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ソラ君とウチのプレリュード第26番  頑なな気持ちのほぐし方


 人間の姿で心置きなく美術館めぐりを堪能したレインさんは、とてもご機嫌だった。当初予定していディナーのランクを上げて、ドレスコードのある高いレストランを予約してくれたほどだ。しかもそのために必要になった高価な服やブランド物の靴まで買ってくれた。



 まぁレインさんに強く勧められたセクシーなストッキングをつけ、背中がばっちり開いたドレスとヒール靴、全部女物であることが条件と言うオチはあったけどね。




 耳がキーンとなるほどエレベーターが上り続けた先に今夜の目的地があった。

 シックな調度品で色合いを統一されたエントランスを誇る、ホテルの最上階にあるレストランだった。

 ヨシュアとスノウにランチでこういった場所に連れて行ってもらったことは何度かあるが、大人の雰囲気が漂っている夜だとまったくの別世界でひるんでしまう。

 

 未成年はボクしか見当たらない。

 ハイクラスの男女がグラスを傾けながら静かに食事を楽しんでいる。 

 いくらなんでもボクには場違いじゃないだろうか?

 履きなれないヒールも手伝ってか、エントランスにいるスタッフの下へ最初の一歩を踏みだせないでいるとレインさんに背中を優しく押された。

「ウチに全部任せなさい」

 微笑むレインさんにエスコートされ、スタッフへの堂々とした対応を見せられる。

 格好いい……。ボクも大人になったらレインさんのように堂々と振舞えるだろうか。



 スタッフが案内してくれた席は夜景の綺麗な窓際の席で、パリの街並みが一望できた。

 窓際へ向かってはしゃぎたくなる気持ちを抑え、静かに席に座る。その様子を見たレインさんがプっと噴出したのは、酷いと思うなぁ。



「今日はどうだったソラ君」

「初体験ばかりで心配でしたが、とても楽しかったです」

 隠し事の出来ない、というか効かない相手だからか本心がすらっと出てくる。

「そう、それならよかった」

 テーブルにあるキャンドルライトの揺らめきが、レインさんに妖しい女性の魅力を付加していた。

 その新しい魅力に見蕩れてしまう。



「ウチも女の子だから、素直に誉めてもらうとうれしいよ」

 もう、また心を読んで!

「まぁまぁ、今日はウチの奢りだ。飲みねぇ~」

 そういってワイングラスをこちら差し出す。

「未成年ですよ、ボクは」 

「そっか、アルコールはダメか。残念」


 

「またいつか」と言った直後ウェイターを呼んで追加でジュースを頼んでくれた、こんなにやさしいと調子が狂うなぁ。

「今日は機嫌がいいんだ。最近体の調子もいいし。力が内側から漲ってくる感じ?」

「確かにとってもパワフルでしたね」

 人間バージョンレインさんと過ごした密度の濃い一日を振り返ると、笑えて来る。

 


「お、その笑顔でいいんだよ、ソラ君。今とってもいい顔してた」

「へ? どんな顔をしてたんだろうボク」

 反射するものでもなきゃ自分の顔は見ること出来ない。目の前にいるレインさんのボクを見つめる顔が今日一番の笑顔だったので、この笑顔に似ていればいいなと思った。

「ウチが知っている中で最高の笑顔だったよ」



 ユキさんが現役の頃のエオルの話や、人生であったレインさん好みの女性の話などを聞きながら、穏やかな食事の時間を過ごした。

 もう少しでお開きになりそうな雰囲気を感じた頃、レインさんが真剣な顔になってボクに語りかけた。

「ソラ君あのね。あんまりさ、遠慮とかしないでもっとウチ達を頼ってくれてもいいんだよ?」

「……それってどういう事ですか? レインさんにはいつも助けてもらってばかりですよ」

 こんな事をいっても無駄なのに……レインさんが『今』伝えたい事は解っている。ボクがあまり触れられたくない事だ。



「ウチとソラ君の仲じゃないか、いつもは一心同体に近い存在だろ? 君は自分の居場所が欲しいのだろ。それも確固たる居場所を」

「ルール違反ですよ」

「そこは謝るよ。でも君の出生や、子供時代をどう過ごして来たかは知ってしまったら放って置けなくてね。ウチが人生の本当の家族になってあげるのもやぶさかではないけど、ふふ」

 そう言って表情を緩める。

 ボクのほうは冗談を言われても笑えなかった。



「ソラ君には既にヨシュア君やスノウ君がいるだろう。もっと自分の気持ちをぶつけてみなさい。養子だからといって遠慮していちゃダメだ。出会いはどうであれ、あの二人は君の事、本当の子供だと思っているんだからね」

「そうじゃなかったらどうするんですかっ!!」

 思わず声を荒げてしまい、他の客の視線を集めてしまう。

 すぐに過ちに気付き、すいませんと頭を下げるとそれでその場は収まった。 



 レインさんのような特別な存在ならまだしも、人の本心などわかるはずが無い。

 スラムで散々悪い事をやってきたボクが、二人に見出されたのはこの歌声と訓練せずともスパイトを滅する事ができた力のお陰だ。

 その事をボクが一番知っているからこそ、二人に遠慮するなとか言われると正直ムカっとする。

「二人に聞いたわけじゃないのになんでそんな風に言い切れるんですか」



「何言ってるんだい、ウチは妖精だよ?」


 

 ボクの怒りのエネルギーを受け流すようにレインさんはさらっと答える。

 その言葉で今までレインさんと体験してきたファンタジーでミラクルな出来事を思い出す。すると急に怒っていたことがバカバカしくなってきた。

 


人間になっているレインさんを目の前にして可能だろうなぁと素直に思えたのだ。



「レインさんが言うと説得力ありますよね」

 


 何かがすっと軽くなって、誰にも打ち明けたことのないボクの本心が漏れる。



「……ボクはスラム街で育ちましたから。この声があったからヨシュアとスノウに拾われたとわかっています。今こうして美味しいもの食べたり、飲んだり出来ていますが、本来はここにいるべき人間ではないと思います。悪い事ばっかりして来ましたから……」

 レインさんなら今話していることは全て知っている内容だろう。

 それでも言葉に出して伝えたかった。



「だからこのソプラノボイスがなくなったら誰もボクの事を必要としてくれなくなるんじゃないか、また昔に戻ってしまうんじゃないかっていつも考えるたびに怖くなります。…………実際そうでしょうし」

 



「そんな事はないよ。その声がなくなったとして君の両親、それにヒナタ君やウチが君を見捨てると思うかい?」

「……」

「見捨てるわけ無いだろう。確かに最初は本来の性別にも気付かず、君の歌声に惹かれて力を貸すことを決めたのは認めよう。でもねソラ君。今はそんな事が小さく感じられちゃうくらい君自身に、その優しい心に惹かれているんだよ?」

 レインさんの真剣な眼差しに視線が吸い込まれる。

 ボクは視線を逸らさず、一言も漏らさないように続きを待った。



「ソラ君がそうであったようにウチも今日一日すっごく楽しかったんだ。それにどうでも良い相手ならこんなにエネルギーを使ってまで一日中デートなんかしないよ」

「でもっ――」

「ソラ君は頑張っているよ。ウチは知っているから、ソラ君の悲しみも苦しみも何でも知っているから。ウチならソラ君の気持ち全部わかってあげられるから。ウチの事信じて欲しいんだ」

「レインさん……」

 う、んん、あれ? 涙が勝手に……。

「んんんんぅぅ…………うわぁぁぁんん」



 長年一人で堪えてきたものをわかってくれる人がいるとわかり、生まれて始めて声を上げて涙する。

 他の客に迷惑がかかっているとわかっていてもどうしても声が、涙が、止まらなかった。

「よしよし」

 席を近づけて泣き止むまで、いつまでも、いつまでも優しく頭を撫でてくれた。



 泣き止むと喉が急激に渇いたので、レインさんのグラスに入っている紫色の飲み物を一気に飲み干す。そこからは断片的にしか覚えていない。レインさんが会計をし、エレベーターに乗って、最上階のスイートルームに泊まって、ベッドの上で服を脱がされた後、頭を優しく撫でられながら慰めてもらって――



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