ソラ君とウチのプレリュード第39番 悪意の悲願と翔ける希望
「シナリオですって……」
飛び掛りそうな怒りをおさえユキは問う。
「そう、シナリオ。私と言う存在が芽生えてから構想三十年以上かかっている力作なんだ。君たちのような異能を持ち、どんな人類よりも人気を勝ち得そうな傑出したグループが出てくるのをずっと待っていた」
「その構想三十年のシナリオとやらで私たちを使ってあなたは何をするつもりなのかしら」
「その時になればわかる事だ。ただ……とても『愉快』なことだと言っておこう」
額面通りに受け取る事など不可能だった。この男の本性は悪意の塊『スパイト』なのだ。
とてもよくないことが起きる……それだけはわかった。
「その表情、なんとなくは察しているんだろう。間違ってはいないが見積もりがまだ甘いな。私にとっては愉快なことだがお前達は間違いなく絶望する事だろう。それを思うと笑いが止まらないぞ。んふふ……あっはっはっはっはっはぁ」
「もう沢山! あなたのオナニーに付き合ってあげるほど私はお人よしではないの。『スパイト』というのであれば今! ここで! 私たちがあなたを滅却するわ」
ユキとアナマリアはとシュナイダーコークだった男を真正面からにらみつけ、戦闘の体制をとる。かつて滅却師だったころのパートナーであるレインはこの場にいないが、かわりに現役の滅却師でもあるアナマリアがいる。倒す事は出来ないかもしれないが、騒ぎが起き、ゼクスの社長であるシュナイダーコークが、実は『スパイト』だと気付けばゼクスの社員でも外部に救援を呼んでくれるだろう。それまで防御に徹し我慢するしかない。
「私を滅却する……か。そんな事出来るわけがないだろ」
そういって笑った男は指を鳴らす。
すると社長室のドアが開き、そこからスーツを着た沢山の人間が現れ整然と並び出した。皆一様に無表情で立っている。
違和感を覚えながらもユキはその人間達に叫ぶ。
「あなた方の代表は人間に化けていた『スパイト』なの! 誰か救援を国際滅却師連盟に要請して」
真面目に助けを呼んだつもりだったが誰も反応を返してこない。
とても嫌な予感がした。
「助けを呼んでも無駄だ。お前らにはこいつらの相手をしてもらうのだから」
「なんですって!?」
「ゼクスグループの社員三万五千人は皆『スパイト』の因子を持ち、今や私の支配化なんだよ。いけっ! 我が下僕ども」
その言葉を合図に無表情の部下だったもの達が下卑た笑みを浮かべた。そして人間の形態が徐々に崩れ出すと悪しき存在『スパイト』へと変貌していった。
その光景を見て満足そうに頷くシュナイダーコークと名乗っていた『スパイト』はユキとアナマリアを見て舌なめずりをする。
その目は捕食者のそれだった――
「学園長たち遅いわね。もう最終公演始まっちゃうのに」
「携帯は繋がらないの?」
「ダメです何度掛けても圏外みたいで」
開演直前の『エオル』のメンバーは学園の責任者でツアーに帯同しているユキと楽曲を披露する側のリーダーであるアナマリアと連絡が取れないことで緊急事態に陥っていた。
ツアーを休養しているソラに変わりセンターを任されているアナマリアがいないのは致命的だった。演者側であることはもちろん、ツアー中に精神面で大成長したアナマリアは今やメンバーを纏めることが唯一できるリーダーで精神的支柱なのだ。
最終公演は全てが規格外なため舞台慣れしたエオルでさえ緊張を隠せない。彼女達でさえそうなのだからバックダンサー達にいたっては浮き足立って落ち着き無く体を動かしていた。
そんな中、控え室に現れたゼクスの社員はこちらの事情をまったく意に介さず、このまま時間通り公演を開始してくれと執拗に迫ってくる。
何をそんなに急いでいるのだろうか? 不思議に思っていても事態は好転しない。
いつもと違うゼクス側の人間に戸惑いながらも一人の少女が思いきって声を上げた。
「アナマリアさんがいなくても私たちだけでなんとかできるはずそうでしょ? 彼女が来たときにがっかりさせないようにビシッといくよ!」
エカテリーナのゲキがみんなに飛ぶ。どんなアクシデントも乗り越えられるような気にさせてくれる見事さだった。
「「「はい!」」」
世界ツアー最期の地ドイツ『ベルリン』で公演の幕が上がる。
今日はゼクスがこの日のために作った収容人数三十万超えのビッグドームのこけら落としである。全世界からファンが集まり、三十万枚あったチケットは発売から三十秒で完売し、そのプラチナ化したチケットはネットオークションで千万単位の金額で取引されていた。すべてが規格外の公演なのだ。
三十万人を一瞬で集めるまで成長した『エオル』の今年のラストを飾る公演は凄まじいの一言に尽きた。ファンの歓声が怒号のように鳴り響き、ドーム各所に設置された特大スピーカーはそれに負けじと爆音をかき鳴らす。舞台セットは会場に張り巡らされたレールにそって自由自在に移動する仕組みになっており、その側面に映し出される幻想的なプロジェクションマッピングが人々の意識を異世界へと誘う。
ファンがエオルのステージに夢中になっていると、東西南北にある巨大ゲートが一つずつゆっくりと閉まって行く。会場に来てから大掛かりな仕掛けを見続けたため、大半のファンは何かの演出だと思いさほど気にも留めず『エオル』の歌に聞き入った。
間もなくしてゲートが全て閉まり、外の世界と完全に隔絶される。同時に中央のメインモニターにシュナイダーコークの姿が映し出された。
「レディース、エーンドゥ、ジェントルメン! 本日は私達『スパイト』のライブにお越しいただきありがとうございます」
公演を止められたエオルも含め会場中がざわめく。歌も音響も止まり、会場は異様な雰囲気に包まれる。
「ゼクスの社長である私から皆さんにささやかながらプレゼントをさせていただきたいと思います」
エオルを見に来たファンは社長と名乗る男の強引な演出に反発しながらも、プレゼントがあると聞き大人しく続きを待った。
モニターに移るシュナイダーコークと名乗った男の笑顔を見ながら待ち続けること数十秒経っただろうか。舞台セットのお城や大木、アトラクションの乗り物から何かが大量にこちらへ集まってきていた。
『エオル』の面々はその『邪悪』な正体にいち早く気づいた。
そして青ざめる。
それが大小さまざまな『スパイト』の群れだったからだ。数え切れないほどの数が蠢いており『悪意』と何度も対峙して来た彼女達は流石に自分達の運命を悟ってしまう。ファンも前方にいる者から次第に気づき始め、前列から悲鳴があがりはじめる。
まさに地獄絵図。
退路を求めるファンがゲートに群がり外に出ようとするも、硬く閉ざされた分厚い扉の前ではそれも叶わず、力の弱いものから押しつぶされるようにして倒れていき会場中がパニック状態になる。モニターに映し出されているシュナイダーコークはその様子を見て心底うれしそうな顔をしていた。
「慌てふためく人間を見るのはなんて愉快な事だ!」
人間形態のお疲労目を終えたシュナイダーコークは顔や体をかきむしり、涎をたらしながら徐々に『スパイト』の姿を現していく。あとからあとから沸いてくる『スパイト』、高笑いをするかつてシュナイダーコークであった高位の『スパイト』。
誰もが諦めかけた時、漫画のようなタイミングで、光を纏った『少女』が空を浮遊してあらわれた。
エオルの歌姫ソラだった――




