表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/50

ソラ君とウチのプレリュード第25番  約束のデート

 ガルニエ宮。ここがフランスでのボク達の公演場所だ。

 パリを代表する歌劇場で、建物そのものが芸術品に思える場所だ。

 ここで公演を行える事がどんなに名誉なことか、その道を目指したことがあるものならその偉大さがわかる。

 


 タイトなスケジュールではあるが、フランスに到着した次の日には本番前リハーサルの日だった。

 自分達の役割を確認しながら、あとは本番まで時間の許す限りクオリティーを上げるために細かい所を詰めていく。

 明日が本番なのに普通の人なら無謀すぎるのでは? と考えるかもしれない。でも百戦錬磨のエオルにはこんな事朝飯前だった。だてに世界中に名声を馳せているわけではない。

 ここまで積み上げてきた経験と確かな実力がボク達を支えていた。



 本番当日、ボク達エオルのメンバー六人と地元の合唱団や、オペラ歌手とのコラボ公演は歴史的な大成功を収めた。

 エオルの凄まじい人気に、ゼクス社の莫大な広告費をかけた宣伝。それと世界的にも有名なフランス出身のオペラ歌手や地元の子供も在籍する合唱団との組み合わせが大いに地元民に受け、講演後スタンディングオベーションがいつまでも鳴り止まなかった。



 上気した顔のまま夢心地で控え室に戻ると、皆感動のあまり泣いたり、抱きしめあったりしていた。エカテリーナさんなんかマスカラが大粒の涙で解けて、さながらパンダのようだったし、ヒナはさっきからずっとボクの胸で「うまくいって本当によかった」と何度もいいながら泣き続けていた。



 先輩達が積み重ねてきた実績と信頼。それらがプレッシャーとなっていたわけで、一時的ではあるけれどそれから解放された彼女達を見ていると感極まってくる。

 こんな世界を体験することになるとは……スラムに居たボクがその場に立つことになるなんて……人生ってどうなるかわからないな。 



 ボクを救ってくれたヨシュアやスノウを思い出す。

 そうだ、手紙を書こう。

 面と向かっては恥ずかしくっていえなかった感謝の気持ちを添えて。




「ごほっごほっ」

 目が回るほど忙しくて疲れたからだろう、喉に違和感を覚え咳をする。

 他愛もないことだけど、ヒナはそれを心配してくれた。

「ソラ大丈夫?」

「ああ、ごめん。なんか喉に詰まっちゃったみたい」

「なーんだよかった。これからパーティがあるから着替えたら一緒にいこうよ」

「そうだね。今日はいっぱい食べよう!」



 公演を無事終え、緊張から解放された地元の演者は皆一様にハイテンションになっており、所属の垣根を越えて大いに語らい、アルコールの入った飲み物がよく空いた。

 赤ら顔ではしゃぐ年配の演者を見ていると、どっちが子供だかわからなくなって、なんだか微笑ましい。

 


 大盛り上がりのパーティーには学園長や一部の教師なども列席していたため、未成年であるエオルは時間を気にせずにその輪の中に混ざり、楽しむことが出来た。

 パーティーは深夜まで続き、ホテルに帰った時には深夜の二時を回っていた。その時間を確認してからの記憶がない。それだけ疲れていたみたいだ。

 人生で一番疲れたかもしれないけど、いつまでも味わっていたい、心地よい疲労感だった。



「ソラ君、ソラ君。出かける約束したでしょ。いい加減起きろ~」

 窓からもれる日差しで朝が来たことがわかった。

 さっき寝たと思ったらもう朝か。なんだか時間をワープしてしまったような感覚を覚える。

「ああぁ、レインさん。しゅいましぇん。今起きます――」

 首もとのチョーカーに触れようとするも、手ごたえがまるで無い。

 あれ? どっかに置いたっけ。

 昨日は帰ってきてからそのまま寝ちゃったはずなのに。

「ひっどい顔。洗面所で顔洗ってきなさい」

「はい」

 寝ぼけ眼でバスルームに移動する。ふぁ~まだ眠いや。

 蛇口から水を目一杯だし、眠気を覚ますため叩きつけるようにして顔を洗う。

 冷たっ。冷水で一気に目が冴える。

 


 鏡の前のボクは久しぶりにいい顔をしていた。

「鏡を見てニヤニヤしているなんて、ソラ君はナルシストなのかい。そんな事してないで早く着替えて準備しておくれよ」

「わかっていますって。もう少し待っていてください。いま顔拭いちゃいますから」

 あれ、タオルどこ置いたっけ?

 確かにここに置いたのに。

「はい、タオル」

「あ、ありがとうございます」

「いえいえ」

 うん? なんかこのやり取りおかしくないか。誰がタオルを渡してくれたんだ?

 顔をしっかり拭き、パッと後ろを振り向く。



 そこには人生の中で一番の美女が、ここにいるのはさも当然といった雰囲気で佇んでいた。

 彼女を見つめようとすると見上げる形になる。背はボクより十センチほど高いだろうか? 

 ほつれウェーブでセミロング、胸元の大きく開いたシャツからうっすら覗く黒いブラに目が釘付けになるも、咳払いをされ視線をあわててそらす。視線をそらした先に見えた下半身はタイトなスカートを穿いており、そこからスラーっと伸びた綺麗な脚にまた目が釘付けになってしまう。



 誰だ? この美人さんは……

 全身を凝視しても結局誰だかわからなかった。

 ボクを見つめるイタズラな笑みにどこか見覚えはあるものの、それ以外はボクの理想像が具象化された様な女性だ。こんなアダルトで、セクシーな女性をボクは知らない。

「あのうー」

「うん?」

「あの、どちら様ですか?」

「ひどい! ウチとは遊びだったのね。昨日はあんな遅くまで愛し合ったのに!」

 


 うーわぁ……。

 このノリ絶対レインさんだよ。普段とスケールも服装も全然違うけど間違いない。

 見た目だけならボクの理想の女性像だったのに、目の前で良イメージがガラガラと崩れていく。

 


『ウチです。レインで~す』

 当たり前のように思考を読んで脳内に語りかけて来てるし、レインさんで間違いないよこの女性。

「もうレインさんのチート能力には驚かないって誓ったけどこれは無理です。一番ないパターンですよ、人間のサイズに変化するなんて」

「最近体の調子がいいからね、こんなの朝飯前さ……それより、ウチが理想の女性像って惚れ直したかい? ポッ」

「頬赤くしないでください、そうやってすぐボクをからかって!」

「まぁまぁ細かい事いいなさんな。そろそろ出かける準備しないとみんな起きてきちゃうよ?」


 

 サーーっと血の気が一瞬にして引く。

 こんな所二人に見られでもしたら大変だ……特にヒナ!

 今度はさば折りなんかじゃすまないぞ、怒り狂ったヒナならあの伝説の大技パロスペシャル、いやアルゼンチンバックブリーカーだってやってくるかもしれない。

 もしそんなことになったら



『血の雨が降るね!』

 人事だからってもう! ヒナああ見えて、めっちゃ強いんですよ力。

 大惨事を未然に防ぐため急いで服に着替え、『市街へ少し出かけます』と書置きを残しレインさんとパリ市街へ繰り出すことになった。



「いやぁ~いい天気だねぇ」

「ですね」

『ノリが悪いぞ、ソラ君!』

「人間の姿でいるのにいきなり脳内に話しかけるのは止めてください。頭が混乱しちゃいます」

「ウチの思いを受け止めて欲しいんだ、全部!」

「またからかって。レインさんの玩具じゃないんですよボクは。で、一体どこに連れて行ってくれるんですか」

「お、さっそく亭主関白気取り!」

 大げさな笑顔を作りながら指を刺してくる。

「レインさん? 仕舞いには怒りますよ」

「おお、怖い。悪ふざけもここまでにしておくか。朝食まだでしょソラ君? フランスに来たら絶対に行くお勧めのお店があるからそこにいこう」


 

 レインさんに手を引かれ、連れて行かれたのは市街の大通りに居を構えるお店ではなくフランスで多くの市民に親しまれているマルシェだった。

 早朝にも関わらず子供から老人までたくさんの人手で賑わい、通りには人々のエネルギーが満ちていた。

 店員さんの威勢のいい呼び込みの声がそこかしこで聞え、店を覗くと安価で、目にも美味しい瑞々しくてカラフルな食材が所狭しに並んでいる。

 


 目移りしてしまうほど多彩な料理を選べる楽しさ、香辛料の聞いた食欲をそそる料理がその場ですぐ食べられるとあって空腹のボクは一気に気持ちが高まる。

 天気も良いし、なんだか祭りみたいで心も躍る。これでパレードでも来たら言うこと無い。



「大通りのお店よりもこっちのほうが安価で種類も豊富だし、おいしいものが一杯あるよ」

「ですね。レインさんにお任せで大正解でした」

「そうそう、ウチに任せとけば間違いないよ」

 親指を自分の胸元の方向にビシッと立てるレインさん。人間のサイズになっても得意の決めポーズは同じでなんだか笑ってしまう。



「あ、おじさんそれ二つ頂戴、あとそれとそれも二つずつ、え? おまけしてくれるって? ありがとう~」

 目に付いた美味しそうなものは一先ず買っていくスタイル。それがレインさんだった。

「ソラ君、もっと食べないと大きくなれないよ。ああぁ、そんな所にソースなんかつけて。まだまだ子供なんだから

 ハンカチを取り出し「いま、拭いてあげるから」と口元を拭ってくれた。



 少し恥ずかしいが、断るのもどうかとおもいされるがまま口元を拭われているといつかレインさんが言っていたことを思い出した。

 ボクに対してはおかんのような心境らしいけど、今もそうなんだろう。対等な関係にはほど遠い。

「そんなに気にしないでいいよ、ソラくんはまだ若いんだから。ウチはソラ君の何倍生きていると思ってるんだい」

「そんな事言ってもその見た目じゃまったくわからないですもん」

「そりゃねぇ。まぁ年のことは置いておいて」

 レインさんが指差した先に、丁度二人が座れそうなベンチが見える。



「お腹一杯だろうからあそこで休んで、少ししたらお昼まで美術館めぐりしよう。お昼を食べたらまた美術館いって、夜はディナーを一緒に取ってヒナタ君が心配する前にホテルへ帰る。今日はこんなプランでいくよ」

 ハードスケジュールではあるが、美術館めぐりは楽しそうではある。

 自分のやりたいことばかりを優先するわけでは泣く




 ヒナとの事も考えてくれているしそこらへんのバランス取りが絶妙だ。

「わかりました。最後まで付き合います」

「そうこなくっちゃ!」



 それからレインさんとパリ近郊の美術館を体力と時間の許す限り回った。

 美術品を見つめている時のレインさんは、いつものおちゃらけた雰囲気もなく、それがとても新鮮だった。

 本当に芸術が好きなんだなぁ。

 


 ボクは芸術品にはあんまり興味なかったけど時々、お! と思える作品に出会えた。

 そういう時レインさんは歩みを止めて、ボクの気が済むまでいつまでも優しい笑顔で待っていてくれた。

 普段とのギャップが凄まじいのと、なんだかんだいってスノウに匹敵するほどの美人であるためさっきからドキドキしっぱなしだ。

 それを悟られないようにレインさんの笑顔をまともに見つめ返す事が出来なかったが、そんな抵抗をしても意味はない。


 ボクの気持ちは全部筒抜けなのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ