補生のボク達は朝一の授業から音響設備の整ったホールへ向かう。
レインさんと初めて出会ったあの巨大ホールだ。
ホールでは既に生徒たちが静かに着席していた。
何百人いるのだろう?
これだけの人間がいるのに誰一人として無駄口を叩かず、行儀良く座っているのを見て、この学園におけるランキング戦の重大さを思い知る。
最後に入場したボク達のクラスが全員着席すると間もなく
「起立」と壇上から声が掛かる。
皆、静かに立ち上がり綺麗な立ち姿でその時を待っている。
「ピアノの音にあわせて発声してください」
皆で軽く発声練習をする。
聞こえてくる音にブレは無い。
世界的に有名な国立ローズブルク音楽学園の生徒だ、これくらい出来て当たり前だろう。
「はい、よろしい。それではランキング戦を始めます」
――学園内ランキング戦。
『エオル』を目指す生徒はここで目覚しい成績を収め、教師に認められなければばならない。
ならないのだが――
皆ここで発奮して『エオル』入りを目指すものだと思っていたのだが、どうやらそうではないようだ。他生徒の実力は現『エオル』メンバーにまったく及んでいなかった。
音楽を少しでも齧った事のあるものであればすぐに声の質や声量などの圧倒的な差に気付くだろう。
ここにいるのは専門的な指導を受けている者ばかりだ。だから自分の実力を理解してランキング戦が始まる前から白旗を揚げている生徒が目立つ。
一見真剣に参加しているように見えるが彼女達から発せられる気迫のなさでそれがわかる。
『エオル』のように実力あるものが、世界ツアーなどで経験を積み続けていけば差が広がっていくばかりなのに彼女達はそれでいいのだろうか?
ボクなら同じ立場なら悔しくて仕方ないのに。
家柄のいいお嬢様達はハングリーさが足りないのかもしれないけど、チャレンジもしない人間はそこで成長が止まってしまう。
その点、ボクは歌に関しては誰にも絶対負けたくはないと思っている。
いや、負けると思っていない。
最初は歌唱力のテストだった。
三人一組で課題曲を色んな組み合わせで歌い、生徒達の実力と相性を探る。
現在『エオル』でチョーカーを持つことを許された選抜メンバーはNo,一のアナマリアお嬢様、ヒナタ、ミミさんの三人。
ボクとアナマリアお嬢様を除いた、ヒナタ、エカテリーナさん、シアンさん、ミミさんの四人は、中学生のうちから学園の代表『エオル』として世界ツアーなどで経験を積み、世界中から賞賛を浴びてきた子達だ。
彼女達が発声するたびに他生徒から感嘆の声が漏れた。
四人の実力に遜色はないとボクは思うけど、聴衆の魂を幸せにする神がかり的な表現力と包容力でヒナタが一、二歩リードしているように感じられた。
そして、問題のアナマリアお嬢様はというと――想定していた以上に圧倒的な歌唱力だった。音楽の神が体内に宿っているのだろうか? 感動で涙を堪えるのに必死だった。
また、一人の女性としても魅力的すぎた。
これはオーディエンスのいる事柄で圧倒的に有利に働く。
ロングの金髪から覗く碧眼のクールな目は、男女を問わず相手を従属させる魔力を秘めている。体のラインは美の女神が現代に顕現したかのようなパーフェクトボディでどこにも隙が見当たらない。 これでボクと同じくらいの時間を生きてきた高校生だというのだから末恐ろしい。
ボクも他の生徒達も終始息を飲み、知らぬうちに前のめりになって彼女の歌声に聞き入っていた。
手のかかる子だとは聞いているけど、ここまで実力が突出していると学園内で彼女をたしなめることは難しいだろう。
それが教師であってもだ。
だが、感心してばかりではいけないい。
この神様に愛されたミューズを、歌の力で負かすのがボクの仕事だ。
ボクの中に負けん気の火柱がメラメラと渦巻く。
歌だけがボクの存在意義。
絶対に負けられない。負けてはならないのだ――