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ソラ君とウチのプレリュード第44番 反攻 

『ユキぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ』

レインさんの悲痛な叫び声がボクの胸を締め付ける。

どんな事をしてでも助けなきゃならなかったのに、自分たちにはその力があるというのに。くそう…………。

「んはははは、人間の悲しみ、絶望ほど愉快なものはないな。もっと、もっと私を楽しませろぉぉ!」



ボクが慢心したばかりにユキさんを助ける事が出来なかった。無情にも彼女はこの高さからコンクリートのフロアへ叩きつけられてしまった。

まだ全てがダメと決まったわけではないが、下を覗き込んで現実を直視するのが怖い。それはレインさんも同じようで、明るい鼓動を一切感じさせないほど心が冷え切ってしまっている。



 元エオルトップで人目を引きすぎる美人ゆえに自分本位に振舞っていたユキさん。ボクも色々振り回され迷惑も被ったが、それはあの人の一面に過ぎない。しばらく付き合ってみて解った。やり方が不器用なだけで最終的にはその人のためになるように考えてくれているのだ。他人の人生への影響力が絶大な人が突然自分達の下からいなくなってしまうかも知れない――



 喪失感に怯えたまま、なんとか気持ちを奮い立たせ、ボクはステージの縁まで歩く。

シュナイーコークを含むスパイトたちは攻撃を一切してこない。

この状況を楽しんでいるのだろう。そしてボク達がステージ下の惨状を見届けるというメインディッシュをいまか、いまかと心待ちにしているのだろう。


 逆にボク達は一歩一歩近づくたびに息苦しさが増していく。これから眼下に、ユキさんの、大切な人の凄惨な姿を見ることに――

「うそっ……」

ボクにとって人生最大の衝撃的な光景が広がっていた。

 


 背中に【ソラちゃん命】とプリントされたカラフルな衣装で統一されたシャツを着こなす、むさ苦しい男の集団にユキさんが無事キャッチされていたのだった!

「これだけ人数いればいけるもんだな。ナイキャー」

 ボクの濃ゆいファンは自分達の功績を健闘しあうようにハイタッチしている喜んでいる。

 ユキさんを救ってもらった歓喜と、想像しようもなかった絵面の酷さの相乗効果で、思考停止しかける。そんなボクに見られている事に気付いた一人が

「ソラ様! 学園長は大丈夫です。傷ついてはいますがしっかり息をしております! 医師免許を持っている私が確認いたしました! ソラ親衛隊が身を挺してお守りしました」

 更に回りもボクの視線に気付くと、腕をぶんぶん振り、大声で存在をアピールする。

「うおぉぉーソラちゃんだ! オレ事やりましたよ!」

「みんな……」



 メインステージ付近は『スパイト』が集結しているから危険極まりない場所だ。戦う術を待たない彼らは真っ先に逃げるべき場面。それなのに彼らは危険を冒してまで、最前列でボクを見たいばかりにこの場に留まっていてくれていた。更に上から降ってきたユキさんを見事キャッチするという功績まであげている。この素晴らしい心意気と男気に、同性でなければ惚れていたかもしれないという錯覚すら覚えてしまった。



 だからボクもそれに応えるように、彼らが信奉するエオルの歌姫ソラのイメージを壊さないように、スカートを押さえながら、最高のスマイルでもって

「みんなー。その人を安全な場所まで避難させてほしいんだ。お願いできるかな?」と下へ叫ぶ。

「うぉぉぉぉぉぉぉ。ソラちゃんのオーダー承ります。ソラちゃんファンクラブの名に懸けて、命をかけて守り通す所存です」と公演中さながらの歓声が聞こえてくる。

「あはは」


 数と質量の暴力で彼らはスパイトを蹴散らしながら、ユキさんを防護しながらどこかへ消えていった。

『命知らずでクレイジーな、君にぴったりの最高のファンを持ったね!』

「はいっ」

 ユキさんの安全を確保できたことでボク達の最大の懸念材料が無くなった。

 これで全力を出して歌うことが出来る。シュナイダーコークを滅却する事が出来る!

「思い通りには行かなかったようですが、いまどんな気分です?」

 シュナイダーコークに向き直り、満面の笑顔で煽ってみる。

「…………」

よほどお気に召さなかったのか、こちらを無言で睨む姿を見て、内心胸がすく思いだった。だがこんなんじゃまだ足りない。ボクが受けた心の痛みはこんなものじゃない!

『ウチのユキを痛めつけたその罪、絶対に償ってもらうからね! それに何が「私を楽しませろぉぉ」だ。しらねーよ! バーカバーカ! アホ、アホー』

これでもまだまだ足りない……。



「そのまま黙ったままボク達に滅却されるのをお望みですか?」

「ふんっ……。まぁいい、余計な横槍が入ったがお前達が本気を出した所で私を滅却する事など不可能なのだからな」

 シュナイダーコークがパッと手を挙げ、指を鳴らす。

 すると公演中に使われていた巨大スピーカーから大音響の意味不明で何語かも判別不能な言葉が流れ出す。最大出力まで上がっていく音量に対処するため特性のイヤーモニターを装着し一時をしのぐ。



 それにしてもボク達に対するシンプルで効率のよい対処法を用意していたものだ。こんな大音量ではいくら声を発した所で奴に届くわけがない。

 ボク達の歌には、歌詞一語一語に『スパイト』を滅却するための魂を込めているのだ。

『いやぁ~ウチは逆に安心したよ。いくら高位の『スパイト』と自称したところでウチ達の力は怖いらしい』

 どういうことですか?

 こんな馬鹿でかい音を垂れ流されても、ボクの脳内に語りかけるレインさんの声は済んで聞こえてくる。なんて便利で融通の利く力なのだろう。

『要は高レベルの『スパイト』でもウチ達の歌に怯えているってことさ。強がっているけど滅却されるのが怖いんだよ』


 

 確かにありえますね。という事は歌さえ届けば『勝てる』と?

『そういうこと』

 でも、どうしましょう? この大音量をどうにかしないと奴を滅却することなんて不可能ですよ。

『そうだねぇ、エンジニアが音響を管理しているシステムルームがあそこにあるから』

 レインさんが意識を向けた方向を見つめる。このステージから視線を上げたところに見える位置にガラス張りの部屋がいくつもあり、その真正面に位置する部屋がレインさんが言う所のシステムルームなのだろう。



『あそこに行ってこの音量を下げる事ができればいいわけだけど……アレを見せられちゃうと簡単には行きそうに無いよね』

 レインさんがいう『アレ』とは新たに沸いたスパイトの群れの事だ。大音量にかき消され歌が届かない今、一気に強敵になったこいつらの対処も考えなくちゃならない。

『腕力でどうにかなる相手じゃないからね』 



 ですよね……。 

 以前スパイトに体を乗っ取られてしまった悲しい男の事を思い出す。人間を超越した力の暴力は金属で構成された車をいともたやすく粉砕していた。今のボク達が正面からやつらに立ち向かうのはただの自殺行為だ。


 だったら――

『まぁ、ソラ君も同じ事考えていると思うけどさ。それでいいよね?』

 ですね。

 一緒にいる時間が長いから言葉にせずともわかる、体が次の一手に向けて準備を開始した。

『じゃ、いくよ』

 ボクとレインさんの意識がリンクする。重力が消える不思議な感覚のあと、ボクは再び空を翔けていた。虚を突かれたのか、シュナイダーコークが何かを喚いているが聞こえるわけ無いでしょ。


 

 何体か虫の形態を模したスパイトが追いすがってくるのが見えるが速度が違う。そのまま飛翔し続け、何よりも先にメインステージ正面4階席あたりに位置するガラス張りのシステムルーム前にたどり着く。

 ……分厚いガラス張りですけど、どうしますこれ。

『気合の一撃でいけない?』

 いやぁ、これはちょっと……。試しにガラス窓をノックしてみるも頑丈に作られていますよという頼りがいのある感触が帰ってくるだけだった。滅却師としての力を持ってはいるが、ボクは女の子と間違えられるくらい体の線が細い非力な男だ。ガラス窓なんか殴ったら指を骨折するだけで何の成果も得られないだろう。

 


 後ろを振り返ると速度はのろいが確実にボクたちとの距離を詰めてくるスパイトが見える。対処法が無いままあれと追いかけっをするのはいや過ぎる。それに他のエオルのみんなだって歌が届かない今、防戦一方だ。このままでは、数と体力でまさるスパイトに負けてしまう。一体どうすれば――

 


 コンッコンッ。

唐突に何かを叩く音が聞こえ、考え事に集中していた意識が戻り、目の前にピントが合う。そこに【美の女神】がいた。ステージ衣装に包まれたもう一人のエオルの女の子はボクと視線が合うと「私の事を忘れてもらっては困ります」と口を動かしたと思う。

 そして彼女は消火器を両手で上に持ち上げると、それを勢いよくガラス窓に投げつけた――


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