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ソラ君とウチのプレリュード第2番

――七年前 ヨシュアとスノウとの出会い

何不自由ない恵まれた生活をしている奴らとは違い、『オレ』の髪はボサボサで伸び放題。いつ盗んだかも覚えていない服は、原型を留めているのが奇跡な位にボロボロだ。

靴なんて上等なものはもちろんない。

そんな普段なら誰にも相手にされないオレのような人間でも誰にも負けない特技がある。

歌うことだ。

オレがひとたび歌えば、人々は歩みを止めて聞き入る。



親も家もないオレに、神様がきまぐれに与えたであろう『ギフト』。

これのおかげでオレはスラム街で生き残ることが出来ている。

無法者のオレ達ストリートチルドレンにも守らなくてはならないルールがある。

街の管理という名目で汚い大人達が勝手に作ったクソみたいやつだ。



 それをオレたち子供は無理やり守らされている。

 そんなルールの中で、最もオレたちを苦しめているのは毎日のみかじめ料だった。

 仕事をする場所を選ぶにも、寝床を確保するにもいちいちお金を取られるのだ。

 その上、仕事で得た上がりの半分以上を毎日持っていかれる。日が悪く、稼ぎが無かったりすればぶん殴られる。

 こんなことが積み重なって心身ともに擦り切れてった奴からどこかでのたれ死ぬ。ここじゃよく見かける光景だった。

 本当にクソくらえっ!



 よく女に間違われるくらい体の線が細い非力なオレは、荒事には向いておらず、ここで生き残る方法を得るまでは苦労した。

このクソみたいな世界で生き残る手段。

それは歌だ。



オレの歌声はどんな相手でも興味を引くらしく、その特性を知ったスラム街の顔役がオレにうってつけの仕事を振ってきたのだ。

それは街の中央広場や駅から出てすぐの改札付近など、人通りの多い場所で歌を披露する事だった。



 人々の関心をオレに集めさせ、聞き入っている観客の中で、特に無防備な人間を探し出し、そいつから他の仲間がサイフや荷物を盗むといったスリ行為の片棒。

このコンビでのスリ行為がうまく嵌ったのだ。

一般人も怖いもの見たさで紛れ込むことのあるこの街では、隙だらけになってくれるカモが意外と多かった。


 スリをされた奴らは皆一様に悲しい顔や怒った顔をしていたので、これが悪い事だという事はわかっていたが、生きるためには仕方ない。

オレは生きるため毎日歌い続けた。

そんな悪事を続けてどのくらいたっただろうか? いつも通り狩場としている広場で歌い、獲物を待っていると異様な雰囲気をまとった男がどことからもなく現れた。



その男は目の焦点が定まらず、フラフラとこちらに無遠慮に近寄ってくる。酒やドラッグ中毒の人間はここでは珍しくもないが、絡まれたら厄介だ。

今日は他国からスリルを求めて来たであろう『カモ』がいつもより多かっただけに惜しいが、この場を離れるか。

ほんの一瞬――ため息と共に視線を外したオレの腕を、距離を一気に詰めてきた男がいきなり掴んだ。



「お、おマエ、いいコエをぉ……してイルなぁ? だがぁなぁぁオレさマの前で……その歌はヤめろぉおおぉぉぉぉぉぉ――」



 身の危険を感じ、咄嗟に腕を振り払う。すると、男はバランスを崩し勝手にぶっ倒れやがった。 

 こんな所に住んでいればこういったトラブルはよくある事なので気にしても仕方ない。倒れた男を放って裏道にある寝床へ帰ろうとすると後方から声をかけられる。

「さっきの、坊やがやったのか? ……こんな子供が『ブースター』もなしに『スパイト』を滅却させるとは……」

ちっ! めんどうくせぇ奴がまた増えた。

今日は厄日か?



 振り向くと身なりの整った男が、オレの事を見下ろしていた。

 その男は口を半開きにして、いかにも信じられないといった表情でオレを見つめてくる。

 こいつが何を言っているのかわからないが、みるからに金を持っていそうなよそ者がこんな裏道まで来て大丈夫だったのだろうか。



 普通はあっという間に身包みをはがされて泣きながらこの街から退散しているはずなのだが……こいつは相当運がいいのか、それとも――

「はぁはぁ……ふぅ~。もういきなり走り出すんだもん、焦っちゃった」

 肌を露出し、大胆な格好をした女性が新たに現れた。

 こいつも相当いかれた奴だろう。

 こんな格好でスラム街にくるなんて犯してくださいと言っているようなものだ。

「気が乗らない仕事だったけど、これは思わぬ拾い物かもだね。ヨシュア」

「ふんっ」

 この二人、まったく物怖じしない。

 口ぶりから察するに人攫いの類か? 冗談じゃねぇぞ。



「オレに何か用かよ?」

 外の世界から危険も顧みずこんな所までやってくるような奴に、まともなのがいるはずない。

 警戒しつつ時間を稼ぎ、どうするかを考える。

「あはは、警戒している。大丈夫だよ、お姉さん達は悪い人間じゃないから。ね?」

 無邪気な笑顔で、両手を振る姿は確かにオレが今まで散々見てきた悪人には見えない。

 どちらかというと、その真逆に位置していそうなやつだ。

 だからといって警戒を怠る事はしない。

 悪人ではなく、人を騙すのがとてもうまい『大悪人』かもしれないのだ。



「お前の格好でそんな事を言っても説得力ないぞ。ここは俺に任せておけ」

「ふん、失礼ね」

 オレのところへ一歩踏み出してくる男、ヨシュアといったか。

 場所がら危険な目には何度もあったが、これほどの危機感と圧迫感を感じたことは無い。只者ではないようだ。一歩後ずさりし、間合いを取る。

「君に危害を加えるつもりはない。俺たちは国から仕事を依頼されて『スパイト』を消し去るために ここへ来た。まぁ、その『スパイト』も坊やに滅却された後だったがな」



『スパイト』? 滅却? 何を言ってやがる。 

「あんたらが何をいっているのかまったく理解できないんだけど?」

「『スパイト』は『人間の悪意やイタズラ心』が源になっているエネルギー体のようなものだ。それが人間に取り付き、極まれに先ほどのような強力な『スパイト』が生まれ、人間に危害を加える存在になる。それを発見しだい俺たちが『聖なる歌』で奴らを滅却する。それが俺達の仕事だ」

なんだよ、説明されたところで何一つわからねーよ。

「端的に言うと、私達は正義の味方だよ~って事」

 相変わらず調子の狂う奴だ、このスノウとかいう女は。

 しかし、縄張りに紛れ込んだ二人を何事かとガラの悪い奴らが集まってきてもこの女には緊張感が まったくない。

 やっぱり、こいつら何かやばいぞ。

 どうする? 逃げるなら今のうちだが。



「そこでだ、ここからが本題」

何が起こっても対処できるように、ぐっと足元に力を溜める。

「俺たちの元へ養子として来ないか?」



「はっ?」

思いも寄らぬ提案をされ声が裏返る。誰だって予想できないだろこんなの。

「君のような才能ある人間はとても貴重だ。先ほどの歌を聞かせてもらったが、ここで腐らせておくには惜しい」

「い、いきなり現れて、訳わからないことをほざきやがる! オレがお前らを信用すると思うか?  オレは今の生活が気に入っているんだ、オレに構うな、どっかいけ」

後ろを振り向き寝床へ帰ろうとすると、突然肩を掴まれる。とっさにその手を払いのけると、こちらの目線にあわせ、中腰になったヨシュアの顔があった。

それはとても真剣な眼差しで、オレは目を逸らすことができなかった。

「一生スリや置き引きをして、人様に迷惑を掛け続けるのか? ドブネズミのように這いずり回ってみじめに生きてくのがお前の人生なのか?」



 こいつっ!

「うるせぇ! こっちは毎日生きるために必死になってやっているんだ。お前らのように恵まれた人間から奪って何が悪い!」

「ふん、その程度の人間か。少しは見込みがありそうだと思ったんだがな。スノウ、こいつはダメだ、いくぞ。これをくれてやる、よかったら持って行けよ。金が欲しいのだろう?」

 ヨシュアは立ち上がると懐から財布を取り出した。

 そして全ての札束を抜き出すと、オレの足元にバラ撒き、後ろを向いて歩き出した。



 どこまでもオレをなめやがってぇぇぇ!

「うわぁーーー」

 裸足で大地を蹴飛ばし、泥と垢まみれの拳を握り締め、男の顎をめがけて殴りかかる。こんな奴一撃でしとめてやる!

 こちらの拳がもう少しで奴の顎先に触れそうになった瞬間、目の前から男の姿が消えた。直後、強い衝撃をみぞうちに受け、痛みを認識した時には既に目の前が暗くなってきて……。



「ほう、金を拾わなかったか。完全には腐ってなかったようだな。ギリギリ合格ってことにしておいてやる」

 くっそ痛ぇ…オレは……オレだってこんな生活……。

「何が『俺に任せておけ』よ。またいつもの力技じゃない。本当あんたも変わらないわね。どうせ最初から強引に連れて行く気だったんでしょ?」

「ふんっ」

「お金はどうするの? あのまま置いていくの?」

 ヨシュアはスノウの話を聞かず、いきなり大声で叫びだした。

「その金を持っていけ。その変わりこの子は俺たちが連れて行く」



 物陰から複数の人間が現れる気配がする。

 足元の何かを拾い出すとそそくさと裏路地に消えていった。

「いきなり大声出すから、びっくりしたじゃない」

「どこでも流儀ってもんがあるんだよ。ここのボスには既に話を付けてある」

「全部あなたの手の平の上だったわけ? むかつく~」

「ふんっ」

 いよいよ視界がぼやけ、意識が遠のく。

 これは気絶するのだと直感した瞬間、筋肉質な体がオレを担ぎ上げ、足早に歩き出した――



「う、いてぇ…… どこだ、ここは?」

 目を覚まし、あたりを見渡すとそこは見知らぬ場所だった。

 意識を取り戻り出すと同時に、全身がズキズキと痛みだす。

「あら、起きた。大丈夫?」

 死角から突然声を掛けられ、咄嗟に体を起こそうとするが激痛が走り、断念する。

 首だけどうにか動かすと、おでこから何かがポロっと落ちる。

 濡れタオルのようだった。

 そして傾けた視線の先には女のシルエットがあった。

 誰だ? 頭がぼんやりして何も思い出せない。

「もうっ。落ち着くまでゆっくり寝てなさい」

 何かを搾る音が聞こえ、その音が止むとおでこにひんやりと心地よいものが置かれた。

「ヨシュアにこっぴどくやられちゃったね~。あいつ手加減とか知らないの、ごめんね」

やられただと……誰に?

ヨシュア…………そうだ! 思い出した。スラム街に突然現れた、いかれた二人組みの男のほうだ! 


 挑発され、かっとなって飛び掛ったところまでは覚えている。

 それから……クソっ! 思い出しただけでいらいらする。

 状況的に二人がオレをここに連れてきたに違いない。冗談にしか聞こえなかったが本当にオレを養子にでもする気か?

「オレを、いてっ……どう……する気だ?」

 口の中が切れているようで、まともにしゃべれなかった。



「全身痛いだろうに虚勢張っちゃって。今は何も考えないで寝なさい。後で全部話してあげるから」

「いっ……いいから……いま、話せよ」

「後でね」

「くそっ」

「ふふっ」

 ちくしょう、今はどうあっても話す気がないらしい。

 笑顔のまま、すかされてしまった

腹は立つがこちらは気力を振り絞って声を出している。

今はこれ以上言い合うのは止めておいてやる。それに黙って横になっていると、生まれて初めて使うこのフカフカなベッドが心地よかった。

天井を眺めながらまどろんでいると、すぐにうとうとしてきた。

起きたら色々聞いてやる――


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