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ソラ君とウチのプレリュード第1番


 暗闇の中、スカートにブレザーと着慣れない服装で心が落ち着かない。

 下半身がこころもとなくて、これから大事な試験だというのに集中しきれない。

 

 ユキさん、あの人と関わるのは今回だけにしておこう……クレイジーすぎる。

 ここに無理やり連れてこられた経緯を思い出すと乾いた笑いが出た。 

 こんな状況下でも時間は待ってはくれない。開始の合図を告げるスポットライトが順々につき始めた。

 

 

 ライトの光が舞台中央に集まる。その中心にいるボクは眩しさに目を細めるが、ボクだけを照らす光を浴びた事で一気にやる気が高まった。元々乗り気ではなかった試験ではあるが、こんなに設備の整った巨大ホールで歌うことは中々出来る事ではない。客が一人しかいないのは残念だがゼロではないし、ここまで来たら自棄だ。全身全霊をかけて歌って、あの学園長の――ユキさんの度肝を抜いてやる。



「ラァァァー」

 客席に聞こえないように発声する。

 よし! 音の伸びがいい。喉の調子は万全だ。

 体調も問題ない。

 ボクの歌声で万物を感動させてやるっ――





 ――気持ちよかった…………。

 アカペラで課題曲を歌いきり、舞台上で感慨にふけっていると、どこからともなく小さな拍手が響いてきた。ユキさんだろうか?

音が反響しているので、発生源を特定できずに辺りをキョロキョロしていたボクの目の前に、間接照明のような発光を全身に纏った手の平サイズの女の子? が、フワフワと浮遊していた。



「ブラボー! ソラ君っていったっけ? ウチ好みの素敵な歌声じゃないか」

その子はウェーブの掛かった髪の毛を後ろで一つにまとめ、服装はユキさんとお揃いの小さなスーツを着ている。素材もしっかりしたものを使っているし、精巧に作られているので特注品だろう。興味津々といった目でこちらを見つめてくるキラキラした瞳はガラス細工のように深く澄んでいた。

「あ、あのユキさん……これは一体?」

 目の前の小さな女の子に指をさしながら、ボクをここに連れて来た張本人、ユキさんにこの信じられない現象について小声で聞いてみる。



「こいつは私の相棒、レイン。歌と乙女が大好きな妖精だよ」

 妖精?

 誰でも知っていて当然みたいに言われ困惑する。漫画やアニメじゃないんだから……。

 いよいよユキさんのクレイジーさが限界値を超えてしまったか? 大丈夫かなこの人と思う反面、

目の前のレインという名の妖精は作り物にしては生命力に溢れすぎている。ハリウッドの美術スタッフでもここまでの物は作れないだろう。



 あーもう! こんな現実ってありえる?

 誰かボクのほっぺを思いっきりつねってくれ。 全然痛くないだろうから。



 こんなボクの困惑などおかまいなしにどんどん話は進んでいった。

「ご紹介に預かりまして光栄です。ウチはレイン、妖精のレインさ! ソラ君よろしくね」

 親指を自分の胸元の方向にビシッと立て、どこか誇らしげに胸を張るレインと名乗る妖精。

 この場でボクだけがまともじゃない感じになっているけど、気のせいだろうか?

 


 …………ここは気を取り直さねば。

 郷に入れば郷に従えって言葉がある。妖精は存在して当たり前なんだ、偶々いままで見聞きしなかっただけなんだ、そうだきっと。



 一瞬、現実逃避や自己催眠という言葉が頭をよぎったが、無理やりそれらをかき消す。

「こ、こちらこそよろしくおねがいします、レインさん。あの、ユキさんに詳しいこと聞かされないまま無理やりこの学園に連れてこられた感じで……内心困っているんですが」

 ここに連れてこられた経緯を思い出すと、ここでユキさんに皮肉のひとつでも言ってやらないと気がすまない。

 ちらっと当人を盗み見るも、ニコニコ笑顔で我関せずといった風情だった。

 まぁ、こういう人だよね。



「えっと、ここにいるって事はユキの仕事の依頼で来たんだよね?」

 首肯する。レインさんは話が早くて助かる。

「もしかして内容を知らされないまま来ちゃったの?」

 さらに首肯する。

「あぁ~…………なるほど、ね。ユキがまた迷惑をかけちゃったみたいだね。昔からそういう所あるから、いいかげん直せって言ってるんだけど、まったく話を聞かないんだ。だから、ごめん。ウチの方から謝っておくよ」

「いえ、そんな」

 レインさんは何も悪くない、悪いのは傍若無人なユキさんなのだが、レインさんがいい人過ぎてこれ以上ユキさんを責めるのは、はばかられた。

 


 そんなボクらのやり取りをまったく意に介さないユキさんが、言いたい事だけを伝えてくる。

「ソラちゃんにうちの学園の問題を解決してもらおうと思って連れて来たのよ。そんな訳で力を貸してあげて、レイン」

「いきなりなんだい。ウチはこの子が気に入ったからいいけどさ、あんた生活力がないんだから、ウチがいなくなったら大変だよ。一人で大丈夫? 炊事洗濯できる?」

「もう! いつまでも子供扱いしないで。大丈夫に決まっているでしょ」

「まぁ、それならいいよ。でもさ、これだけ歌がうまければウチのサポート必要なさそうだけど、そこんとこどうなの? わざわざヨシュア君の所まで行ってここに連れてきたって事は『あっちの仕事』も相当できるんだろうし」

 ヨシュアとはボクの育ての親で師匠でもある。厳しさと優しさを持った尊敬できる人だ。



 レインさんの指摘にユキさんがわかりやすい、というか若干わざとらしい表情でうろたえた。

「ぐっ、いえ……必要なの。妖精のサポートなしにソラちゃんのような実力者がいきなりうちの学園に編入してきたら怪しいでしょ?」

「怪しいのはユキ、あんたでしょ。嘘ついているときの顔になっているよ。そんなので長年付き合いのあるウチを騙せると思っているの? 何か隠し事しているでしょ? 怒らないからいってごらん」

「いや、ないアルよ?」

 ユキさんの視線は泳ぎに泳ぎ、額からは汗が滴り落ちている。素人目でも動揺していることがありありと伺えた。



「ほんとぉ~に~?」

 二人の視線が交差する。

 ジリジリとした緊張感の中、ユキさんが大分押されているような気がする。

 やましい事だらけだからだろう。

 それでも、すんでのところで堪えているようで中々口を割らない。

 このままこう着状態が続くと思われたが、先に折れたのはレインさんの方だった。

 ハァ~と大きなため息をつき、これ以上言っても無駄だ、と悟ったような顔をしている。長年の付き合いだといってたし、これ以上は本当に時間の無駄なのだろう。



「何を考えているのか知らないけど、今回だけだからね」

「ありがとう~。だから大好きよ、レイン!」

 ユキさんはレインさんを優しく手で包み込みと、自分の頬に小さな体をぐりぐりと押し付けた。

「やめろぉぉー。十年前ならともかく、おばさんになったユキにこんな事をされてもうれしくないやい」

「恥ずかしがっちゃって。うりうり」

レインさんがユキさんのキスを両手で阻止している。

屈託無くじゃれ合っている様を見ていたら、なんだかこの二人の関係がうらやましく思えた。

気の置けない間柄っていいよなぁ……。

「うりうりぃ」

「やめろ~」



「あのう、そろそろいいですか?」

 ちょっとした疎外感と居心地の悪さを感じ、思わず声が漏れてしまった。

「ふぅ~助かった、もう少しで口紅まみれになるところだったよ。それより、待たせちゃってごめんね。早速だけどウチと契約をしようか」

契約? 何のことだろう。仕事の書類つくりだろうか。



「そうだユキ。ウチとソラ君の契約期間はどうするの? 長期間だと困るでしょ、あんた生活力ないんだから」

「だから同じ事二度も言わないで、子供じゃないって言ったでしょ。私は一人でも大丈夫よ」

「心配だなぁ……」

「いいのよ、大丈夫。それより、期間はねぇ~そうだなぁ…………。ソラちゃんが学園を卒業するまでの三年間でどうかな」

「三年か、結構長期間だけど後で「戻ってきて~」って泣きついてきても知らん振りするからね! よし、ソラ君。ユキの気が変わらないうちにさっさと契約しよう」



 この時、力を貸すって言うのは『男』のボクが女学園での生活で苦労しないためにレインさんが色々サポートしてくれるって事を指していると思っていた。

「ソラ君、目を閉じて。心を落ち着かせて、ウチに全てを委ねるんだ」

「はい」

言われるまま目をつぶる。



目を閉じていてもレインさんが近くにいるのがわかる。熱を帯びて発光しているからだ。それにしても心地よい暖かさだ……。この生命力に満ち溢れた発光が、ひときわ増したと同時に、首回りがほんのり暖かくなった。

『久しぶりだったから不安だったけどうまくいったみたい。なんか居心地もいいし、ウチとソラ君は相性がいいのかな? あ、もう目を開けていいよ』

 目を開けると、レインさんの気配はすごく近くに感じられるのに姿が見当たらない。

周りを見渡しても、あの目立つ発光体を見つけることが出来なかった。

ふと首元に違和感を覚えて手を触れると何か布のような、でも暖かい生命の優しさがそこにあることに気付く。



 舞台そでに備え付けられている姿見に目を向けると、そこには見覚えの無い紫を基調にしたおしゃれなチョーカーが巻かれていた。

 


 なんだこれ?



 困惑していると、ユキさんが悪役のような邪悪な笑みを浮かべてこちらを見ている事に気づいた。しかも小さくガッツポーズまでしている。


 

 とてつもなく嫌な予感がする。

「その首のチョーカーこそがレインよ。これで契約完了って感じかしら。ウププ」

「ええっ! これが、レインさんなんですか」

 チョーカーに変身したレインさんを両手で撫で回す。

肌触りや感触が確かにおかしい。

自分以外の生命のぬくもりを感じるのだ。



『ははは、くすぐったいよ、ソラ君』

「うわ、ごめんなさい」

この光景を見ていたユキさんは手を叩いて大喜び。

彼女が喜べば喜ぶほどこっちは不安になってくる。




「よし! うまくいった。やっぱり私のほうが一枚上手のようね」

『何のことだい?』

「まだ気づかないとは、少したるんでいるんじゃない? あなたの力でソラちゃんの体をよぉ~く調べて見なさい」

 いきなり何を言い出すのだこの人は。

『調べろって、何もおかしいところなんてあるわけ…………うっ』

う?



『う、うぎゃぁぁー』

 


 衝撃のあまり変身がとけたのだろう、レインさんは羽をバタつかせ、体を仰け反らせながら悲鳴を上げ続ける。その慟哭一歩手前の叫び声はホールによく響いた。

「ウチ、騙されたぁぁ……。ソラ君! 君はこんなかわいい顔して、ぞの実、おち○ち○が付いている男の子じゃないかぁぁ。よくもウチを騙したなっ!」

 


 こちらを睨みつける表情と恨み節を聞かされたボクは、いたたまれなくなってスカートの両端をギュッと掴んでうつむく。騙されていたのはボクも同じです……。

それにしても、男だと何か不味い事でもあるのだろうか? あまりな反応に心配になってきた。



「あ、あの。男だと問題だったりします?」

「問題大ありさ! ウチは穢れ無き純真な乙女が好きなのっ! 大好きなのっ!  本来なら乙女にしか力を貸したくないのに……もう嫌だ~男なんていやだ~。か弱いウチを使って夜な夜な変なことをする気でしょ」

 


 体を半身にして、両腕で胸元を隠すレインさん。

 相当警戒していらっしゃる。

「変な事って……そんなことしませんよ。それよりユキさん! これは一体どういうことですか」

泣き叫ぶレインさんを意識から遠ざけ、ユキさんに問いただす。

旧知の仲であるレインさんを騙してまで行った大芝居だ。

生半可な理由ではないだろう。



「ソラちゃん……いえ、ソラ君! 人を攻める前に、自分に落ち度がまったくなかったと言い切れる? その完璧に着こなしちゃっているスカートを着用している時に少しはおかしいとは思わなかったの」

話をそらされたような気もするが、ぐぅの音もでないという言葉はこういう時にこそ使うのだろう。

ユキさんに化粧をされ、用意された"女生徒用の制服"に着替えさせられている段階で何かおかしいとは思っていた。

 なぜ”女装して”歌を披露するのかと。

 もっと真剣に考えて、ユキさんの事を勘繰るべきだった。そうすればボク以外の被害者もでなかっただろうに……。

「その無駄毛処理のいらない細くてきれいな脚! 手入れをしなくてもいいきめ細やかな肌! うらやましい……じゃなくて。レインが聞いても男だと気づかないその美しい声と容姿! 私の目に狂いはなかった……無類の乙女好きなレインを騙せたソラ君なら、性別を偽ってもばれずに私の依頼をこなす事が出来そうね」



「ぐっ」 

 大勢は決したがここはしっかり言っておかないと、この先ずっとユキさんの言いなりになってしまう。



「仕事に必要だからといって無理やり化粧をさせ、服を強引に剥ぎ取って制服を着させたのはユキさんあなたじゃないですか!」

 他人が見たらセクハラを通り越して未成年への犯罪行為でしかる場所へ移送されていたはずだ。



「何を言っているやら、化粧が完成したら鏡の前でポーズ取ったりしてノリノリだったくせに。過ぎたことをグダグダいわないで、あなた男でしょ? しっかりしなさい。ま、今は女の子にしか見えないけどね、うぷぷ」

 ここまできてまったく悪びれないユキさんの度胸と、確かにたのしんでしまった自分がいる事を思い出しこれ以上言い返すことが出来なかった。

「はぁ~。今年一番笑ったかも」

ユキさんはひとしきり笑った後、息を大きく吐いて呼吸を整える。すると、ふざけた雰囲気が一瞬で消え、場の空気がピシっとしまる。




「あのね、ソラ君。契約をした妖精は自分の意思では契約を解除できないの。そういう決まりなのよ。だから仕事を受けないっていうなら今ここで、君の意思で契約を解除してレインを自由にしてあげて。仕事を任せる相手はあなたじゃなくっても別にいいの。変わりはいくらでも探せるし。だから、帰りたいなら帰りなさい。ヨシュアには私から言っておくから」

 酷い言い草だと思う。

 ヨシュアがボクに初めて任せてくれたこの仕事を、途中で投げ出すわけないと知った上で挑発してきているのだ。



 ボクをスラム街から救い出してくれた二人の期待に答えなくちゃ、そうしないとボクはまた一人になってしまう――

「レインさん、結果的に騙す形になってしまいました、ごめんなさい。ですがボクはレインさんとの契約は解除しません。どうか、最後までボクに力を貸してください。お願いします」

 ショックのあまり、涙目だったレインさんもボクの決意を察してくれたのか思案顔になって腕を組む。



「むぅ~。君もユキと一緒で一度こうと決めたら梃子でも動かない性格みたいだね。まぁ、学園経営の事を考えるとなぁ……仕事も選んでいられないし。ユキはああ言ってるけどソラ君のような才能ある人間がそうそういるとは思えないし…………」

 思案顔のレインさんと目が合う。そこに男に対する嫌悪感のようなものは無くなっていた。





「よしっ。男だどうだって言うのは止めるよ。ここはウチも腹を括る。よろしくね、ソラ君」

「はいっ! こちらこそ」

「元気があってよろしい。それに比べてうちのユキは……昔っからやることが変わらないっていうか、中身は出会った頃のいたずらっ子のまんまだ……もういい年なのに……独身だし』



 ふわふわと浮遊し、そのままボクの肩にちょこんと腰掛けて愚痴をこぼす妖精のレインさん。

 ユキさんと長年日常を共にしていたのだ。よーーーく出来た妖精さんなのは間違いない。振り回されて苦労したろうなぁ。ユキさんとは短い付き合いだけど容易に想像がつく。


 

 ボクもユキさんに翻弄された内の一人だ、男嫌いだと公言したレインさんとも意外と話があって仲良くできるかもしれない。共通の敵がいるとって何とやらって言うしね。


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