ソラ君とウチのプレリュード第40番 ベルリン公演中の二人
エオルのツアーに帯同するまでは回復したが、公演に参加できるほど本調子ではないボクは、学園と懇意にしている病院のベッドの上でエオルの今年最後となるベルリン公演のテレビ中継をレインさんと一緒に視聴していた。
その折レインさんが深刻そうなトーンで要領得ない事をボソっと言い出した。
『今まで黙っていてごめん、うすうす気付いてはいたんだ……』
何のことだかさっぱりわからず首を捻って続きを待つ。
中々切り出さないレインさんを急かすのも引けて、モニターの中で躍動しているヒナ達を見続けた。今日も彼女たちエオルは魅力的な衣装で身を包み、画面に納まりきれないほどの生命力を拡散させながら力いっぱい歌っていた。
そのメンバーの中にアナマリアさんがいないのが気にかかるが、代役の子が無難に仕事を全うしていた。すごい度胸の持ち主だ。
『――君の長引く不調は、どうやらウチのせいみたいなんだ』
え? どういうことです?
『この頃はかつての歌声、いや、声もまともに出せないだろう? 少しは回復したとはいえ、倒れた時から調子は悪いままだ』
確かにその通りなんだけど、それとレインさんが思い悩む原因がまったく結びつかない。
『ちゃんとした療養生活を送っているのに疲労もなかなか抜けきらない。ソラ君の体調と反比例するようにウチの力は日に日に漲ってきている。フランスでは人間に変身出来ちゃったくらいだし……あれは元々ウチの力を超えた異常事態だったんだ。でも、ソラ君とあの姿で出かけるのが楽しくて……また一緒に出かけたくて、ウチが調子に乗りすぎた結果がこれだ……』
フランスでの出来事ならボクも楽しかったです。
それに体調は過労から来た物だって医者も言ってましたし、このままゆっくりしていればいつか回復します。若いですから。
『そうじゃない、違うんだ…………』
いつになく真剣な顔をして、要領を得ないボクの顔を見据えたレインさんはこう言った。
『ソラ君の不調が長引いているのはウチが……ウチがソラ君の才能や生体エネルギーを……餌にして食べちゃっているからいているかもしれないんだ』
そう言うと小さい体を更に小さくするようにしてうずくまってしまった。
衝撃的な出会いから四六時中一緒にいて、心も体も触れ合い続けていたからか、レインさんの感情がダイレクトに伝わってくる。
これは彼女、レインさんにとってとても胸を痛める真剣な告白なのだ。
普段お調子者のレインさんがこんなになってまで打ち明けたことだけど、ボクはそこまで深刻に受け止めなかった。もちろんボクが冷酷とか鈍感というわけではない。
ボクから出ているエネルギーとかそういうのを食べる原理とかはわからないですけど、ボクが倒れて以降元気が無かった理由がこれですか?
『……あれっ? 怒らないのかい? 君の一番大切なものだろう、ソプラノボイスは』
このことが原因で臆病になっていたのか、それともプライバシーを尊重してくれているのか知りませんが、ボクの感情を読むことに躊躇っているようなのでこれからボクが話す事をよーく聞いてくださいね?
『うん……』
いいですか、レインさん。
そういって病室のベッドの上でレインさんに向き直って想いを紡ぐ。
確かにこのソプラノボイスはボクの窮地を何度も救ってきてくれた大切な宝物です。それは間違いないです。
『だったら……』
最後まで聞いてください。
普段女装ばっかりしていて忘れているかもしれませんが、ボクは男ですよ?
いつか変声期を迎えて、この声を失う覚悟はしていました。だからレインさんの言っている事がもし本当だったとしてもそれが少しだけ早まるだけ。
ただそれだけの事なんです。
以前レインさんに泣き言を言ってしまったあの時は、いずれこの声を失う覚悟が足りなかったんだと思います。あれを知っているからこそ、心優しいレインさんは心を痛め続けていたのでしょう。気付いてあげられなくてごめんなさい。
『…………』
ですが今のボクは、あの時のボクとは違うんです。
『違う?』
そうです。ボクだって成長したんですよ?
ここまでレインさんと素敵な想い出を一杯作れた事や、同年代のエオルの仲間達と切磋琢磨しながら豊かな経験を積めたことでいつのまにかここまでこれたんです。
そうそう、スラム街でひどい目にあっていたボクに、ファンが出来ましたよね? あれには最初すごい戸惑いましたよ。一年にも足らない期間ですが、経験してきた全ての出来事が、ヨシュアとスノウしかいなかったボクの狭い世界を大きくしてくれて、ボクは強くなれたんです。
気付かないうちにソプラノボイスより大切なものがボクにもたくさん出来ていたんです。その事を最初に気付かせてくれたのは他でもない、レインさんあなたなんですよ? だから……そんなに悲しまないで欲しいんです……
ね? レインさん。
小さなレインさんを優しく抱きしめならボクは全ての感謝の気持ちを伝えた。心がとっても温かい、一生涯の大切な人を見つけられた気がした。
『ソラ君、今のはもしかしてウチに対する告――』
「キャーーーーー」
唐突にベルリン公演を中継していたモニターから女性の悲鳴が聞こえる。それは演技ではない生命の危機を訴える本物の悲鳴だった。
舞台上のエオルを写していた中継のカメラが何か異形のものを捕らえ、震えたフレームがその対象物に近づいていく。
中継スタッフの息遣いだろうか? 忙しない呼吸音と共にその対象物に徐々にズームしていき、その対象物が巨大な『スパイト』達の群れだとこちらが気付くと同時に男の悲鳴が聞こえた。テレビのクルーが逃げたのか映像の視点が固定されるとほどなくして中継が止まり、モニターに放送中止のテロップが流れだした。
あっという間の出来事だった。
『これはどういうことだ? こんな数の高レベルのスパイトがウチらに気づかれる事なく生息できていたなんて信じられない!』
先に思考を再開させたレインさんが叫ぶ。すると、我に返ったボクの脳もフル回転して対応策を考えていく。
あそこにはボクの大切な仲間達と何十万人ものエオルのファンがいるのだ。
考えるまでも無くやる事は既に決まっているようなものだった。
みんなが待っています。いきましょうレインさん。
『いきましょうって、正気かい? ソラ君は自分の体調の事を忘れてないか? 今の君があれだけの数のスパイトを相手にするなんて無茶だ。いったところで無駄死にするだけだよ。ここは素直に増援を呼んで――』
それじゃ遅いんです。
このまま増援を待っているだけじゃ沢山の命が助からないかもしれません。せっかく悪意に対抗できる力を持っているのにここで指を咥えているだけなんてボクには出来ません。
『でも、だからと言ってソラ君の体調が悪い事には変わりは無いんだよ? ウチは反対だ』
なんだか知りませんが、今のボクはなんでもやれる気がするんです。今日は今年最後の公演です、出し惜しみなしで全身全霊で派手にぶちかましてやりますよ!
患者衣のままではファンに申し訳ない。素性を隠すなら最後までしっかりとだ。
ヒナがボクのためにこっそりと用意してくれていたツアー用の衣装に着替える。首にはチョーカーに変身したレインさんを巻き、準備が整うと同時に病院の廊下を翔けていく。『まったく、ソラ君は……』と小言が聞こえたが聞こえないフリ。更に後ろから「廊下を走るなーーってソラさん?? せんせーい!! ソラさんが、ソラさんがぁ」という看護師さんの声が聞こえてきたがそれも無視。
ボクはボクを必要とする人達が待つ公演会場へ息を切らし、がむしゃらに走った。




