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ソラ君とウチのプレリュード第5番

 国立ローズブルク音楽学園は中高一貫の女学園で、音楽の才能にあふれた将来有望な乙女達が在籍している。

 中世のお城を改築して学園として使用していること、洗練された高度な教育プログラムに、卒業後の待遇のよさもあって在籍する生徒の九割以上が名家のご息女である。

 そんな学園の中でも特に成績優秀なものだけを集めたクラスを『エンプレス・オブ・ローズブルク』と呼ぶ。



 そんな『エンプレス・オブ・ローズブルク』も五年前にユキさんが「なんかこれ長いし、わかりづらくない?」という事で三つの単語『E』『O』『R』から頭文字をとってクラスの中でも特に優秀な数名を『エオル』と呼ぶようになったという。

 


 ボクが潜入するクラスがここだ。

 そしてエオルのいる教室がすぐそこにあった。

 できるなら今すぐこの場から逃げてしまいたい。

 でも、一度請け負った仕事だし、レインさんとの約束もある。

 やるしかない。

「おはようみんな。突然だが、今日このクラスに編入生がくる」

 教室内がざわつく。

 それを教室の入り口前で聞いていたボクは緊張でどうにかなりそうだった。

 編入してくる人間が実は女装をしている男とは誰も思うまい。

『スパイト』の滅却をするときとは違った緊張感だ。

 胃がキリキリと痛む。



「編入生、入れ」

 教師に促され、意を決し教室の中へ一歩踏み出す。

 履きなれないスカートで下半身が心もとない。

 歩き方はぎこちなくなっていないだろうか? ああぁ、皆の視線がちくちくと痛い。

「みんなに自己紹介を」

「ソ、ソラといいます。親の都合で急な時期に編入になって少し緊張しています」

 いつもより気持ち声が高くなってしまう。

 不審に思われてなければいいけど……。 



「わからない事だらけなので色々教えてください。よ、よろしくおねがいします」

 編入してきた理由が理由なので嘘を付くしかない。

 だからといって気の効いた事がいえるわけではない。ボロを出して男とばれても仕方ないので無難なことだけ言って頭を下げる。

 頭を上げる際、生徒の顔をのぞき見たが、一人を除きあんまり興味を持ってもらえていないようだった。

 今の自己紹介じゃ仕方ないけど少し寂しいな。



「それだけか? つまらん奴だな。まぁいい、皆仲良くするように」

 教師受けもあまりよくなさそうだ。

 まばらな拍手がもらえたのでどうにか気を取り直す。

「そこに席を用意しておいた。ひとまずそこの席を使ってくれ」

「あ、はい」

 そこは自己紹介の時によく目のあう女の子の隣だった。

 キューティクルが見事な黒髪を肩まで伸ばし、サイドに流した右側の前髪を髪留めでとめ、そこから覗くきらきらした目が眩しい。顔立ちは少し幼く見えるが、制服では隠し切れない立派な胸をお持ちでそのアンバランスさが妙に魅力的な女の子だった。



 そして首元にはかわいらしいチョーカー。

 この子もボクと同じように妖精とタッグを組んでいるのかもしれない。

 そんな少し前までは思いつきもしなかったファンタジーなことを考えていると、その子から袖を引っ張られた。



「私、鷹富士ヒナタ。よろしく、ソラ」

「こちらこそよろしくおねがいします。鷹富士さ――」

 あれ? 天使のような笑顔を見せてくれていたのに、一瞬むっとしたような?

 無意識に相手の機嫌を損ねるようなことでもしちゃったかな。

 同年代の女の子と接するのが久しぶりだから見当がつかない。

「同い年なのに『さん』付けとか堅苦しいよ。私のことはヒナタって名前で呼んで。そっちの方がうれしい」

「え? あ、うん。ヒナタ、これからよろしくね」

 ヒナタと呼ぶと今度ははちきれそうな笑顔になって頷いた。

 機嫌を直してくれたようだ。大した理由が大した事じゃなくてよかった。

 安心したボクはぺこりと頭を下げ、着席した。



「よろしい。それとソラは放課後時間を空けておくように。学園内を私がきっちりみっちり案内してあげるから」 

 胸を張り、お姉さんにまかせろといった風情は、なんだか微笑ましくてこちらの頬が自然と緩む。このヒナタという女の子は人に自然と好かれる才能を持っているようだ。そう思える素敵な子だ。隣の席がこんなに素晴らしい子であれば、心配だった女装での学園生活もどうにかやっていけそうな、そんな気がした。

 ボクとヒナタの軽い挨拶を待っていてくれたのだろう、タイミングを見計らって教師が話を再開させる。



「みんなも編入生と仲良くしろよー」

「はい」

 ヒナタのお陰なのか、急激にこのクラスに馴染めたようだった。

「そうだ、最後にひとつ。伝える事があった。私も今朝聞かされたのだが、ソラが増えた事で再度ランキング戦をすると学園長が仰った。ワールドツアーのメンバーが固まりかけているところすまない。恨むなら学園長を恨んでくれ。以上」

 教師からランキング戦と聞き、ユキさんが機内で話してくれたボクの初仕事の内容を思い出す。

その内容とは校内ランキングで一位の座に君臨している『アナマリアお嬢様』の素行をどうにか改善して欲しいということだった。

 『スパイト』関連の危険な仕事だと思い込んでいたボクは正直拍子抜けした。

 でも、話を聞くと事はそう簡単ではないらしい。



 本人の強い希望を叶える形で大財閥の娘であるアナマリアお嬢様の入学を認めたまではよかったのだが、入学後、ある日を境に彼女は教師の言うことをまったく聞かなくなってしまった。

 時が経った今でもそうなった理由がわからないが、優秀な成績を収め学園トップに君臨していた彼女が他の生徒に与える悪影響は思った以上に大きかった。

 世間知らずな他のお嬢様達がアナマリアお嬢様の真似をしだしたのだ。

 学園側は『エオル』に在籍し、世界中にファンを持つ優秀な彼女を生徒の規範になてくれると考えていただけに頭を抱えた。

 確かに学園側からすると非常に扱いが難しいのはわかる。

 


 そんな時に学園長であるユキさんが苦心して出した案が、アナマリアお嬢様の実力を上回る人間を用意し、アナマリアお嬢様の高く伸びた鼻をへしおってもらう事だった。

 最初は女の子を捜していたのだが、どうやってもアナマリアお嬢様を超える才能の持ち主を探す事ができず、諦めかけていた所にヨシュアからボクの話を聞いたそうだ。

 


 それにしても……そんな簡単にうまくいくのだろうか。

 反抗的になってしまった原因を把握していないから根本的な解決にならない、とボクは思う。

 それを無視して彼女をトップの座から引き摺り下ろそうというのはなんだかアナマリアお嬢様がかわいそうだ。

 それに本人の強い意思でこの学園に来たからには何かしらの『特別な思い入れ』があるはずだ。

ボクは彼女が抱えている問題を理解し、一緒に解決したほうが良策だと思うけど―― 


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