ソラ君とウチのプレリュード第33番 アデャマイア(ろくちゃい)
確かにミミちゃんも言っていた。
あれからレインさんの事をどうして知っているのか、それが気になって仕方なかった。
『うーん……。以前ってその口ぶりからすると、学園に入学する前って事だよねきっと』
「そうです」
『ウチがこんな超絶美少女の事を忘れるなんてありえないんだけどなぁ……どこでだろう』
うんうんと唸りながらアナマリアさんの周りを飛び回るも、結局思い出せなかったのか、ボクの太ももに戻ってくると首を捻って考え込んでしまった。
その姿を見たアナマリアさんは少し目をつぶると
「学園長の現役時代、『エオルの歌姫ユキ』ファーストコンサートツアー、ルーマニア公演」と単語を並べ立てる。
『お~よく知っているね。懐かしいなぁ……あの頃はユキとツアーで世界中を回って、公演が終わったら二人で朝まで飲んだくれて、見知らぬホテルで起きたら二人して抱き合っていたりね……アホな事ばかりやっていたなぁ』
昔話をしているレインさんはとても楽しそうだ。あのユキさんと色々はっちゃけたのだから気があえば確かに楽しいのだろう。
気があえばね……。
「フェアリーソウルの名物酒レディーキラー」
今度はボクにはまったくピンとこない単語が出てくる。
なんだかヒントを小出しにしている感じがヒナとかぶる。女の子は自分で言うより、相手に気づいて欲しい生き物なのだろうか?
『あはは、毎晩浴びるように飲んだよそれって………………うん? まさか君は――ちょっといいかな』
レインさんはようやく何かを察したのか、ボクの太ももから再度飛び立ち、空中でアナマリアさんの鼻や口や目をさわり始める。アナマリアさんはそれを嫌がる風もなく、ひたすらされるがままになっている。
一通り確認作業を終えたレインさんは何かを掴んだのか、得心した顔になってボクの太ももへ戻ってきた。
『もしかして、アナマリア君はウチとユキがレッドリリー通りでスパイトから助けた女の子じゃないかな?』
「そう、です」
『ああぁ…………。そっか、そういう事だったのか。ウチもユキもほんっとに情けないなぁ』
二人で納得して蚊帳の外のボクは、頭の中で『?』マークがいくつも浮かび上がる。
「どういうことですか? ボクにも解りやすいように説明してくださいよ」
『ユキが国立ローズブルク音楽学園を卒業してまだ間もない頃、そうだな十年前くらいかな? このアナマリア君にウチとユキは出会っていたんだ』
「九年三ヶ月前です」
即座の訂正、アナマリアさんにとってはとても大事な思い出なのだろう。
『よく覚えているね。そう、九年三ヶ月前のあの時。歌手として現役だったユキはウチと一緒に世界ツアーを回っていた。それで公演後は地元の人間でも寄り付かない歓楽街を探して、そこでストレスを発散するのがウチらのルーチンだったんだ。あの時偶然『スパイト』に襲われていた小さな女の子を助けたことがあるんだよ』
「それが幼い頃の私なんです……」
「なんでそんな大事な事今まで忘れていたんですか、レインさんは」
ボクに対する風当たりの強さの原因はここから来ているに違いないのだ。
『そんな事言ったって……今は完璧に思い出せたから当時の面影を感じることが出来たけど、流石のウチでもあの幼女が十年足らずでこんな美しく成長しているなんて想像できないよ。それに――』
「ソラさん、レインさんをあんまり責めないで。たぶん私の変な自己紹介のせいだと思うの」
変な自己紹介?
冗談をいうタイプではないので想像がつかない。どういうことだろう。
「あの時の私は丁度前歯の生え変わりの時期で、生え始めの小さな前歯をいーって出しながら人を笑わす遊びにハマっていたのよ。こうやって」
両手の人差し指で口角をあげて、前歯を突き出し
「ア、デャ、マ、イ、ア」
とネットで検索して一件もヒットしないであろう単語をかわいらしく言う。
「今、自分の名前を言ったんだけど、わかりました? それにおかしな顔だったでしょ。昔はいっつもこんな事してたんだから……あの時だってそう」
「『アナマリア』が『アデャマイア』に間違って伝わっていたから、成長した同一人物に会っても気づくことが出来なかったという事ですか?」
『そういうこと。それにしてもこんな可愛い子を忘れるなんて、ウチはなんてもったいないことをしてしまったんだ。最初に気付いていれば今頃もっと親密な関係になれていた筈なのに……ああぁ、本当にMOTTAINAI』
「女の子好きはほどほどにしてください。それよりボク気づいた事があるんですけど」
『なんだい?』
「アナマリアさんが学園入学時より素行が悪くなったのって、完全にユキさんとレインさんのせいですよね? そうだとしたらそれに振り回され続けたボクの立場って一体……」
『いや、まさか……そんなことはないでしょ~。ね? アナマリア君』
「いえ、そのまさかです」
笑顔でばっさり切るアナマリアさん。
その顔はとても晴れ晴れとしていて大人びていた今までとは違い、年相応の一人の女の子のようだった――
お互いが知らなかった話を補完して統合するとこうだ。
幼い頃『スパイト』に襲われていたアナマリアさんを助けたのがユキさんとレインさん。
助けられたアナマリアさんは、光り輝いて見えたユキさんに純真な気持ちでユキさんのようになりたいと勇気を出して本人の前で伝えた。
その時の幼くも必死な表情と、聖なる力を秘めた美しい声を二人共気に入りアナマリアさんにこう約束した。
「私の名前はユキ。こっちは妖精のレイン。将来自分は国立ローズブルク音楽学園の一番偉い人になるつもりだ。そこでは私のような力を持った女の子達を集めて教育している。君にはその才能があるみたいだし、私のように強く美しくなりたければそこへおいで。そうしたら私の一番弟子としてずっと傍においてあげるよ」と。
ユキさんのこの言葉を心の支えに、その日から音楽のレッスンや勉強に励み、実力を磨いたアナマリアさんは国立ローズブルク音楽学園に入学することが出来た。
しかし、念願叶って入学したにも関わらず、入学式で学園長になっていたユキさんを見てひどくショックを覚えてしまう。
学園経営という慣れない仕事で神経をすり減らしていたユキさんはかつてのような輝きを放っていなかった。幼少時に出会った格好いいユキさんを求めてここまでやってきたアナマリアさんはその姿を見て強くショックを覚え、周りに当り散らすようになってしまう。
「ひどく自分勝手だったとわかっている。でもあの時の私はどうしても受け入れられなかったの」
そう言ったアナマリアさんは悲しそうな顔でうつむいてしまった。
こんな時宥めてくれたのがミミさん。
ミミさんの心の支えのお陰でどうにか学園生活を続けることができたアナマリアさんはユキさんの事を忘れるために学園で誰よりも努力し続け、遂に『エオル』のNo.1まで上り詰めた。
学園生活をなんとかこなしていたがアナマリアさんの繊細な心に追い討ちを掛けるような出来事が起こってしまう。
とある事でユキさんがアナマリアさんの事をまったく覚えていないことに気づいてしまったのだ。
学園トップに上り詰め、学園の顔になったアナマリアさんを今後のツアーのプロモーションの目玉にするためにユキさんが学園長室に呼び、こういったのだ。
「教師の間でも噂になっていたんだよ、優秀な生徒がいるって。頑張っているみたいだね。これからはエオルの代表として学園外でもその能力を発揮して欲しい。それで今年のツアーの話しなんだけど――」
一対一で面と向かいあっても気づいてもらえず、仕事の事を話し始めることに業を煮やしアナマリアさんは
「もっと大事な事があると思うのですが」
と怒気を孕んだ声でいってしまう。自分よりも年下の小娘に生意気な言い方をされたユキさんも買い言葉で
「ツアーより大事な事って何?」
と、心にもないことを言ってしまった。
結果的にそれが二人の関係を決定付ける一言になってしまった。アナマリアさんの心はいらだち、そして怒りが冷め落ち着いた頃、絶望し、涙した。
そしていつ戻ったか覚えていない自分の部屋で一晩中泣き叫び、朝が訪れると過去の自分と決別することを誓い、ミミさん以外の人間には心を閉ざし、自分より実力の劣る人間を見下すようになってしまった。
これがアナマリアさん側と、ユキさん側の事実をレインさんが付け足した、二人のすれ違いの顛末だ。
『アナマリア君ごめんね。ウチがついていたのにそこまで苦しめる結果になってしまって。せめてもの罪滅ぼしだ、ウチに名案がある』
「「名案?」」
ボクとアナマリアさんの声がハモった。
『うん。ソラ君に少し力を貸してほしい』
レインさんが放った名案という一言。
なんていうことはない、事情を全て知ったレインさんが、ユキさんとアナマリアさんの間を取り持ち、引き合わせ仲直りさせるという超王道な解決策だった。ボクが力を貸したのは契約してあまり距離が離れることの出来ないレインさんを伴って、ユキさんの所まで連れて行ったことくらいだ。
アナマリアさん、ユキさん、レインさん。
三人には積もり積もった話があるだろう。
話を聞くのは野暮なことだと解っているので、ホテルの待合室で連絡が来るまで待つ。
三時間くらい待ったと思う。
ユキさんから連絡が来て三人の集まっている部屋へ戻ると、目を真っ赤にしているアナマリアさんが、晴れ晴れとした顔をして二人と楽しそうに談笑しているところだった。
これでアナマリアさんは少女の頃のような純粋な女の子に戻れるだろう。目の前で屈託なく笑っている顔がそう証明している。クールなアナマリアさんも綺麗で素敵だと思うが、人生で一番幸せな瞬間を体験しているこの晴れ晴れとした顔には叶わない。
恋に落ちてしまいそうな、いい笑顔だった――




