ソラ君とウチのプレリュード第17番
空港までの移動時間で仮眠をとっているとあっという間に目的の空港に着いていた。
相当疲れていたらしい。口元の涎を拭いバスから降りる。
ゲートを抜け、ラウンジまでくると、そこには沢山の報道陣が待ち受けており、カメラのフラッシュの洗礼をここでも浴びるはめに。
さっき散々撮られてきたのに、疲れも見せず笑顔で応対する皆のプロ魂が素晴らしい。
そんなことを考えていると、いきなりお尻に激痛が走った。
誰かにお尻をつねられているようだ。
ヒナのいたずらかと思って振り返ると、ボクの予想に反してお尻をつねってきたのはアナマリアさんだった。
「そのチョーカーを着けたあなたがそんな顔をしないで。疲れていても、気分が乗らなくても、学園のために笑いなさい」
あまりの痛みにアナマリアさんに文句をいおうとするが、そういうことを言い返せる表情ではない。心の底から怒っているそんな風に思わせるまなざしだった。
そのまなざしと、今も残るお尻の痛みでボクの中にムクムクと反発心が芽生えてくる。
言うことを聞かず笑わない。
そう決め――
「ひぎぃっ」
そう決めて睨み返そうとしたボクのお尻に先ほど以上の激痛が走った。
「わ、ら、え」
傍目から見たら笑っているんだけど、実際はまったく笑っていない笑顔から繰り出される悪魔の所業。
目じりに涙を浮かべ、ぎこちない笑みを何とか作る。
なんだっていうんだ本当に……。
報道陣の波を越え、ゼクス航空が用意した最新のジェット機に乗り込み指定されたシートに全体重を預ける。
事前にどういうものか知らされていたし、想像は出来ていたつもりだったが思っていた以上の快適さだった。
革張りのシートに体を深くあずけ、だらーっとする。
これでようやく落ち着けそう……。
「ソラさま、まだ離陸前ですので」
アイカメラを装着したCAさんが笑顔で挨拶にきていた。
みっともない体勢で応対しそうになるが先ほどのアナマリアさんのセリフと、つねられた痛みを思い出す。
ボクはシートを戻し、体勢を整えて笑顔を作る。
これもエオルのPVの材料になるのだろうし、後になってまた小言を言われてしまうのはいやだ。
離陸までもう少し時間があるみたいなのでヒナの席まで移動してみる。
ボクに気付いた彼女はおもむろに靴を脱ぎだした。
はは~ん? 又ボクをからかうつもりだな。
ヒナに何か先手を打ってやろうとしたら、周りのみんなも靴を脱ぎ始める。
おかしいと思いつつも、ここで言って置かないとツアー中ずっとからかわれそうだったのでボクの隠している男の部分を見せておこうと思った。
「もう、その手には乗らないって言ったでしょ? そんなの使い古されたネタじゃないか! ボクは引っかからないよ」
「なにを言っているの? ソラ……ああぁ~なるほどねぇ」
上目使いでボクを見つめるヒナ。周りも何かに気づき始めたようだ。
「ソラ、あのね。ファーストクラスはスリッパが支給されているから履き替えることって普通よ?」
アナマリアさんを除いた余人が笑いをこらえながらスリッパを掲げる。
その瞬間あまりの恥ずかしさで顔がほてる。
「し、知っていたし……ヒナを試しただけだし」
後ろからポンポンと肩を叩かれる。
振り向くとエカテリーナさんと、パネルを持ったシアンさんが菩薩のような笑顔でうんうんと頷いていた。シアンさんが持ったパネルには『大成功』と書かれており、エカテリーナさんはそれを見たボクのなんとも形容しがたいであろう表情をスマホで写真に収めた。この瞬間を待っていたかのように機内に爆笑の渦が捲き起こり、ファーストクラスは祭りの会場のような熱狂に包まれた。
ツアー日程をボクだけに隠していた事や、パスポートの事などはボクに疑惑と言う名のジャブを刻みことが目的だったのだ。そして、本命のカウンターを決めるためにこんな回りくどい方法を取ってきた。
「あはは。ああぁ~楽しかった。まさか引っかかるとはねぇ~」
ご満悦といった表情のヒナが憎らしい。
「何がそんなに面白いんだよ! もう知らない」
『エオル』式ルーキーヘイジング。
毎年ツアーの時期になると新メンバーに対して行われるおふざけのようなもので、先輩の輪に溶け込めるきっかけと、緊張をほぐしてもらうのが目的らしい。
近年は五人に匹敵するような者が出てこず、メンバーが固定されていたため久しぶりの新メンバーという事でみんなこの日を楽しみにしていたそうだ。
もてあそばれたことに多少思うところはあったが、バカ騒ぎをしたメンバーの雰囲気がとてもよくなっていたのは事実で、これはこれでよかったのだろう。
元々はユキさんがアメリカの野球特集をTVで見たときに、着想を得て考案されたお遊びだそうで、その話を聞いた瞬間これ以上怒る気も失せた。
あの人は、本っ当にもう……。
座席に戻り、食事を取ったり映画を見ていたらあっという間に時間は過ぎ、間もなく目的地に着くというアナウンスが機内に流れた。
ふいに覗いた窓から見える街並みが美しかった。
この建物一つ一つに見知らぬ人達の営みがあり、日々を生きているのだ。
人生で一度も接点が生まれない人間が大多数な事を考えると、なんだか不思議な感じが――
『あんな幼稚なのに引っかかったクセに、かっこつけちゃってどうしたんだい』
終わったことです放って置いてください!
それよりどうしたんですいきなり出てくるなんて珍しい。
『いや、うん。そろそろ着くころだろうなって思ってね。フランスに』
着きますけど……まさかフランスでなにかよくない事でも!?
『いや、むしろその逆で――』




