ソラ君とウチのプレリュード第10番
指定の時間になり、手配された車で目的の場所まで護送してもらう。
空はもうすっかり暗くなっていて、人気の無いこの場所には物悲しい雰囲気が漂っていた。
『スパイト』が仁王立ちしている道路は国が『スパイト』の存在を認定した時点で封鎖されている。目的の場所へは呆気ないほど早く着いた。
「あの『スパイト』は車を破壊する事に固執している。道路を封鎖した今、動きは無くなった。しかし、今後変容して危険度が増すかもしれない。叩けるうちに叩いておく」
教師からの指令で気を引き締める。
「お前達の力で、あの悲しき男を『スパイト』の悪夢から救って来い」
「「「はいっ!」」」
集光ライトに照らされた『スパイト』は次の獲物を待ち続けているのか、道路の中央で佇んでいる。
そこは彼の家族が事故に巻き込まれた悲劇の場所だ。
『スパイト』化した彼はこの道を通る車を次々と破壊した。
普通に考えれば人間の骨の硬度で金属に覆われた車体を破壊する事など不可能だ。
しかし、彼は実際に素手で鉄の塊を粉砕したのだ。
「ヒナタ、準備はいいか」
「はい」
先陣のヒナタの準備が整ったようだ。
彼女の仕事は『浄歌』を歌う事。
見慣れない単語だが人間に対しての『浄歌』は癒しだ。
精神や肉体をリカバリーする事が出来る。スノウが得意とするのもこの分野だ。
反面スパイトにとっての『浄歌』は嫌悪の対象となり、それから逃れるために寄生した対象から脱出する。その脱出したスパイトをボクとアナマリアさんが滅却するのだ。
「ソラ」
耳にかけるタイプのインカムからヒナタがボクに話しかけてきた。刻々と変わっていく戦況に対処するために学園側が配布してくれたものだ。特殊な回線をしようしているらしく民間人には傍受できないようになっているみたいだ。
「うん? どうしたのヒナタ、個人回線なんか使って」
「私のことしっかり見ていてね」
「え?」
「行ってくる」
全方位、死角を生まないように無数に設置された監視カメラから送られてくる映像に、ヒナタが映し出されている。
ターゲットの元へ淀みなく歩き出すヒナタ。
目を閉じ、小声で何かをつぶやくと、ヒナタのブースターが淡いピンク色に光りだした。
そして、その光が彼女の体を包み込む。
ただ歩いているだけなのに幻想的な彼女の一挙手、一投足に心を奪われる。
『ソラ君! 見蕩れている暇なんかないよ。『浄歌』を歌い始める』
「『浄歌』いきますっ」
ヒナタの歌がインカムから聞こえてくる。
耳で聞いているというより脳内に心地よく響いてくる。
この曲は、結婚を間近に控えた息子に両親が送る喜びの歌だ。
『わたしたちの息子』
息子の赤ん坊からのエピソードをコミカルなストーリー形式にしたもので、赤ん坊のころのエピソードや息子の学生時代の失敗談など成長記録をコミカルに歌い上げて笑いを誘う曲だ。一人一人のエピソードが違うのにも関わらず曲のテンポを変えず無理やり単語をいれ入れ込むのが独特で難易度が非常に高い。
ヒナタの澄んだ歌が響き渡る。
理由を知っていないとこの状況下で朗らかに歌うのは場違いに見えるが、『浄歌』は『スパイト』の被害に遭っている対象者へ送る癒しの歌だ。
彼を救うための歌なのだ。
歌はセオリー通り赤ん坊時代のエピソードから始まった。
歌は進み、中学生の時ミューという名の女の子に惚れ、告白するも振られる。諦めきれずに高校生の時に再アタックし、そこでも玉砕。
大学生になっても、しつこくアタックし続けて何度告白をしたかわからなくなったころ熱意に負けたミューさんが恋人になることを了承。その後二人は順調に愛をはぐくんだ二人は晴れて結婚をすることになった。
そして『わたしの息子』最後の共通歌詞は情感を込めてしっとりと歌いあげる。
『ああぁ~こんな不出来な息子だけど、どうかよろしくね』
どこにでもありふれていそうな恋物語だが、彼だけは違ったみたいだ。
『スパイト』に取り付かれ、意識のないはずの彼が『自分の声』で嗚咽を上げ、泣いているのだ。 ヒナタの『浄歌』が届いた証拠だった。
――ッギ、ギャアアアアアアアアアアアアァァァァァァ。
聞くに堪えない悲鳴と共に『スパイト』が彼の体から半身を現す。
寄生主の意識が回復しだしたことで、スパイトはその体を放棄する。
『ソラ君。ようやく『スパイト』が姿を現した。いくよ、滅却だ!』
わかっていますっ。
「アナマリアさんいきますよ!」
「私に指図しないで! あなたがいなくても私ひとりでやれます」
全世界の『スパイト滅却師』が語り継いだ『エオル』発祥の『スパイト』滅却曲『天滅』。
ブースターの力を借り、魂を乗せて歌い上げる。
「ソノ ウタヲ ウタウナァァァァァァァァ」
『スパイト』の悲鳴にも似た懇願を叶える訳にはいかない。
彼のためにも、家族のためにもお前らには今ここで完全消滅してもらう!
「大人しく滅しなさい」
アナマリアさんがブースターを使うと、全身を青色に光り輝く膜のようなものが彼女を守護りだした。
その力を借りてアナマリアさんが『天滅』を歌い始めると、『スパイト』は体の内側から不自然な変形を幾度も繰り返し、その動きが止まると断末魔を上げて消滅してしまった。
生意気な事をいうだけあって彼女は歌も滅却させる力も素晴らしかった。
二人がかりとはいえ、こんなあっという間に『スパイト』を滅却させてしまうとは。
存在が消滅したのを確認すると、彼女は見下すような笑みを向けてこういった。
「ほら、言ったとおりでしょう? やはりNo.1は私――」
「危ない!」
完全に滅却したと思われた『スパイト』が、突然ガソリンをぶっ掛けられたキャンプファイヤーみたいに大きく燃え盛り、意思を持ってアナマリアさんの方へ向かっていった。
隙をつかれ『スパイト』を回避する術のない彼女を、ボクは体当たりをして思い切り吹き飛ばす。
「きゃっ」
助けるためです、そのくらいの痛みは我慢してください!
『しぶといやつだ。今度こそ完全に滅却するよ。ソラ君意識を集中して』
首の周りが暖かくなり、全身に感じた事のない力が漲ってくる。
生きる力がわいてくる。 スパイトにとっては最悪な感情だ。
それを全て叩きつけるっ!
「『汝、滅せよ!』」
ボクの歌声にレインさんの歌声が重なる。
これはソロで歌い上げたヒナタとアナマリアさんにはない現象だった。
レインさんの歌声とボクの歌声が重なり、新しい歌声が生まれる。
とてつもなく強力な力が発生し草木は揺れ、空気は帯電し、辺りを飲み込むようなエネルギーを生じさせた。
この状態はボクらのエネルギーを大量に持っていかれるみたいだ。
でも、これほどの力なら完全に跡形も無く『スパイト』を滅却することができる。
全身が軋み、意識が遠のく。
ここで倒れちゃだめだ。
この『スパイト』はボクがやるっ!
最後の力を振り絞り、歌い上げると『スパイト』は断末魔を上げる余力もなく一瞬にして光に包まれ滅却されていった。
それを薄れ行く意識の中で確認すると、目の前が真っ白になっていって――




