ソラ君とウチのプレリュード第43番 抱えてきた全て
メインステージ中央へたどり着いたミニ列車から男が降りてくる。同時にミニ列車から蒸気と共に耳をつんざくような汽笛の音が響き渡りスパイトと抗戦しているエオルの歌をかき消してしまった。
あまりの大音量に耐えられずボクは耳を両手で防護し、相手をにらみつつ動向を伺う。
「ははは、世界が恋するエオルのトップがなんて顔をしている」
「そうさせているのはあなたの蛮行なのですが」
平静を装いながらもボクは内心自分に出来るベターな対処法が何か無いか、頭をフル回転させて模索していた。
なぜかというと会話の成り立つ知能の高いスパイトに初めて出会ってしまったからだった。こういった知性を有し、人間社会に溶け込む事ができるタイプは全てが高レベルのスパイトなのだ。だからこそベテラン滅却師であるヨシュアからは「お前には手が負える相手ではない。出会ったら全力で逃げろ」と念押しされていた。
エオルになる前のボクならヨシュアの助言どおり、迷うことなく冷静にこの場を離れて救援を呼んでいたはずだ。
でも、今のボクは二度と手離したくない大切な物がたくさんある。ファンのみんなや、ボクを力づくで学園まで連れてきてくれたユキさん、そして青春を共にするエオルの仲間達。その中でもヒナにまためぐり会えたのは運命としか言いようがない。そして、ボクのパートナーで一心同体に等しいレインさんだ。
大切な物が全て詰まったこのドーム内で皆が皆、苦難と向き合っているのだ。一時的だとしてもみんなを置いてこの場を離れるなんて選択肢は絶対にありえない。例え目の前の相手が人生の中で一番の強敵だとしても――
迷いは消え、気持ちは固まった。
逸る気持ちを抑えてボクが決心するのを待っていてくれたレインさんに感謝しつつ、この状況を打破する案をひねり出す。
現状、メインステージ外にいる数多くのファンをエオルの仲間達が頑張って『スパイト』の魔の手から救い出しくれている。こちらの戦況は悪くない。
そうしたら出てくる答えも単純明快だった。
目の前にいるスパイトを完全滅却し、ユキさんを助け、勝利をもぎ取る事だ。
「これが気になるか?」
ボクの視線がユキさんだけを捕らえていたのが癪に障ったのか、男はミニ列車の座席に身動き一つ無く横たわっているユキさんの頭を乱暴につかむと、そのまま強引に持ち上げた。
これを狙っていたのか、ユキさんの全身がメインステージに集まっているライトに照らされる。するとユキさんの痛ましい姿が克明にボクの網膜に焼きついた。
「ユキさん……なんてひどい事を………………」
いつもパリっと着こなしているスーツはボロボロに破れ、そこから露出する肌には痣がいくつもあった。そして、口元からは血が流れている。口の中を切っているだけならまだいいのだけれど、下手をすると内臓を負傷しているかもしれない、だとしたらすぐ手当てを受けさせてあげねば――
「何度も抵抗するのでな、少々やりすぎてしまったよ。んははは」
反吐が出るような事を言い出した男は喜色満面にあふれ、子供のようにはしゃぐ。
「ちっ」
スパイトは悪意の塊といわれるだけあってこっちの嫌がることばかりしてくる。苛立ちで自然と舌打ちが出てしまった。
『ソラ君、絶対あいつを許さないぞ! 今すぐぶちのめす!』
頭の中にレインさんの怒気を孕んだ声色が響きわたる。言われずともボクも同じ気持ちなのだが、
この感情はよくない……そう直感が告げたことですんでのところで悪意に飲み込まれずに済む。
『思い出したぞ、その笑い方! あの野郎、ゼクス社のCEOでシュナイダーコークとかいう奴だ。前からその笑い方が気に食わなかったんだ! なのに…………金銭面の折り合いがいいからって、なんでウチはこんな奴とパートナー契約を結んでしまったんだ。面と向かって何度も会った事があるのに……どうしてウチはこの巨大な悪意に気づく事が出来なかったんだ! くそっ! くそぉぉぉぉ……』
チョーカーをつけているのもやっとなくらいの体温をたたき出すレインさんは、冷静さを完全に欠いていた。これじゃ相手の思う壺だ。どうすれば、どうすればいいのか。
「私の高尚な悪意がそんな簡単に悟られるわけが無かろう。私のような高位の『スパイト』とそこらへんの知性のかけらも無い『スパイト』を一緒にされては困る」
答えを出せないボクをあざ笑うかのようにシュナイダーコークはこちらを更に煽ってくる。
「まだ序の口に過ぎないが私のささやかなプレゼントはどうだ? 貧弱で、脆弱で、個では何も出来ないのに自分達を種のトップだと勘違いしているお前達人間にはいい薬になっただろう」
レインさんを頼りに出来ないこんな時こそ、ボクがしっかりしなくてはならない。怒りの感情は悪くない。人間が持っていて当たり前の感情のひとつだ。でも、何事も限度ってものがある。怒りに身を任せ、周りが見えなくなっては『スパイト』の思う壺。
「もう、能書きはいいです。その手を離してください……と、頼んだところでいう事を聞いてくれる存在ではない事は百も承知です」
「よく、わかっているじゃないか。離すわけがなかろう。これからお前達の前でこの女をなぶって、なぶって、なぶりつくしてやるんだからな!」
ニタァと下卑た笑みを浮かべるシュナイダーコークに怒りの感情を持たず、目をつぶって息を吐き、気持ちを落ち着けた。
スパイトとは思考も、価値観も、種族も全て根本的に違うのだ。行き着けばほぼ同じ祖先にたどり着く人類の人種問題とはわけがちがう。スパイトが喜ぶ行為に人間の感情で向かい合うこと自体が間違っているのだ。
これはお互いの存在証明。
人間がいる限りどこにでもある悪意を操り、人智を超えた力を持ってはいるが、その力を自分の快楽のみに利用するスパイトに、他人のためにだって何千倍もの力を発揮する事が出来る人類の想いが負けるはずが無い。
そうボクは強く信じている。
でしょ、レインさん? そろそろしっかりしてくださいよ。
『んぁぁぁぁぁぁぁぁーーー』
レインさんから凄まじい叫び声が脳内で爆発し、頭の中がキンキンする。
『ふぅ……出会った頃は子供だ、子供だとばかり思っていたけど、こんな短期間でいつのまにかウチを戒める事ができるくらい成長していたとはね。……人間って本当すばらしい生き物だよ』
レインさんの抑えきれない怒りの感情を霧散し、ボク達はいつでも戦える準備が整った。
その感情の変化を感じ取ったのか、笑う事をやめたシュナイダーコークは真顔になって
「まぁいい。私にはむかった愚かな人間の末路を、その目に焼き付けるがいい」
そう言うと奴の前方を守護するように大型スパイトが複数現れた。
この程度のスパイトであればいまのボク達なら難なく滅却する事ができる。今更こんな時間稼ぎをしてどうしたいと言うのだろうか。挑発するばかりで自分から向かってこないところからして戦闘に自信がないのか――
そんな楽観的な考えを一瞬でも持ってしまったのが間違いだった。
シュナイダーコークは散々いたぶったユキさんを何の前触れも、躊躇いも無くメインステージから客席のあるフロアへ投げ捨てた――
このメインステージから客席のあるフロアは防犯上客席を設けておらず、目測で六メートル以上の段差の下にはコンクリートのフロアだけだ。意識を失い衰弱しているユキさんがそのまま固いフロアに叩きつけられたら――
「くっそー」
『お前達の相手をしている時間なんかないんだよ!!』
邪魔なスパイトたちを瞬殺し、飛翔してユキさんの体のどこでもいいから掴もうと懸命に腕を伸ばすが、あと少しのところで新たに生まれたスパイトに足をつかまれてそれも叶わない。
助けなきゃならないのに!
ボク達は意識を失って防御手段も取れないまま頭から落ちていくユキさんをステージの上からただ見ている事しか出来なかった――




