ソラ君とウチのプレリュード 幕間1 誤解されるエオル
これはパリ公演の日程を全て終えたエカテリーナとシアンのお話。
勝手に移動させてくっつけた二つのベッドの上には様々なお菓子やジュースが所狭しと並べられていた。
今日は公演を終えた後に自分達へのご褒美として開かれるおやつパーティーの日だ。
人に見られる事も仕事の一つのうちに含まれる彼女達にはこんな高カロリーの嗜好品は本来禁止されているのだが、こうやって定期的にガス抜きをしないとやっていられないとばかりに食べる。
というか禁止されていようが年頃の女の子にはこの魅力的なお菓子の魔力には抗えない。他の生徒達も教師やトレーナー達の目を盗んで食べているらしい。
大量にお菓子を用意したのにはもう一つ理由がある。女の子しかいない学園で過ごす彼女達が好む話、『コイバナ』をするためだ。
エオルに在籍というか、ローズブルクに籍を置く生徒達は異性と付き合ったことが無い。理由は単純で全寮制の女学園なので大半の生徒達には出会い自体が無いのだ。エオルのメンバーみたいに公演先で会うファンや企業の重役などから愛をささやかれる者もいるが、『音楽』に恋をしてしまっている彼女達には響かない。もう少し時間が必要なのだろう。
それでも最近学園内で話題になっているある『カップル』の話には彼女達も興味津々だった。
「あの二人ってあやしくない?」
そう切り出すシアン。スナック菓子の袋を新たに開けてエカテリーナに差し出す。
「だよね」
誰の話? とは聞かないエカテリーナも、シアンの言っているであろう二人の事を頭に浮かべながらスナック菓子を頬張る。
「いやぁ~最初からおかしいとは思ってたんだ。初日から手をこうやって絡ませながら仲よさそうに学園内を案内してるところ見ちゃったし」
そういいながら、シアンは自分が見た二人の手のつなぎ方をエカテリーナと実演していく。
俗に恋人つなぎといわれるもので一般的に初対面の二人がすることではない。
それを会って間もないヒナとソラがしているところを多くの生徒が目撃し、話題になっていたのだ。知らないのは当の二人だけだろう。
「ヒナってそんな感じ今まで無かったよね?」
炭酸入りジュースでお菓子を胃に流し込み、至福の顔のシアンは、新たにスナック菓子の袋を開けて口いっぱいに頬張る。両ほっぺたを膨らませたその姿はまるでリスのようだと思いながらエカテリーナもその袋に手を伸ばす。チラリと見えたカロリー表示に手が止まりかけたが、『自分へのご褒美』という魔法の言葉を唱え、口に運んだ。
「うん。付き合い長いけどいたってノーマルだったよあの子」
わけ隔てなく仲良く出来るヒナには以前から中等部や同性のファンからの人気が高い。同性人気で言えばアナマリアについで二番人気だろう。そんな彼女は同性に告白される事もあったそうだがそれを受けいれた様子も無く、ましてや傷つける事もせず学園生活を平穏に過ごしてきていたはずだ。
ソラが来るまでは――
「噂によると、ベッドの上で押し倒されていたって」
「え? え? どっちが!?」
自分の知らなかった過激な話を聞いたエカテリーナは前のめりになって話の続きを待つ。
「ヒナのほうらしいよ。それにソラさんは裸だったって。情報主の介入が無かったら二人共最後まで行っていたんじゃないかって!」
「「キャー」」
話をしたほうも聞いたほうも興奮してしまい、正面同士でお互いの手をつなぎ合って声にならない声を発し続けた。
年相応といえば年相応なのかもしれないが、世界中にファンを持つ彼女達の今の姿を見たら二人を神聖視している熱狂的なファンほどがっかりしてファンをやめてしまう事だろう。二人共よれよれのTシャツと下着のみというラフというには語弊がありそうな格好をして、ホテルの廊下に聞こえてしまうくらいの音量で騒いでいるのだから……。
はしゃぎつかれた二人はベッドに横並びになってしばしの休憩をとる。
汗でTシャツは透け、人様には見せられない姿になっている。もう少してお開きになったらシャワーでも浴びよう。そのものぐささが命取りになってしまうとは今の二人には想像すらできなかったのだが――
「ヒナとソラさんは一足先に大人になっちゃったんだね……なんか置いてかれちゃった気分」
元気が取り得のシアンが声のトーンを落とす。珍しいことだ。
「何感傷的になっているのよあんたは。いずれは私達もそういう経験していくんだろうし焦る必要なくない?」
「そうかもしれないけどさぁ…………恋ってそんなにすごいものなのかなぁ」
お互い恋愛したこともないので、想像することしかできないがただ一つだけわかることがあった。
「すごいんじゃない? ソラさんに出会ってからのヒナの顔をみていればわかることでしょうに」
恋をした乙女の姿は芸術品にも勝るとも劣らない。ヒナは恋をしてから美しくなった。それは近くにいるエオルの生徒達の総意であった。
「私も恋をしたいなぁ」
シアンの口から憧れだけで出た言葉ではあるが、その言葉が何故かエカテリーナに変な感じで届いてしまった。深夜テンションもあっただろう。
「ちょっと練習してみない?」
「へ?」
突然の提案に情けない声を上げてしまうシアン。生真面目なエカテリーナにしては大胆な提案だ。
「意中の相手が出来た時に、何も出来なかったら恥ずかしいじゃない。だから練習よ、練習」
「練習って、具体的に何をするわけ?」
「ソラさんとヒナがやったような事をマネてみるのよ。そうしたら何か掴めるかも。どうかな?」
「い、いいけど」
何故かシアンのほうも乗り気になってしまう。本番に備えて仲のいいエカテリーナと練習してくのも悪くないと思ったのだ。昔からの付き合いだ変なことにはならないだろう。
「私がソラさん役やるから、あんたはヒナ役になって」
そういってシアンの返事も待たずにTシャツを捲り上げるエカテリーナ。きょとんとして返事のできなかったシアンをベッドに押し倒されてしまった。
「ど、どう?」
「どうっていわれても」
同性で恋愛感情ももちあわせていない二人が形だけをまねた所で何かが起こるわけもない。あたり前の事だ。攻守を入れ替えてみても同じことだった。
汗だくになってまでベッドの上で色々試してみたが何も起こらなかった。何の成果も得られなかった裸の二人が、ようやく冷静になってTシャツを着ようとしたところで入り口のドアから邪悪な視線を感じ、そこに同タイミングで振り返る。
そこにはエオルのマネージャーであるマリーの姿があった。
元々エオル候補生だった彼女は大分早い段階で自分の才能に見切りをつけて、裏方としてのキャリアをスタートさせていた。それが功を奏し今では学園内で生徒と教師の架け橋として重宝されている。
「あ、あのぅ。ほかの生徒からこの部屋がうるさいって苦情が来てて」
邪悪な視線が同性であるマリーのものだったことにホッとし、二人は警戒を解いた。
「ごめんね。流石に今日は騒ぎすぎたかも。みんなに謝っておいて。私達もシャワー浴びたら寝るから」
ハメを外しすぎたなと反省したエカテリーナはそうマリーに伝えた。しかしどうやら様子がおかしい。
「わかりました。みんなにはなんとかごまかしておきますので」
「「?」」
ドアから出て行く際、マリはー
「それと私、口は堅いほうなんで……安心してください」
と二人には理解不能な事を言っていなくなった。
二人はまったく気付いていないのだが、エカテリーナとシアンの親しすぎる関係性は他の生徒達から『恋人関係』なのではと昔から噂されていることなのだ。廊下まで聞こえるほど部屋で騒がしくしていた二人に皆は『そういう事をしている』のだろうと思い込み、気まずさに耐えられなくなった生徒達からのヘルプでマリーが来た。
皆が勘違いしているだけで何も問題はない。
マリーがちょっとそういう事に興味津々だけでなんの問題もないのだ。
ないのだ――




