ソラ君とウチのプレリュード第34番 三年間
「ソォォ~ラァァァ~? 本番前の大事な時にどこいってたのかなぁぁ?」
心がほっこりして戻ってきたボクを待ち受けていたのは、腕組みをしてドアの前で仁王立ちしていたヒナだった。今日は何もやましい事がないのでびびらずにヒナをまっすぐ見据えて今日起こった話を包み隠さず話す。
「――アナと学園長にそんな過去があったとはねぇ……でもいいの? その話を私にしちゃって」
「その点は大丈夫。アナマリアさんも隠す気は無いって言ってたし」
ここで話しておかないと深夜まで説教コースだし……
「なんか言った?」
「ううん、何も!」
「そうなんだ? ならいいけど」
ヒナの直感の鋭さに恐れを抱きながら努めて笑顔を作った。
備え付けのソファーへ移動し、横並びになってボクがいなかった時の話を聞く。エオルのメンバーが三人もいなかったので色々な調整役をまかされて大変だったらしい。その仕事をねぎらうためにボクはホットミルクと軽食を用意し、ギャルソンになりきってそれらを大げさにテーブルに並べていく。
「うむ、苦しゅうない。近う寄れ」
「ヒナ様、もったいなきお言葉」
くだらないやり取りをやった後、お互い顔を見合わせると、思わず吹き出してしまった。
こんな事でも大笑いできたのはプレッシャーの一つから解放されたのが大きいと思う。
「最初はどうなる事かと思ったけどさ、無事依頼をこなせたよ」
「お疲れさまだね」
言葉に出してみると実感がわいてきて改めて気付く。
思っていた以上に初めて請け負った仕事をこなせたのがうれしいのだという事に。
これでヨシュアとスノウに少し恩返しが出来た。これからも気を引き締めて頑張らねば――
「ねぇ、これからソラはどうなるの? 仕事終わっちゃったわけでしょ? 流石にこのツアーが終わるまでは現状維持だと思うけど、その後は……」
「そうだね……どうなるんだろ……」
今後の予定か。
最初は学園生活に慣れることに必死で、慣れだしてからはアナマリアさんの問題をどう解決するかそのことで頭が一杯になっていたから考える事すらなかった。
いや、違う。
みんなといる日々が楽しすぎて、考えないようにしてたんだ――
「女学園に男のボクがいること自体がおかしかったんだから、さすがにこのままじゃいられないよ。ツアーが終わり次第家に戻る事になるはず」
本心ではない言葉が作り笑顔からどんどん生まれてくる。苦しいがこればかりは仕方ない。男のボクがいるべき場所ではないのだ。
「ソラはそれでいいの?」
「え?」
「なんか淡々と言うから私達と別れるのあんまり悲しくないのかなって」
「いやみんなと別れるのはボクだって悲しいよ、でも仕方ないだろ?」
何かを期待していたヒナの目を、失望の色に染めてしまい自己嫌悪に陥る。
「ふーん……。ソラがそれでいいならいいけどね。明日朝早いし私もう寝る!」
ヒナはカップと小皿を洗い場に持っていくと、そのままベッドのある奥の部屋に行ってしまった。
ヒナが怒っている理由は鈍感なボクでも流石にわかる。
学園から離れたらもう会う機会がほぼなくなるというのにその事に執着を見せなかったのが不満なのだろう。
ボクだってまだ皆と一緒にいたい。
一緒にいたら心が安らぐ。まだまだ思い出を作りたいし、歌をあわせたいし、馬鹿騒ぎをしていたい。
幼少時スラムで育ち、唾を吐きかけられ、時には理不尽な暴力の的になっていたような自分が、今は『エオル』のメンバーとして多くの人に必要とされている。こんな天国のような環境を捨てざるを得ない状況が本当に苦しくて、悲しい――
『本当にソラ君は!! 勝手にネガティブになって話を進めないで欲しいな』
「うわっ!」
脳内にレインさんの大声が響き、思わず大声を上げてしまう。ヒナに気付かれているはずだが奥の部屋からは何のリアクションも無かった。
帰ってきていたなら先ずはそう言ってください。ビックリしたじゃないですか。
『いやぁ~ごめんごめん。ドアの前でとてつもない負のエネルギーを感じて、スパイトかと思って急いで来て見ればその源流がソラ君だったとはね。あははは、こりゃ一本とられたよ』
もう……相変わらず冗談ばっかりなんだから……
ん? くんくんくん。お酒臭いな。レインさん酔っ払ってます?
『何いってるのソラ君! ウチは酔ってないよ? ウィッ』
赤ら顔に、いつもより安定性の無い空中浮遊。
完璧に酔っ払いだこれ!
『失礼だなぁ。朗報を持ってきたウチに対する態度じゃないよそれはぁ! ヒック』
はいはいはい。水持ってきますからそこに座っててください。
『子ども扱いするなぁ~ウチのが年上なんだぞぉぉ~?』
レインさん専用グラスに水を注ぎ、それを手渡すとぐびぐびと飲み干していく。
『ぷはぁ~お水ってこんな美味しかったっけ?』
いつだって美味しいですよ。それより朗報ってなんです?
『ウチとの契約は三年間って最初に言った事覚えてる?』
覚えてますけど。それはアナマリアさんの問題を片付けるための猶予期間では?
『そんな事一言も言ってないでしょ。ウチはソラ君の意思でしか契約を途中解除する事はできない。そのことが意味することって考えた事ある?』
すいません。考えた事無いです。
『もう……本当に鈍感だねぇ。そんな鈍感系主人公なソラ君にウチが教えてあげよう。三年間途中解除出来ないという事は、ソラ君さえ望めば三年間は一緒にいられることが可能だという事だ。後はもうわかるだろ?』
!!
で、でも、ユキさんの許可は得られるんでしょうか?
『ユキと話してきたんだ。今までのソラ君の事を。ソラ君が学園に馴染めず、自分の意思で家に帰りたいと願うならそれを止めるつもりはないよねって。でも君は今、自分の意思で『まだ皆と一緒にいたい』と願っているだろ? それを感じて安心したよ。だからもう一つ話がある』
『ユキが新しい仕事を頼みたいって言ってる。まだ先の話だけど、よかったら受けてみないか? まぁ実際はソラ君に拒否権なんかないんだけどねって……もう泣き虫だなソラ君は』
いつの間にか泣いてしまっていたボクの肩をポンポン叩くレインさんの思いやりに感謝しながらボクはそのまま泣き続けた。
胸の奥から暖かい感情がとめどなくあふれ出していく。
レインさんはいつだってボクのことをわかってくれている。彼女にどうやって感謝の気持ちを返していけばいいのだろうか?
『ウチにその感情をぶつけるのもいいけど、それは明日まで取って置こう。たくさんのお客さんが君たちを待ってるんだから!』
そう、でしたね。
『アナマリア君は今日はミミ君の見舞いにいって帰ってこないからもう寝よう。流石のウチも今日は疲れたし』
二人で歯を磨き終えると、『もう限界』と一言発してチョーカー(寝落ち)になってしまった。締め付けが少し気になるけど今日はチョーカーになったレインさんを首に巻いてボクもベッドに入った。この心地よい体温がいつにも増して愛おしい。
その日の夜、気持ちが高ぶってなかなか眠ることが出来なかったけど目をつぶっていればそのうち眠れているだろう。
お休みなさい――




