ソラ君とウチのプレリュード第35番 メイクアップ
新秋葉原中央通り。
都会然としたビル群の中に、ぽつぽつと散見されるアニメや漫画・ゲームを専門に取り扱うお店がこの街独特の不思議な空間を演出していた。普段でも人手が多く熱気が凄いこの地帯は、今日明日に限ってはそのエネルギー量がまったく違う。
ゼクストラベル主催『新秋葉原ドーム』でのエオル2days公演があるからだ。既に『新秋葉原ドーム』の敷地内には主催者発表で七万人のファンが集まっている。開演前のその凄まじい熱狂っぷりは、会場内にあるボク達の待機するメイク室からでもファンの声援が響いてくるくらいだ。
この前代未聞の混雑は日本の各省庁に予想されていたらしく、新秋葉原駅付近の道路は二日間全面交通規制がされているそうだ。そしてその規制された道路は歩行者天国として特別に解放されている。そこに各国から集まった熱狂的なファンが、言葉の垣根を越えて交流を重ねながら公演が始まるのを今か今かと待ちわびている――。
以上、メイク室に設置されているテレビ番組から得た情報でした。
エオル特集をしているテレビ番組に夢中になっている間にステージ栄えする化粧は完成していた。一人ひとりに付いた専属のスタイリストさんなので完璧なメイクアップをしてもらえた。
スタイリストさんに感謝し一息ついていると、隣でメイクを終えたヒナがスタイリストさんがいなくなったタイミングを見計らってボクに話しかけてくる。
「ソラ、顔がにやついているけど何かいいことでもあったの?」
自分では気付かなかったが、言われて見て鏡で確認すると確かに顔がにやついていた。
これはちょっと浮かれすぎかもしれない……少しだけ顔を引き締め、椅子を回転させて昨日悲しい思いをさせてしまったヒナに向き合う。
「ツアー後のボクの身の振り方が決まったんだ」
「へ、へぇ……そうなんだ? で、どうするの」
あからさまに身構えてしまったヒナの緊張を解くためにボクは努めて明るくしていった。
「これからもヒナ達と学園生活をおくれる事になった――」
言い終わる前にヒナがボクに抱きついてきた。メイクを終えたばかりだというのに、目には大粒の涙が溢れている。後でまた直してもらわないと。
「泣かないで、ヒナ」
ボクも抱き返しながら、泣きじゃくるヒナの頭を撫でる。
「よかった……よかったよぅぅ……うぅ」
体温の高いヒナをどのくらい抱きしめていただろうか、ふいに視線を感じその方向に向くと、エオルのマネージャーがドアを開きっぱなしにして立っていた。
なんだか様子がおかしい。
息使いは荒いし、瞬きもせず顔を真っ赤にしてこちらをずっと見続けているのだ。
「あ、あの……そろそろ二人を呼んでくれって言われて……来たんです。そうしたら二人がギューーっと抱きしめあってて……わ、わたしみんなには黙ってますから!!」
「う、うん? ありがとう」
何かを勘違いしているようだけど……。ややこしくなるから気付かない振りをしよう。
「女の子同士でも『あり』だと思いますから!」
「そ、そっかぁ。ヒナがもう少し落ち着いたらボク達も向かうから。いつもありがとう」
「いえ! とんでもないです! 尊いところを見させてもらい眼福ですっ!! それではごゆっくり」
充足感のある顔をして出て行った彼女に苦笑いを浮かべながら、ヒナが泣き止むのを待った――
「ふふ、なんか変な誤解されちゃったね私達」
「だねぇ」
「よしっ。もう大丈夫、ありがとうソラ。メイクなおさなきゃ」
「いえいえ」
抱きしめるのをやめると、ヒナは崩れてしまったメイクを直すために椅子に座りなおした。
年齢よりも幼く見えるヒナだけどステージ用のメイクになると女性らしさがぐっと増す。メイクで手早く変身していくヒナに感心しながら見つめていると、その視線に気付いたヒナが何気なく
「そういえばさ」と口を開く。
「うん?」
「昨日私が寝室に行った後さ、何か大声出してなかった?」
レインさんに驚かされて出しちゃった奴だ……流石に聞こえていたか。せっかくいい雰囲気になっているのだからここでレインさんの話題を出すのは野暮すぎる。どうにかしてごまかさねばならないけど……感性の鋭いヒナにはすぐばれちゃうんだよなぁ。ここは真実を話して堂々としたほうがいいのかもしれない。
「いやぁ、あの後レインさんが戻ってきてさ。頭の中でいきなりびっくりさせてくるものだから」
『レイン』という単語が出た途端ヒナはメイクをする手を止め、鏡越しでボクをにらみつけてくる。
賭けに負けてしまったようだ。これから本番だと言うのに不穏な空気が漂い始める。
こんな時の解決策は一つ。
「ご、ごめん」
どっちが悪いとか関係ない。男のほうから真っ先に誤る。
これはヨシュアから教わった家族円満の秘訣の一つだ。普段偉そうにしているヨシュアでも機嫌が悪くなったスノウには頭が上がらない。旗色が悪い時はすぐに謝ってしまったほうが後々に響かない。あの家で何度も見てきたベターな解決策だ。
「まだ何も言ってないじゃない。ふふ」
あまりの潔さに怒る気がうせたのか、笑顔に戻ったヒナにほっとする。
「仕方ない、今回も許してあげるか」
肩を手でほぐしながらちらちらっと視線を送ってくる。
「ああぁ~これから公演なのに肩こっちゃったな」
はいはい、わかりましたよっと、揉ませていただきます。
「そんなに時間ないからね」
「ありがとう。大好き」
ヒナの後ろに回り恭しくお辞儀をしてから肩を揉んでいく。とてもやわらかい、全然こっていないじゃないか。
「ソラ! 手が止まっている」
「はいはい」
一時間もしないうちに数万人のファンを前にした公演が始まるというのにまったく緊張感がない。むしろレインさんの話題を出してはいけない今のほうが緊張感があるくらいだ。
要は目の前の大切な女の子ほうの影響力は計り知れないってことだ。プロとしてどうかと思うけどそれがなんだかおかしかった――




