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ソラ君とウチのプレリュード第49番 これからの三人

 ベルリンでの激戦から半年が経った。

 今日は一年の終業式だ。もうすぐ二年にあがるというのにボクはあの日から声を出すことが出来なくなっていた。

 医者いわく、精神的なものらしいが、特におかしい所はなく悲しかったら泣くし、楽しい事があったら笑う。

 ただ、声が出せなくなっただけだ。

 同室のヒナはそんな声の出せなくなったボクを今まで以上にサポートしてくれていた。

事情を知っているからこそ、あの時の事には一切触れてこない。そのやさしさが心地よかった。

だからボクは大丈夫。



 ボクなんかより学園長であるユキさんのほうが心配だった。

 経営面が覚束なくて学園の危機を招いた張本人だった彼女は、休日返上で仕事に打ち込み続けている。

 仕事の出来る経営者として成長したのはいいが、あの傍若無人な振る舞いと明るさは影を潜め、はたから見ても無理をしているのがすぐにわかって正直つらかった。今はアナマリアさんが公私共にサポートしてあげていることでどうにかバランスを保っているようだ。



 学園の生活の方はというと、歌唱の授業以外は今まで通り。

 歌唱の授業時間はチャーさんの手伝いをしたり、知識の追いついていない授業の補習を受けさせてもらったりしていた。今でも学業はみんなについていこうと必死だ。

 こんな生活を続けたある日、ボクは夢を見た。

 それは起きてからもしっかり覚えていられたほど強烈な夢だった。


 

 夢の中にレインさんが現れて

『ソラ君、もう起きる時間だぞ。このままじゃ授業に遅れるぞ。起きろ~』

と、なかなか起き上がらないボクに、いつものようにほっぺたを引っ張って力ずくで起こしに来てくれたっけ……それでいつもボクはこう言うんだ。

「あと、五分~」

『何、お約束事を言っているんだい。せっかく色々経験して成長したと思っていたのにまだまだお子ちゃまだねぇ。まぁ、いいさ。ウチのモーニングコールを無視した罰だ。遅刻してこっぴどく叱られるがいい』




「ソラ! 起きろー遅刻しちゃうぞ」

 ドアを叩く大きな音と声で目を覚ます。

 まどろみの中、目覚まし時計を確認するといつもの起床時間より三十分も過ぎてしまっている。

 ドアの開錠音と共にヒナが部屋の中に強引に入ってくる。鍵は掛けておいたはずだけど……。

「もうっ! まだそんな格好して!」

 掛け布団を引っ剥がされる。うう、寒い。

「簡単な朝食を作ってあげるから、その間に着替えなさい」

 


 レインさんがいなくなってからというもの、完全に保護者のような態度で接してくるヒナに頭が上がらない。

 昔と完全に立場が逆転していることに気づいて思わず笑ってしまった。

 制服に着替え、ヒナが作ってくれたトーストとハムエッグを急いで口に詰め込み、飲み物と一緒に体の中へ流し込む。

 ごちそうさま。

 声は出せないが感謝の気持ちをこめてヒナにお辞儀する。

「ちょっと、寝癖がすごいよ。すぐ終わるからそこに座っていて」

 そういって胸元からかわいらしい櫛を取り出すと、ボクの後ろに回り髪の毛をときだす。

 最初はやさしくブラッシングしてくれていたが、時間がないということに気づいたのだろう少しブラッシングが荒々しくなったその時、髪の毛が櫛に少し絡まって

「痛っ!」

 と声が思わず出た。

「ごめん、痛かった? ってあれ? 今ソラ声出てなかった?」

 あれ? そういえば……。

 恐る恐る声を出してみる。

「あ、あーー」


 

 前のように女の子のようなソプラノではないけど、新しい澄んだ声が間違いなくボクの声帯から出ている。

「おはよう、ヒナ。やっと声が出るようになったみたい。これで日常生活も――」

 うっ!

 いい終わらないうちに弾丸と化したヒナから猛烈な勢いで抱きつかれる。いつぞやもこんな事があったような……。 

 ふと気づくと、ヒナがボクの胸で大粒の涙を流しながら泣いている。

「ううぅ、よかったねソラ」

「うん」

 誰よりも心配してくれていたヒナの優しさに、体を寄せ合い触れていると、なんだか強烈な愛おしさがボクの中でこみ上げて来て

「ヒナ……」

 局地的で『不自然』な暖かい日差しがこちらに照りつけボク達を祝福する。

 ヒナはウルウルした瞳でこちらを見つめ返すと、目をゆっくり閉じる。

 気持ちを確認したボクは愛しいヒナの唇にキスをしようと目を閉じ、唇を近づけていった――



 ブチュっと何かに口付けをするも違和感がすごい。

 なんだろうこれ。

『朝から何をしているんだい二人とも、授業に遅れるよ?』

 え?

 驚いて目を開けると焦点の定まらない距離に何かがいた。それはプカプカと浮いていて、怒りを表すように光を点滅させている。

 とても見覚えのあるその人は、不機嫌そうに手を組んでいた。



「うわ!」

「え? 今の声もしかしてレインさん?」

『そうですウチです。レインです。せっかく感動の再会をしてやろうと作戦を練っていたのに……ヒナ君に寝取られ寸前な状況に出くわすとは……』

 プルプルと小刻みに震え、今にも怒りが爆発しそうな、そんな前触れがあった。



『ウチの目の前で昼間っからイチャイチャして! 恥ずかしくないのかい! それに……子供の君たちにはキスはまだ早い! 学生の本分は勉強でしょ! わかったらとっとと教室にいく! 返事は?』

 なんだか心の奥からあふれ出す気持ちが「「はい!」」と大きな声を自然と出させた。

 ヒナへの想い、レインさんとの再会、そして新しく生まれ変わったボクの声。

 幸せで、暖かい感情を心にいっぱい詰め込んで、ボクは教室への道を急いだ。


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