ソラ君とウチのプレリュード第14番 浮かれるエオル
凄まじいプレッシャーが襲い掛かる、なまじ声量があるものだから他の生徒達にも聞こえているのではないだろう。
いや、今はそんな心配をしている場合では無い。誤解を解くのが先決だ!
「こ、これは誤解です。ボクがお風呂で気を失った所を、ヒナが見つけてここまで一生懸命運んでくれたんです」
「嘘がヘタね。それが万に一つ本当だとして、そこからどうやったらヒナタを押し倒すことになるんですか?」
「これは単にバランスを崩しただけで、押し倒したなんてとんでもない。そうだよなな? ヒナ」
ヒナの返事がない。
いつも通りフォローをして欲しいのだが、幼馴染との感動の再会に気分よく浸っているみたいだ。 完璧に惚けてしまっていた。
「ショックを受けて一言も発せないじゃないですか! そちらは危ないです、ヒナタ。早くこちらに」
う、二人の視界から壁になっているヒナが今動いてしまうと、ボクの男の部分が露になってしまう。
ボクの性別がアナマリアさんにまでばれるのはまずい、急いでヒナを正気に戻さねば。
急ぎつつも、やさしく上体を抱き起こしにかかる。その刹那、目を潤ませたヒナと目が合った。ヒナはボクの背中に手を回すと何のためらいもなくキスをしてきて――
「このスペースに少しでも侵入して来たら、このボタンを押します!」
あの後はもう大変だった。衝撃的なキスを見てしまったミミさんは、とうとうその場にへたりこんでしまった。それを見かねたアナマリアさんが珍しく他人のために自分の個室までミミさんを退避させるほどだった。運んでいる最中ずっとにらまれっぱなしだったのも付け加えておこう。
個室に入っていった一瞬の隙を突き、ベッドから這い出て、服を急いで着、事後対応を考えたが出来ず。どんなに言い繕っても、二人からはボクがヒナに無理やりキスをしたように見えたらしく、アナマリアさんに嘘をつくなと散々罵倒され無駄骨に。ボクの性別がばれなくて済んだのは不幸中の幸いだったが、キスをしてきたヒナの真意もわからないしこれから先行きが不安だった。
それでも次の日になると、けろっとしていたヒナに「アナには昨日の事黙ってもらえるように頼んだから、安心してソラは仕事を続けてね」といわれ、わけもわからぬまま危機を脱していたのだった。
ボクが学園に来てから二ヶ月。
学園の生活にはほぼ慣れて、ヒナとレインさんのサポートのおかげで女装もばれずに穏やかな日々を過ごしている。『スパイト』もあれから現れることもなくボクは『エオル』の皆と学業や合唱の鍛錬に精を出していた。
しかし、肝心の仕事の進捗具合がよくない。
ランキング戦後、トップの座を奪ったところまでは良かった。
そこで大人しくなってくれないかな~と、淡い期待を抱いていたが勿論ダメで、アナマリアさんの態度は相も変わらず。
変化がないということは、原因は他にあるのだろうが、皆目見当がつかない。
最初から素行が悪かったわけではない、何かがあったのは間違いないはず。
あれこれ考えるも、ボクはアナマリアさんの事を表面的にしか知らない。
人生の経験値不足で完全に行き詰ってしまったボクに
『ミミ君とか一番仲のいい子に聞いてみれば?』と、レインさんの鶴の一声。
ここ二ヶ月ほどヒナとばかり交流していたボクには目からうろこ、早速ミミさんとコンタクトを試みる
「アナマリアさんのことで聞きたいことがあるんだけど」
「ひぃ! こっち来ないでケダモノ! アナちゃん助けてーーー襲われるぅーー」
この子は未だにボクがヒナを押し倒したと勘違いしたままだ。あっという間に走り去って見えなくなってしまう。あんな怯え方されたらこっちだって傷つくよ?
ミミさんにケダモノと誤解されたままなんですが、これはどういう事ですかレインさん?
『うむ。まだその時じゃなかった、ってことかな……』
なんかカッコつけてごまかそうとしていません?
『ぐー』
また狸寝入りして!
頼りのレインさんがいてもうまくいかなかったが、幸いユキさんから仕事の進捗に関しての文句を言われないので、時間だけはあるのが救いだった。
そんなある日、クラスのみんなが旅行雑誌を片手に盛り上がっている場面に出くわした。
遠目から興味津々に見つめていると、その視線に気づいたエカテリーナさんグループに声をかけてもらえたのでその輪の中に入る。
「皆お休みに旅行にでもいくんですか?」
「うん? ……そっかぁ、そういえばソラさん今年編入してきたから知らないのか。学園で行く旅行だけど、ただの旅行じゃないよ? 『エオル』で行く世界ツアーよ。それがあと一ヶ月を切ったの!」
「世界ツアー?」
「そう、私達普段は寮生活しているじゃない? だからみんな毎年、旅行先で羽を延ばすの楽しみにしているの。で、今は自由時間で回れそうなお店をチェックしているのだよ~」
語尾がミュージカルチックになっている。
エカテリーナさん達大分浮かれているようだ。
旅行先の予定表を少し見させてもらったが、大統領や大企業の社長並みの分刻みスケジュールになっていた。
この際だ、気分を変えてボクも旅行を楽しむことを考えよう。
一冊旅行雑誌を借りることが出来たのでそれをパラパラとめくる。女の子が好きなものばかり特集されている、
あとで日ごろお世話になっているヒナと一緒に彼女が喜ぶような予定を立ててみよう。
クラス中が浮かれているからか、ボクも感化されてしまった。授業後の部屋へ戻る足取りがやけに軽やかだった。




