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ソラ君とウチのプレリュード第47番 何かを得て、何かを失う


 「今日我々と対峙しながら、何か手ごたえがないと感じてはいなかったか?」

 惨状を目の当たりにし、言葉を失ったままのボクにシュナイダーコークは半笑いで語りかけてきた。

 胸のうちを言い当てられた気がして、黙って睨み返すことしか出来ない。

 シュナイダーコークはそれがツボに嵌ったのか更にニヤニヤしながら続けた。 



「自分の力が成長したおかげだと思っていたのだろう? んっふふ…………世の中そこまで人間に都合よくできているわけないだろう」

 何もかも見透かされている気がして、それを悟られるのが嫌だったボクは、肯定も否定見せず相手の視線をそらさないでいるのがやっとだった。



「ふん、段々いい顔になってきたじゃないか」

『ソラ君、しっかり! 相手の言葉にいちいち反応していたら奴の思う壺だ! 落ち着いて、そう……深呼吸、深呼吸をするんだ』 

 レインさんに指摘されるまでまったく気づかなかったが、呼吸が大分浅くなっていたようだ。息を少し大げさに吐き、そしてゆっくりと吐く。これを何度も続け、平常時の状態へ戻す努力をすると狭まっていた視界がいつも通りに開けた。そのまま何度か深呼吸をつづけたあと、大分落ち着いた思考で、現状把握に努める。



 今、ボク達はとんでもない窮地に立たされている。

 ただでさえレベル五の厄介なスパイトがいるというのに、その上ファンのみんながスパイトに寄生され続け、今もその数を増やし続けている。

 統率の取れた動きはなく、我先にとメインステージによじ登ろうとしているからまだメインステージにたどり着くものはいないが、それも時間の問題だろう。

 今日のファンの入場者数は主催者発表で五十万超、いくらなんでもそんな数のスパイトを相手にしてなんかいられない。

 この窮地、一体どうすれば打開できるんだ――



「悩んでいる暇なんかありませんよ。ソラさん」

「え?」

「相手がスパイトである限り、私たちの聖なる歌は届き、必ず滅却する事ができます。歌が届けばみんなを救うことができるのですよ? 何を迷う必要があるんです。いつもどおりに情熱的に歌い、踊る。それが今の私たちに出来る唯一の仕事です」



「……その、通りです」

「声が小さい! これからが正念場ですよ」

「その通りです!」

 お腹から声を出し、ネガティブな感情はそこに全て吐き出す。アナマリアさんの言うとおり考えている暇なんか元々なかったのだ。出来ることだけをやる! そんな当たり前のことをまた気づかされてしまった。

「みんなごめん、ぐだぐだ考えている場合じゃなかった」

「その通りよソラ。あなただけよ、そんなに惑わされてばかりなのは。しっかりしてよね? エオルの歌姫様」

 歌姫様ね、自分で言うのもギリなのに性別を知っているヒナから言われるのは、なんともいえない気分になるなぁ。まぁ、こんなこと気にしている場合じゃない。

「みんな、今度こそ準備はいい?」

「「「「「オッケー」」」」」

 返答に戸惑いや焦りは感じられない。いつもの公演前のときのようなほどよい緊張感があるだけだ。これならやれる。

「スリー、ツー、ワン」



 エオルがこの地で紡ぐもう一つの物語『ベルリンへの鎮魂歌』の上演――――

 


 ★この曲を聞いたある専門家はこう評したそうだ。

 人間はおろかだ。この曲を聴くとそれを再認識させられる。

 だが、同時に  新

外界をまだ知らぬ胎児が

希望ある未来を想像させる

母胎の羊水に浸かっている胎児が母の心音で で羊水にいるような心地よさ

  ~と歓喜

だそう。ボクにはよくわからないがいい音楽だと褒めてくれているのは間違いない。受★け取って

 

 全ての聴衆に愛と慈しみを持って歌いあげていく。

 エオルの歌は人間には心地よい癒しの旋律になるが、スパイトには自らを破滅へと導く終局になる。



「たすけてぇぇぇくださぁい、ソラさまぁぁぁ」

 声の主と目が合う。

 救援を求めたのは半身をスパイトに寄生され半人、半スパイトの女性からだった。

 


 それは止む事もなく犠牲になったファンの魂の叫びが次々と会場に響き渡り、ボク達の耳に届く。

「頭が割れるように痛い、痛いのぉぉぉぉ」

「絶対にころ、ころしてぇやるぅぅぅ! いやぁぁぁぁ、エオルの皆さんになんてことを口走っているのぉぉわたしはぁ」

 自分達を愛してくれる人たちから届く、本来ありえない感情の発露。

 


「お前達のために人間の意識を半分覚醒させたままにしておいたやったぞ。最高の趣向だろこれ」

 悪趣味すぎるシュナイダーコークの告白に、耳をふさいで歌を止めてしまいたくなる。それができればどんなに楽だろう……でも、ボクはプロの演者で、プロの滅却士だ。今までにもこういった想定外のことにも対処してきた。

 やれる、ボク達ならきっとやれる。

 気持ちを立て直すために炭田に力を入れなおし、このまま皆を救うために歌い続ける事を選択した。



「おいおいおい、この声が聞こえていないのか? 苦しんでいるのはお前達のファンじゃないのかぁぁん? あひゃひゃひゃひゃ」

 勝ち誇ったように叫ぶシュナイダーコークの言葉に、ボクはもう心を揺さぶられはしない。




 ファンの悲鳴を聞くたびに目じりから温かいものがこぼれそうになるが我慢し、こらえていると、ふいに、両端から腕が伸びてきて、ぎゅっと両手をつかまれた。左右を確認するとそれはヒナとアナマリアさんの手で、二人とも手がじっとりと汗ばんで震えていた。

「一人で抱えこまないで、私たちもいる!」

 と目が言っていた。

 


 そう、つらいのはみんな一緒だ。

 それでもこういった局面でお互いを支えあえるから人間は強い!

 二人の手をギュッと握り返し、最高の笑顔で心をこめた歌を歌う。スパイトから支配から開放するため、皆に苦しみを与えることを厭わずに歌いつづける!



「ん、どうした? ファンの断末魔が聞こえないのか? お前たちには、やつ等の苦しむ声が聞こえないのか?」

 ボクの人生を救ってきてくれた歌が人を傷つけている。その現実がたまらなく苦しい

 この苦しさは一人では絶対に耐えられなかったはずだ。


 

 ボクの大切なものが詰まったこのドームで心の痛みに耐えながら歌を歌い続ける。歯は食いしばらない、涙も流さない。

 それでは歌えないから、それでは皆を救えないから!

「お前達にはぁぁぁぁこの声が聞こえないのかぁぁぁ? こいつらはお前らのファンだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 心が麻痺したわけじゃない。みんなの苦しみの声は全部聞こえている。

「あの女の苦痛にまみれた顔を見てみろ! お前らが歌い続けるから泡吹いて倒れたぞ。ひゃひゃひゃひゃ」

 


 もう腹は括った。

「見ろ! 子供が頭から落ちて行ったぞ! この高さだ、まず助からないだろうなぁ」

 もう、絶対に惑わされない。

 一人でも多く、一秒でも早く、この悪夢から開放させる!

「ぐぅ、貴様ら……止めろといっているのが、聞こえないのかぁぁぁぁ」



 痺れを切らしたというより、今までやせ我慢を続けていたみたいだ。

 ようやくシュナイダーコークにも祝福されし聖なる曲が届いていたという確信が持てた。

 あとは一気呵成、奴の構成する細胞全てをこの世から消し去ってやる。そのために心の限り歌って、躍って弾ける。



 親玉であるシュナイダーコークの猛攻を、歌の聖なる力とそれに呼応したこの地の持っている本来の地脈の力で何度も跳ね返していく。一人では絶対にここまでやれていない。みんながお互いを信頼しあい、高めあっているからこそだ。



 有利に傾きはじめた戦況にここでひびが入ってしまう。

 限界を超えた戦いの中でとうとう脱落者が出てしまったのだ。

「んっ」

 歌のハーモニーに勢いが失われる。

 その原因を作ったのはミミちゃんだった。

 力を出し尽くしてしまったのか、ステージに倒れこみ、肩で息をしている。出来れば助けてあげたいのだが、これ以上音を減らすことは出来ない――

 

 

 ミミちゃんの担当するパートの音が消えたことで一時的に歌の調和が乱れる。

「――――」 

 それにすばやく対応したのがミミちゃんの親友でありエオルのリーダーであるアナマリアさんだった。自分自身とミミちゃんのパートを起用に歌いこなしている。流石神にいくつものギフトをもらった生きる女神、この機転、恐るべし。



 ボクたちが相手の数の暴力以上の力で持って戦況を圧倒しだした。何百、何千、下手すると何万もの負傷者を出しながら、ボク達は悪意に屈せず歌を歌い続けた。

 曲も終盤に差し掛かり、もう少しで【勝敗が決する】そんな予感めいたものを感じ始めたのだが、あと一歩、いやあと半歩の所でシュナイダーコークに抵抗され続けていた。ここに来てうがつことの出来ない分厚い壁のようなものがあって勝負を決めきることが出来ないのだ。


 

 土俵際で粘られ続けていたら、今度はボク自身にも体力の限界が近づいてきたようで、目の前がチカチカと光だす。ボクが志半ばでぶっ倒れるか、相手が根負けして滅却されていくか、意地の張り合いだった。

 この均衡を崩す、奥の手さえあれば――



『どうやら、ウチの出番のようだね』

 心地よい温もりをくれていた首元に巻いていたチョーカーから、目を開けていられないくらいの強烈な光が周囲に拡散する。それが一気に収束すると、一人の女性が腕を組んで佇んでいた。

 どこで用意したのか、エオルのメンバーと同じステージ衣装を身にまとっているその女性は人間形態になったレインさんだった。

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