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ソラ君とウチのプレリュード第38番  覚醒と真相と

 ソラを除いた『エオル』の五人はその後もシドニーのオペラハウスやラスベガスでの公演を次々と成功させ、世界中に新規の『エオル』ファンを増やし続けていた。そのファン数の拡大は奇跡を通り越して異常に覚えるほどだった。



 ここまでの人気を獲得が出来た理由は大きく分けて二つある。一つは音楽の表現者として圧倒的な実力と魅力を重ね備えていることだ。もう一つは熱心なファンの中だけでまことしやかに語られ続けていた噂がネットや口伝を通じて世界中に広がった事だ。ファン数の異常な増加はこっちの要因のほうが大きいだろう。



 その広まった噂とは『スパイト』のような異常な行動で市民に暴力を振るう悪意の存在を倒し、人々を助け回っていた正義の集団が実は『エオル』なのではないかという話だった。

 


 最初はだれもそんな荒唐無稽な話に取り合わなかったが、公演を行った国々で突如現れた『スパイト』を滅却し続けたことで助けられた人間と目撃者が増加し、ネットでも滅却中の動画が拡散した事で次第に信を得ていった。そして一定水準を超えたそのとき、とうとう前代未聞の『悪意』と戦う歌姫集団として扱われだしたのだ。

 そんな全世界の話題を独占した『エオル』の歌姫達の今年のラスト公演が始まる。ゼクス本社のお膝元、ドイツのベルリン公演だ。



 世間の盛り上がりとは裏腹に、『エオル』の面々、特にユキとレインはある不信感を抱き始めていた。それは『スパイト』が『エオル』のツアー先に都合よく現れすぎることが原因だった。確かに『スパイト』は人間の悪意がある限りどこにでも現れる可能性があるが、そう都合よく滅却対象になりうる『スパイト』が現れ、交戦することはないはずなのだ。学園が『スパイト』と戦ってきた歴史とデータがそう証明している。


 

 『誰かが仕組んでいるのでは?

 学園長であるユキがそう考えた時に一番怪しく思えたのは、ゼクス航空とゼクストラベルのゼクスグループだった。各国の宿泊地など財界などから招かれるパーティーの場所や日時など二社とも極秘扱いな『エオル』の細かいスケジュールを知っていて、『エオル』の人気が上がった時に一番得するのも独占マネージメントをしているこの二社だったからだ。

 そして、この事を裏付けるようにゼクス社はネットと自社の息が掛かったTV局を使い、世間に『エオル』が影で行ってきた功績をこちらに何の事前説明もなく認める発表をしてしまったのだ。

 これによって『エオル』の人気は限度なく跳ね上がっていき、ゼクス各社の企業価値は有名なOS製造会社や大手通販サイトに匹敵するまでに成長していた。



 そして、これとは別にユキとレインにはもう一つ大きな懸念材料があった。

 ソラの体調だ。

 日本公演後一週間ほど静養したが未だに以前のような輝きを取り戻せていない。

 ハードスケジュールと、各地で『スパイト』を滅却する生活をつづけた結果、喉を痛めてしまいそれが顕在化してから回復が遅れている。

 このまま『エオル』の活動を一時休止し、学園で完全休養を与えたかったのだが、ゼクス側からはビジネスライクに「彼女はその場に立っているだけでも価値があるので無理だ」と突っぱねられていた。

 こういったもろもろの問題を話し合い、今後の付き合い方を決める。

 その運命の日が今日だ。

 その席に立つのは学園長のユキと、その片腕となった『エオル』の代表アナマリアだった。



「いやぁ、今日はわざわざお越しいただきありがとうございます」

 深々とお辞儀をし、低姿勢で握手を交わす男こそゼクスグループ社長、シュナイダーコーク。

 たった一代でゼクスグループを築いたシュナイダーは世界が選ぶ経営者Top3に二十年連続、名を連ねている偉人である。

「それで、今日お越し頂いた理由はなんでしょうか?」

お辞儀で少しずれた黒縁の眼鏡をくいっと上げ、笑顔を絶やさずやさしく語りかけてくる。

初めて会ったときのように事情をまったく知らなければこの笑顔に好印象しか持たないのだろうが、

最近のゼクス社のやり口を知っている今は非常に胡散臭く見えてくる。不思議なものだと思いながらユキは怒りを抑え問いかけた。



「私、腹芸が苦手なので単刀直入にお聞きします。ツアーの先々で現れる『スパイト』はあなた方の差し金ですか?」

「流石にお気づきですか。ええそうです、それがどうしましたか?」

 柔和な表情を崩さず明瞭に答える。罪の意識はまったくないようだ。

「簡単に認めるんですね。あんな危険なものを街に放っておいてなんとも思わないのですか? 人間のすることではないですよ」



「思いません。皆あなた方の活躍を見て喜んでいるじゃないですか。あれこそ最大のエンターテインメントだ。私の『イタズラ』のお陰で爆発的な人気を得たといっても過言じゃないでしょうに。それに使えるものはうまく利用しないと、もったいない。違いますか?」


「そんな事をしてまで人気を得たいと思うほど、私たちは浅ましくありません。ゼクス社が一連の事件を裏で操っていたと知れたら……会社もあなたもおしまいですよ」

「脅しのつもりですか? 『スパイト』のような得体の知れないものをわが社が利用したなどと誰が証明するんです? そんな戯言に耳を傾ける者などいませんよ。一笑に付されるだけです」

「私たちが証明します。契約を結び共闘している私達が発表すれば世間も黙っているわけがありません。私の生徒達はいまや世界的な人気」

 シュナイダーを見つめるユキの目は現役の頃の鋭さを持っていた。

 彼女は生徒達を食い物にされた怒りで、輝きを放っていたエオル時代の自分を取り戻していた。

それを見つめるアナマリアが穏やかな顔をして隣に座っている。もう彼女は思い悩むことはない。学生を続けながらユキの片腕として学園の再建に全力で力を貸すだけ、そうあの夜に誓ったのだから。



「それはゼクスと手を切るということでしょうか? もしそうだとしたら正気の沙汰ではない。資金繰りに行き詰っていたあなた方に手を差し伸べ助けてきたのはわが社の財力だ。学園の再建はどうするつもりです? 今後もわが社と仕事を続ければそんな心配もしないですむというのに」

「確かにこのままあなた方と仕事を続ければ、学園の再建も叶うでしょうね」

「ほう、わかってくれますか。わが社以外で君たちに夢のような思いをさせられる企業はありませんからね」

 ユキの腹は既に決まっていた。目を見開き最後通告を突きつける。

「そうかもしれませんね。ですが、もうしていただかなくても結構です」

 一瞬の静寂が訪れたが、それを打ち破ったのはシュナイダーコークだった。

「うん、聞こえなかったのですが。今、何と?」

「しなくて結構だといったんです。今夜のドイツ公演を最後に今後の契約延長はしません」 



 言い切り、揺らぎようのない瞳を向けられたシュナイダーコークは表情を一変させ『悪意』を持った顔に変貌していく。

「無能だな。君の経営手腕では学園はまた落ちぶれ、近いうちに債権者に手放すことになるだけだ」

 温和で優秀な経営者を演じる事を放棄したシュナイダーコークはユキを見下すようなセリフをはき捨てた。

 ユキは視線をそらさず対抗するように答える。



「もう同じ失敗はしません」

 アナマリアのほうをちら見し続ける。

「『スパイト』を使って市民の生活を脅かしているような企業とは金輪際かかわりあいたくありませんので。それでは失礼します」

 ユキがソファーから立ち上がると、アナマリアも次いで立ち上がる。

 大勢のファンが待っている『エオル』の最終公演はもうすぐだ。この公演が終わり次第、ゼクスとの全てを終わらせる。

 

 ユキがそう決心したとき――

「あ~あ、せっかく今までうまくいっていたのに。どうしてこうなっちゃったかなぁ。練りに練った計画だけど見積もりが甘かったか?」

 背後からいきなり声色が変わったシュナイダーコークの声が聞こえ二人とも身構える。

さきほどとは身にまとった雰囲気そのものがまったく別のものに変質していた。すぐに気付けたのは彼女達に滅却師の経験があるからだろう。


 気配が人間のそれではなかった。



「あなたは一体……」

「もう気付いているんだろう? 私は『スパイト』と君たちが呼んでいる存在そのものだ」

 人間に擬態し、社会に溶け込むスパイトの話は聞いたことはある。

己の欲望をすぐに叶えたがる下級のスパイトとは違い、知能を持ったスパイトは悪意の規模も凄まじく、熟練の国際滅却師が束になって滅却することになっている。



「もうちょっとでシナリオが完成する予定だったのに……つくづく空気の読めない存在だな、人間と言うものはっ!」

 

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