ソラ君とウチのプレリュード第13番 ~続・お約束?~
「ふぅ~今日もどうにかバレずにすんだぁ」
学園生活も一週間を過ぎ、少しずつだが学業や共同生活に慣れてきた。それでも女性しかいない学園での生活は気苦労が耐えないのも事実。
そんなボクの癒しのスペースはなんといってもお風呂!
レインさんには悪いけど、この時ばかりはチョーカーも外して一人きりでリラックスする。気兼ねなく長風呂を楽しみたいので、アナマリアさんとヒナタの二人にはいつも先に入ってもらっている。
浴槽に並々と溜められていたお湯が、バシャ~とボクの体積分排水溝へ流れ込む。
「はぁ~きもちいい。お風呂って何でこんなにきもちいいんだろう。これこそ人類最高の発明品だよぉ~」
お城から学園へ改築する際、当初の計画ではオーソドックスなバストイレ一体型ユニットになるはずだったらしいのだが、ユキさんの「これじゃちっとも疲れ取れないでしょう?」 の一言が全てを変えた。
バスとトイレをしっかり分け、入浴する時も浴槽にお湯を溜めて肩まで漬かるという日本のスタイルを採用させたのだ。
最初は慣れずにシャワーだけで済ます生徒が多かったが、試しに浴槽につかった生徒の感動が口コミで学園内に広がり、今では全生徒が使用し日本のスタイルに満足している。と、ヒナタがいっていた。
まぁ、ユキさんの英断に感謝しつつ、ボクは全力でお風呂を楽しむことにしよう。湯船にアヒルちゃんを浮かべ、水分補給のために用意している炭酸水を一気に乾いたのどへ流し込む。
「くはぁああああーーー」
なんという爽快感! 喉が渇いているときの炭酸水は何でこんなにおいしいのだろうか?
ああぁ幸せだ~。女装がばれないようにする苦労も、この至福の中でなら忘れていられる。アヒルちゃんを何も考えずにボーっと見つめ続けるのもいい。頭の中で気持ちの整理がついて、今のボクにはこの些細な癒しが丁度いい。
カチャっと扉を開ける音が聞こえた気がする。
まぁいっか。
ヌボ~~っと焦点の定まらぬ目でアヒルちゃんを眺め続ける。
「ソラ、いつまで入っているつもり?」
アヒルちゃんはこのくちばしのラインがいいんだよなぁ。
「こらぁ! 無視するなー」
なんと、湯船を泳いでいたアヒルちゃんがボクの目の前で二体、三体と分身しだした。ああ、そっか、お母さんがアヒル達を迎えに――
おでこに何か硬いものが…………くっそいてぇ。
「って大きな音がしたけど大丈夫? ソラ、開けるよ?」
『――今日の分の稼ぎはどうした?』
この人は誰だっけ――
思い出した。
ボクがスラムにいた時の顔役だ。彼女はボク達孤児を集めては、物乞いやスリのやり方を教えてその稼ぎを毎日徴収していたっけ。
それで、稼ぎが少ない日はいつも不機嫌になって暴力を振るってくるから、そんな日はみんなガタガタと震えていた。そういや、いつもボクが面倒を見ていた泣き虫がいたけど、あいつはどうなった?
う~ん……。
ああ、そうだ!
確か子宝に恵まれなかったどこかの老夫婦の下へ養子にいったんだっけ。
うん、段々思い出してきた。最後の夜、あいつ散々ボクの寝床で泣くから、なんだかかわいそうになってきちゃって、泣き止むまで頭を撫で続けてあげたんだ。
スラムに居続けるより、養子にもらわれていくほうが断然幸せだと思うけど、あいつはなんであんなに悲しそうな顔だったのか。顔見知りのいない新天地へいくのがよっぽど心細かったのだろうか? もう会う事も無いから知るよしもないけど、元気にやっているかな。楽しく過ごせていると良いけど。
大切な人の悲しい顔は、見たくない――
「――ラ、ソラ!」
ぼんやりセピアがかった景色がゆっくりと晴れていき、目覚めるとボクの目の前でヒナタが泣いていた。
「もう!! 心配したんだから……。お風呂で大きな音がしてドア、開けて中に入ったら湯船でソラが溺れかけていて……そこから今までずっと目を覚まさないし。ぐすんっ……死んじゃったのかと思ったじゃないの。それに――」
泣いたり怒ったりと感情や表情を色々変化させ、まくし立てたっきり黙りこくってしまった。
「そんな簡単に死んだりはしないよ。心配掛けてごめんね。でも、力持ちだね、ヒナタ。ボクを担ぎ上げてここまで運んでくれたんでしょ?」
今ボクはベッドに寝かされているので、浴槽からここまで運んでくれたに違いない。
アナマリアさんはここにいないようなので一人でやってくれたはず。まぁ、いたとしてもボクを嫌っているから手伝ってはくれないだろうけど……。
ヒナタの返事がない。
冗談をまぜて、たいした事ないよとアピールしたつもりが、逆に怒らせちゃったかな?
もっと感謝の気持ちを素直に伝えて、この状況をどうにかしなきゃ、って――
あぎぃゃやぁぁ!!
いまさらとんでもないことに気づく。
ベッドに裸で寝かされているボク。ここまで運んでくれたのは十中八九目の前にいるヒナタに違いない。
と、するとヒナタはボクの裸を見ているよね……。
終わった――
そもそも男が女学園に乗り込んで、ばれずに仕事をこなせってのが無理難題だったんだよ。
しかもずっと良くしてくれていたヒナタにボクの男性的な部分を見せてしまったのは、許されざる行為だ、万死に値する。
彼女が先ほどから黙りこくっているのは、ボクが目を覚まして安心したのち、もっとショッキングな事があった事を思い出したからに違いない
そう、ボクのアソコ……おちん――
「ねぇ、あんなものを見せて……発見したのが私じゃなかったらどうしていたわけ?」
嗚呼やっぱり見られてしまったか……。
「どうするもなにも、先ずは何も見なかったことにしてくれるか頼んでみる……と思う。ボクにはここでやらなくてはならないことがあるから」
「ふーん。やらなくてはならないことねぇ。世間知らずのお嬢様ばかりだからって、女装する変態の話を聞いてくれる子なんていると思っているの? あんた女の子のこと舐めてない?」
「いや、それは」
言っている事が正しすぎて言葉に詰まる。
このピンチを回避できるような名案も見つからない。ここは素直に謝ってボクの処遇をどうしたいかヒナタに聞いてみよう。
「今までみんなを騙していてごめんなさい。性別を偽ってでもこの学園に潜入し、やらなくちゃならない事がボクにはある」
ヒナタは感情を顔に出さずじっと見つめてくる。
「私が一番怒っていることってなんだと思う?」
あれ、みんなを騙していたことじゃないのか? そうでないなら――
「うんと、裸をみせちゃったこと?」
「それも違う。その話はもうやめよう。思い出しちゃうし……。もっと大事なこと!」
「もっと大事なこと?」
やばい何にも思い浮かばない。
このピンチを脱するために頭をフル回転させて解決策を探し出さなければここでボクの依頼された仕事が終わってしまう。さらにそれだけで済むとは思えないけど……。
「私を見てなんにも感じない?」
「かわいい子だなぁとは思うけど。ここで聞かれているのは、多分そういうことじゃないよね」
「うん」
なんだか、顔が真っ赤になっているけど、今は彼女がいうところの『もっと大事なこと』を思い出さなければならない。
ボクがうんうんと唸っていると、彼女の綺麗な顔が知らないうちに急接近していた。
その瞳はとても真剣で、何かを訴えかけているような、そしてそれを早く察しろというメッセージが込められているように感じられた。この正念場で彼女のメッセージを一言一句逃さず解読できないようじゃこの先もやっていけないぞ。
人生の中でトップスリーに入るくらい集中する。
考えることに集中したのち、ふと焦点をヒナタに合わせると、彼女は恥ずかしそうに目をそらしてしまった。その目のそらし方と、顔のうつむき方になんだか既視感。一度、いや何度も会ったことがあるような? ああぁ、もうすぐで思い出せそうなのに。
「ヒナタ、ちょっといいかな」
「うん」
「ヒナタの仕草に、なんだか既視感を覚えたんだけど、もしかしてボク達……以前どこかで会ったことあるのかな?」
ビクッと肩を震わせ、こちらを一目見つめた後、また下を向いて黙ってしまった。この反応はやはりどこかで会っていて、それを思い出せないボクに怒りや失望を感じているのかもしれない。
「ボクさ、実はスラム――」
再度ビクッと全身を振るわせる。
さっきより百倍わかりやすい反応だ。もうこれはスラム時代に会っている誰かと見て間違いないよな。そうすると、ボクがそこで関わった人間なんてボスと、スラムの同年代の仲間達くらいしか――
その瞬間、脳内に映し出された同年代の仲間達の顔の中に、目の前の女の子の面影を見つけた。
「ヒナ、ヒナだろ!?」
その言葉を聴くと、ヒナは顔を上げ、勢いよくボクに飛びついてきた。
「うっ」
飛びつく際、ベッドのスプリングの力も加わった事で、ヒナは弾丸のような加速度を得た。それを咄嗟に全身で受け止めたボクはバランスを崩し、押し倒される形になる。
「気づくの遅いよ……ソラ。私のこと忘れられちゃったのかと思ったじゃない……」
彼女の大きな瞳から涙がこぼれる。
「ごめんヒナ。なかなか気づいてあげられなくて」
ヒナが泣き止むまで、押し倒されたままでいる。
思い返すと、彼女は一目でボクに気づいていた節がたくさんある。自己紹介の時から一人だけ目をきらきら輝かせ、熱心に耳を傾けてくれていたし、わざわざ学園の案内まで買って出てくれた。
その時はずっと手をつないでいたくらいだし。アナマリアさんにきつく当たられても彼女は庇ってくれた。他にも上げればきりがない。
これまで言い出せなかったのは、自分だけ再会を喜んでいる事がわかって、途中でその事が悲しくなってしまったのだろう。
これからはヒナにもっと優しくしてあげないとダメだな。
しかし、だ。
その前にこの体勢をなんとかしないと……全裸の男と泣いている女の子。
いつアナマリアさんが帰ってくるかわからない緊迫した状態で押し倒されたままでは流石にまずい。
言い訳の仕様が無い。
ヒナが落ち着いたのを見計らってボクは上体を起こしにかかる。すると、それを予測していなかったヒナがバランスをくずし、ボクがヒナを押し倒す形になってしまった。
「ソラ……」
う、この体勢はさっきの百万倍まずい。
このタイミングで誰かが、特にアナマリアさんがこの部屋に戻ってきたらジ・エンド。
ギィーっと扉がきしむ音が響く。
ボクの人生、こういう時こそ扉は開くのだ。
「失礼します。部屋に置きっぱなしにしていたものを取りに来ました。って」
ボクが裸でヒナを押し倒しているようにしか見えない所を目撃したミミさんは、ショックを受け荷物を運ぶための手提げバックやらなんやらを全て床に落としてしまった。悪いことは重なるもので、今来たら一番まずい人物がボクの視界に映った。
「ミミ? どうしました? そんなところで立ち止まってないで、早く中に入りなさい」
自分のいうことなら何でもいうことを聞くミミさんの返事がなく、少しいらだっているのかも知れない。口調に棘がある。
そのまま諦めてどこかで時間をつぶしに行ってくれないかなぁ。そんなボクの願いもむなしく、固まっているミミさんを横に退けて、部屋に入ってきた。
「もう、一体何があったと――」
同じように固まってしまうアナマリアさん。こうして共同スペースの入り口に二つの美しい彫刻が出来上がった。
ってくだらない冗談を言っている場合ではない。アナマリアさんの顔が見る見る内に赤くなってきている。対衝撃にそなえるんだ! さすれば道は開かれ――
「あ、あなた達! ハ、ハ、ハダカで何をしているの! 不潔、不潔よ!」




