ソラ君とウチのプレリュード第45番 お嬢様との約束
感覚が鋭敏になって研ぎ澄まされているからか、目の前のガラス窓がスローモーションのように砕けていくさまを目で追うことが出来た。それにしても思い切ったことをしたものだ、以前の彼女だったらここまで過激な事は選ばずもっとスマートな方法を取ったはずだ。
ってあぶなっ!
砕け散ったガラスの破片が顔面に向かってくるのをすんでのところでかわす――だけじゃダメだ。こんなのが落下したらファンに当たってしまう可能性がある。あわててキャッチ――できるわけもなく、ガラスの破片はフロアへ落ちていってしまった。
人がいるようには見えなかったがもしかしたら誰かいたかもしれない。念のため、下を覗くと幸運にも誰もいなかった。ホッと息をつくも本来の目的を思い出し、ぶち破られたガラス窓の隙間から室内へ侵入する。
そして目の前の女の子に「下に人がいたらどうするつもりだったんですか?」と文句をつける。
「私がそんなミスをするはずがないでしょ。下に人がいないことは確認済みです」
心外だ、とばかり胸直下で腕を組むと、こちらを睨みつけてきた。
確かに…………。
目の前の女の子は神に愛されすぎて、一人一個もらえるかどうかのギフトをいくつも貰った完璧美少女アナマリアさんだ。とっさに言ってしまったが、こんな初歩的なミスはしないという思いもあった。
「それにしても、うるさいわね」
あまりのやかましさに呆れていて機嫌が悪いのか、聞きたいことは山ほどあるのだが、なんだか話しかけづらい。だからそんなときは勢いで持って「アナマリアさん!」と呼びかける。
「言わなくてもわかります。この音をどうにかしたいのでしょ?」
流石に話が早い。首肯し、続きを待った。彼女なら解決策をすぐにでも提示してくれるはずだからだ。
瞬時にアナマリアさんはこちらへ開いた手の平をみせる。
「五分、五分あればこのシステムを掌握してこちらから音を止めることが出来ます」
出来ます、と言い切れるだけの知識と能力が彼女にはある。
システムルーム内の椅子に座り、システム機器と向かい合うアナマリアさんは目線をモニターに固定し、早速作業を始めた。
「さっきの“力”レインさんのおかげなんでしょ?」
作業を続けたままのアナマリアさんから質問が飛んできた。
レインさんの力で飛翔していた事を言っているのだろう。それくらいしかアナマリアさんがボクに食いつく要素はないし。
「ですね」
「……いいなぁ」
高速でキーボードを叩いているアナマリアさんはこの大音量でかき消されるかどうかギリギリの音量でつぶやいた。アナマリアさんにしては珍しい感情の発露だった。ユキさんと同じくらいレインさんにも特別な感情を持っている彼女からしたら切実な想いなのだろう。
出会い方が少し違っていれば、レインさんの所有権はユキさんからアナマリアさんへ継承されていたと思う。
ボタンのかけ違いでこうなっているだけだ。たらればの話だからこれ以上進展する話ではないけどね。
『いやぁ~モテすぎるのも困りものだねぇ~』
こんなときでも冗談を言えるレインさんは流石。でも、可愛い子に対するレインさんはこれで終わらない。終わるはずが無い。
『アナマリア君なら、何度か貸し出されてもいいよ。あ、でもこの戦いが無事終わったらね?』
「レインさん……ありがとうございます。楽しみにしていますね」
『約束だ』
「約束です」
二人の絆が更に深まった感動的なシーンだ。それなのにさっきから雰囲気を台無しにするお邪魔虫がいた。
もちろんスパイトだ。
体のサイズが災いしてガラス窓にあいた穴から入れずに、怒っているのか、穴を拡張しようとガラス窓を叩き割ろうと奮闘しているところだった。
この虫タイプのスパイトは、人間に取り付いたタイプでないため肢の強度が足りず、いまだ室内にたどりつけていない。
だからといってこのまま放っておける訳が無い。アナマリアさんがシステムと奮戦してくれているのだから、ボクはこいつらの相手を買って出るしかない。
さて、どうするか。
出口をふさがれる形になっていて逃げるのに最適なドーム内へ戻る事が出来ない。とりあえず邪魔なので、さきほどの消火器をスパイトめがけて投げつける。この程度で致命傷を与えられるわけじゃないが、ひるませる事には成功し、スパイト一体をガラス窓から後退させる事ができた。この機を逃さず穴からドーム内へ戻り、アナマリアさんがシステムを掌握するまでスパイトと鬼ごっこをする決意をした。
窓ガラスから出る際、ヘイト値を稼ぐために消火器をぶつけたスパイトに足蹴りをかます。これでボクに注意が向いてくれればいいけど……。
『狙い通りだね、必死について来てるよ。それよりあのスパイトどMなのかも。どこか喜んでいるように見えるよ。やったねソラ君』
ゾっとなって後ろを振り返るもスパイトはいつもと変わらない邪悪な顔をしているだけだった。
あんまり変な事いわないで下さいよ。
ボク達とスパイトの追いかけっこが始まる。飛翔速度は相変わらずこちらのほうが速いから逃げる事自体は造作ない。だが、ボク達の勝負のつかない追いかけっこに業を煮やしたのかシュナイダーコークの元からスパイトが何体も増員され、時がたつほど逃げるのも困難になってきていた。それでも視界に時々映る光景に勇気をもらい、ボク達は時間を稼ぐため逃げ場を探し、飛翔し続けた。
『おっと、おわっと』
上下左右から攻撃を仕掛けられているので、急旋回、急加速、急停止とあらゆる手を使って逃げ続ける。飛翔デビュー初日のボクは様々な角度からかかるGで体の負担が結構きつい。
レインさんが必死になってボクを操縦してくれているので、自分では意図しない動きしかないためだ。レインさんもそこらへんは承知してくれていると思うけど、そんな事を気にしている場合じゃないらしい。
『これは、うわわ。思っているよっと、以上にきっついかも、あと何分くっは、くらいぃ?』
既に五分たっているようなそうでもないような、時計なんか当然無いから確認しようがない。それ以前に約束どおり五分でアナマリアさんがシステムを掌握するとも限らない。
『そんな、うひぃい、事いわないのぉぉぉぉ~。アナマリアくんわっは、君がおもってえへへ、いる以上にぎゃー、優秀な女の子なんだよよよよ』
操縦、飛翔、会話全てをこなしているレインさんも大概だなぁと思いながら、内蔵と三半規管にダメージを受け続けるボクは我慢し続けることでレインさんの頑張りに応えた。
でも、つらい時って時間が過ぎるの遅く感じるよなぁ……
何度スパイト達の息もつかせぬ猛攻を凌いだろうか、ボクもレインさんも会話を交わせないほどクタクタになっていた。
そんなときを待っていたのか、スパイトが同士討ちもいとわない総攻撃だ。ここで決めるつもりなのだろう、文字通り逃げ場が無い。これは流石にやばいかな?
来るなら来いやとばかりに覚えの無い格闘技の構えを取って待ち構えると、いきなりぷつんと大音量が消失。
ボクが失神したとかではなく、アナマリアさんが成し遂げた合図だった。
『流石だ、アナマリア君』
いきなり訪れた静寂で耳がキーンとなってはいるがこのくらいからいける。アナマリアさんの有言実行に感謝しながら、逃げ場の無い空中で全方位から暴力をふるってくるスパイトに、カウンターの音を発した!
そのまま連続した音を紡ぐとそれは言葉として形を得る。それらが集まると歌へと進化し、スパイトを滅却する力となった。
「ギャギャギャ」とか「キィィィィィ」とか高音、低音様々な悲鳴を上げて飛行形態を取っていた全てのスパイトが、円を描きながら落下し、滅却されていったのだ。




