ソラ君とウチのプレリュード第30番 再起と再会
『やぁソラ君モーニン。これは厄介な『スパイト』だねぇ』
何をのん気に……ミミちゃんを今すぐにでも助けに行かなくちゃならないのにそんな悠長な事言ってる場合じゃないでしょ!
『ソラ君。その乱暴な言葉使いを止めなさい。そして少し落ち着くんだ。頭に血が上ったまま冷静さを失っていたらミミ君を助けることなんて出来っこないよ』
う…………くそっ。
その通りだ……です。
指摘されて気付く。怒りに身を任せていた自分の視野がいつもよりとても狭まっている事に。
目を閉じて腹式呼吸の深呼吸を何度も何度も繰り返し無の境地を目指す。
ふぅ~。
すいませんでしたレインさん。確かに冷静さを失っていました。
『うん、ウチ聞き分けのいい子は好きだよ。ウチだってミミ君を助けたい気持ちは一緒だからね』
ですよね。
軽率でした、もう自分を見失いません。
『その心がけだ。これから作戦を発表するから、アナマリア君の両手を握って。今は精神的に参っていそうだから優しくね。女の子にさっきみたいに力ずくは許さないよ?』
言われずともわかっています。心の中を読めるんだから解っているでしょうに。
「アナマリアさん」
「なに……」
スパイトと同化したミミちゃんを見てからいつもの強気で傲慢で、活力に満ち溢れたアナマリアさんはそこにいなかった。大切な物をどこに置き忘れてしまったのか? 憔悴しきった目の前の美しい少女は魂が抜け落ちた未完成の彫像のようだった。
「ボクのパートナーを紹介するために、両手を握ります」
唇をかみ締めるアナマリアさん。
拒絶されるかも知れないと思ったが、震えている手を包み込むように、母親が子供の手を握るように重ねると、アナマリアさんもこちらの手を握り返してきた。
【あ~あ~、コホン。始めましてウチは妖精のレイン。ソラ君のブースターで――】
「あなたのことは前からよく知っています……」
先ほどより両手を強く握り返し、搾り出すように声を発するアナマリアさん。
レインさんとの交信という摩訶不思議な出来事にまったく驚かない事を少し疑問に思ったが、彼女もエオルだ。彼女にも妖精のパートナーがいて慣れているのだろう。
【さすがウチ! 雷名が轟きっぱなしだなぁ。まぁそれなら話は早い。これから作戦の概要を発表するよ。あのスパイトの本体はレベル三だ。あのままならそこまで苦戦しないと思う】
今までもレベル三のスパイトを倒してきた経験がある。それにエオルでツアーを経験している事が歌唱力の更なるアップにつながっていた。つまり歌の基礎力が上がった今、ボク達はスパイト滅却師としての基礎能力もあがっているのだ。これならミミちゃんを助ける事ができるはず!
そんなボクにレインさんは釘を刺す。
【甘いよソラ君。今は寄生しているミミ君のエネルギーを吸収して急激に成長し続けている。レベル三以上の力を秘めているのは間違いない。正攻法でいってもこちらが先に体力を消耗してしまうだろう。だから今回はアナマリア君と『ユニゾン』して一気にスパイトを叩く戦法を取る】
『ユニゾン』か、ボクとアナマリアさんの歌声を一つに重ね【浄化】しろということですね。その位なら普段合唱練習等で息を合わせていますし、簡単に出来そう。
【歌ならそうだろうね。これからやってもらうスパイトに対して圧倒的な浄化力を得ることが出来る神技『エオル式ユニゾン』は重ねるものが違う。魂と心の波長を合わせるんだ。ちょっとやそっとじゃうまく行かない。過去には失敗して精神に異常をきたし、数ヶ月間学園生活を送れなかったものもいるくらいだ】
大きな力を得る相応のリスクを聞き、気が引き締まる。
【ソラ君とアナマリア君の魂と心のつながりは無いに等しい。失敗する可能性のほうが高い……とウチは思う。この説明を聞いてそれでもミミ君を救いたい気持ちが勝るのであれば、リスクを承知で万に一つの可能性をウチに賭けて欲しい】
「やります。私がミミを助けます」
即答するアナマリアさんに強い意思を感じた。どんなに強がっていても誰にだって大切な人はいる。それが彼女にとってミミちゃんなのだろう。
【いい返事だ。よろしい神技『エオル式ユニゾン』のやり方を伝授しよう。手っ取り早い方法がある。救援を待っている時間も惜しいから是非それをやって欲しい】
「どんな方法ですか? ミミさんを助けるためならなんだってやりますよ!」
「私もミミを助けるためなら何だってします」
【二人の決意確かに受け取った。ウチはうれしいよ。早速だけどその方法とは――】
「「その方法とは?」」
【キスをするんだ。それも粘膜を交換するほど激しいやつを!】
いきなり何を言い出すんですか! アナマリアさんとキ、キスだなんて。
【冗談で言っているんじゃない本気だよ。本来、神技『エオル式ユニゾン』は二人のパートナーが長い時間をかけて育むもの。相手を知り、互いを尊重し、思い出を共有していく過程で少しずつ習得していくんだ。その過程をすっ飛ばしてやるにはそれなりの代償行為が必要に決まってるだろ】
で、でも……アナマリアさんはどうなのか。様子を伺ってみてもレインさんの話に集中しているのか、何を考えているのかその横顔からはうかがい知れなかった。
【まぁ最後まで聞きねぇ。ただキスするのが目的じゃないよ。粘膜から得る遺伝子情報をウチが解析、仲介してお互いの脳内に擬似的に反映させる。それが目的なんだ。こんなミラクルを起こせるのはウチだけだよ? 感謝して敬って欲しいくらいだよ本当に】
で、でもキスって! 粘膜接触って! ボクはともかく、アナマリアさんの気持ちも――
「あの子を助けるためです」
そう言ってアナマリアさんは乙女のように恥らっていたボクの顔に手を添え、唇を重ねるとそのまま躊躇なく舌を入れて来た。
っつ!
どちらかのかはわからないヨダレが口元を伝う。
「キャー女の子同士でキスしてる!」
「うぉぉ美少女同士の百合展開キタでござるぅぅ!」
遠巻きのギャラリーから異様な歓声や悲鳴が聞こえてくる。
そこでようやくキスをされていた事に気付き、アナマリアさんの肩を抱き慌てて引き離す。
恥ずかしさのあまり「んっ」という官能的な息を漏らした彼女を見ていられなかった。
【恥ずかしがっている場合じゃないのに。今日はアナマリア君の潔さに感謝するんだね】
だって、アナマリアさんの舌がボクの舌をにゅるって……うぅーーー恥ずかしい。
【同期しているから少し黙って。気が散る】
うう……。
隣のアナマリアさんを見つめると、キスをまったく気にした様子はなくスパイトと同化したミミちゃんを見つめ続けている。そうだ、今はミミちゃんを助けることに全神経を注ぐべき時。ボクもそれ以外の雑念は捨てよう。
ふいに、胸が張り裂けて泣き出しそうな感情がなだれ込んでくる。
親友を辛らつな言葉で責めてしまった後悔、気付いてもらえない悲しさ、自己嫌悪。そして、親友を、命を賭してでも助けたいと思う強い信念。
これはアナマリアさんの今抱いている強い感情だとすぐに理解した。彼女の魂と心を感じとることが出来ている。レインさんのスーパーミラクルが成功したのだ。次々と人知を超えた力を発揮していくレインさんの能力に半ば呆れながらボクもスパイトを見据えた。
【さすが妖精界一の発明王と呼ばれたウチだ。こんなにうまくいくとは……進化の止まらぬ自分の才能が恐ろしい!!】
「冗談を言っていないで指示を下さい。この状態に長いこと耐えられる自信がないわ」
【すまない、アナマリア君。君たちは『エオル式ユニゾン』状態になれたのは間違いないが、急造であることに変わりはない。共通の『想い』を『願い』を心に念じ続けて欲しい。そしてその強い気持ちをパートナーとウチに委ねて欲しい。そうすれば経験したことのないような爆発的な力を発揮することが出来る。君たちはその力をもって『スパイト』の完全滅却を頼む】
「「了解!」」
ミミちゃんの事を強く想い続ける。
付き合いはそこまで深くは無い。だけれど彼女が大事にしている人や想いをボクは知っている。
そして今日一日彼女と過ごしただけですっかり彼女の事を好きになっていた。自分より大切な人の事を思いやれる優しい心を持った美少女の虜にならない男なんていないだろう。
流石に大食いは面食らったけどね! こんな状況だというのに思わず笑みがこぼれる。
すると心が温かくなり、ミミちゃんとアナマリアさんの思い出が、見たこともない数々の二人の大切な思い出が脳内に流れ込んでくる。ボクが来るまでの寮では二人は一緒のベッドで寝ていたようだ。手をつなぎその暖かさ、やさしさを感じることでアナマリアさんはその時だけは安心して眠ることが出来る。
いつも慰められていたのは私、ミミは、ミミだけは私のことをわかってくれていた。それなのに私はなんて酷い事を言ってしまったのか――
アナマリアさんの心の声が悲しみに染まっていく。
これじゃダメだ、こんな負の気持ちじゃ『スパイト』を浄化することはできない。逆に力を与えてしまうようなものだ。
アナマリアさん。
いきなりなによ、集中なさい。
ミミさんって大食漢だって知っていました?
心で語り合うボク達。
知っているに決まっているじゃない。あの子とどれだけの時間を過ごしてきたと思っているの。
ですよね。ボク知らなかったから本当に驚いちゃって。今日なんか焼肉に、ドネルケバブにカレーでしょ、寿司も食べていましたし、〆で入ったラーメン屋さんなんか替え玉四つも頼んでいましたよ。
あの子にしちゃそれでも少食なほうよ。あなたに遠慮したんでしょうね。いつもだったらその三倍は替え玉を頼んでいるわ。デザートだって二十人前のチョコレートサンデーを頼んでぺろっと食べちゃうんだから、それに昔お腹がすいたって言って二人で夜中に食堂に忍び込んで、次の日の朝使うはずだった卵とベーコンを勝手に全部焼いて食べちゃったの。あのときはもう本当に、可笑しくて、可笑しくて、ベッドに戻ってから二人して朝までずっと笑っていたのよ。それから――
アナマリアさんはミミさんが本当に大好きなんですね。
うっ! そうよ、それの何が悪いの! 私はあの子が大好きなの、世界中の誰よりあの子のことが大切なの!
アナマリアさんの気持ちが上がるにつれて体に力も漲ってくる。
ほとばしるエネルギーが体からあふれ、周りの気を浄化していく。
もう心配はいらないみたいだ。この力ならレベル四やレベル五の『スパイト』が来ようが滅却することが出来るはず。
ありがとう、ソラさん。”また”大事なものを失うところだったわ。でもさっきから流れてくる、このミミに対するあなたの邪な想い! あの子に手を出したら許しませんからね!
そ、そんな事考えていません、早くミミさんを助けにいきましょうアナマリアさん!。
『あはは、最後まで締まらないね~ソラ君は。じゃ、ミミ君を助けにいくよ――』




