私を助けてくれたのは心が読める貴方でした
爆走して疾走した作品です。
お読みのさいにはあまりの拙さで気力が失われる前にバックステップして回避してください。
第一回の修正いたしました。28.2.28
修正いたしました。28.11.27
助けてっ。誰か助けてっ。
もがいても抗っても群がってくるそれらに私はただただ逃げて助けを求めていた。
ねぇ、誰か助けて……
私が何をしたと言うの?こんなの、違うっ。私は多くを求めてなんかいないっ。
一人で嘆いたって何か変わることはない。それでも私は捕まらないように逃げる。留まれば亀裂に埋もれて破滅へ。頼れる人は初めから、いなかったのだ。
その破滅の始まりをようやく理解したのは十歳の時。私の回りには男の子しかいなくなり、変だなって思った時だ。
私には前世の記憶が少しだけある。ブスの分類に入る前世の私は恋愛小説が大好き。恋愛小説を読んで物語に出る様々な恋に憧れて楽しむのだ。
最初は朧げで物心がつく頃はそれほど気にもしなかった。小さな村に住む両親と、美人母の蜂蜜色の髪に優しい父の空の色をした瞳の私は『エリアナ』と名付け可愛がりすくすくと育ったので朧げな記憶など気にもしなかったのだ。
しかし八歳ぐらいに前世だと認識してそうなのかと納得していた頃の私は外見が前よりさらに可愛くなったと思うだけで異変に気づくのが遅れた。
私の回りには同年代の男の子と女の子。三歳ぐらい離れた年下の子たちと年上のお兄ちゃんとお姉ちゃんの十人。今までは仲良く遊んでいたけど、前世を意識したら子どもらしくはしゃぐ事に躊躇いができて少しだけお澄まし気取りをしていた。私が変わればその辺りから回りの男の子たちが妙にませてきた。
最初は子どもだから、なんて思っていたけど何かが違う。どういうわけか、率先して男の子たちが絡んできてお花をよくもらうようになる。他の女の子たちからいいなー、て言われて私は少しだけ優越感。花を貰うなんて初めてだからこの時は純粋に嬉しかったのだ。
だって、前世ではこんな異性からちやほやされた事が一つもなかったから。物語の女の子のように私自身が変身して、優しい笑顔の男の子からお花を渡されたら嬉しいに決まっている。
でも十歳になると男の子たちが急にべったりとまとわり付くようになって心なしか私の行く手を阻むように制限してくる。私を囲むように五人が側から離れなくてとても怖い。
五人から「可愛い」「好き」「僕の―――」「俺の―――」「離れたくない」なんて囁くように言われてすごく怖い。
特に私を映す瞳は淀んでいるようにも見えて、どこを見ているのかさえわからなくて気持ち悪くて怖い。
なんでそんな事を言うの?幼馴染みのカリンちゃんの方が可愛いんだよ?もうお料理を一人で出きるんだから。まだ何も出来ていない私より、よっぽどいいよ?
私がいくら言っても聞いてくれない。ただ私をどこかのお姫様のように可愛がろうとして近づいてくる。これじゃあ私は彼らを侍らしているようだ。
案の定、幼馴染みのカリンちゃんを始め四人の女の子たちは私を糾弾した。「独り占め」「節操なし」「お姫様気取り」「尻軽」「傲慢」「何様」――これは回りの親たちも思っている言葉。
次第に男の子たちは村で生きるために必要な農作業を放り出し、私が突き放そうとしても私を構うものだから私たちの評判は奈落の底。特に私は魔性の女と村の全体が囁きあう。
怖くて両親に相談をすればその時は助けてくれた。腫れ物扱いだったけど、女の私は畑仕事の代わりに藁を編む提案をしてくれた時は両親に心から感謝した。
そんな時、父も変わってしまった。あんなに母が大好きだったのに、いつの間にか私の傍にいたがるようになった。
最初は私も母も心配しているだけかと思っていた。かけてくれる言葉もそれだったし、いつものように頭を撫でて構ってくれる仕草は変わらない。
けど、次第に父も畑仕事にいかなくなって――ついに熱のこもった「好きだよ」と囁く父がそこにいた。村の男の子たちと変わらなくなった父から離れるために私は母の手によって貴族に売られると言う引導を渡される。
売女と罵って突き放す母の顔はもう覚えていない。娘でまだ少女に向かってなんて事を言うのだ!と叫びたかったけど、その前に私は心を閉ざした。
売られた先の――その貴族ははっきり言って気持ち悪かったのだ。外見が脂ぎった豚だし、何をするにしても行動すべてが気持ち悪い。
私を見てぐへへへと気味の悪い笑みを浮かべて手を揉む。上から下まで舐めるように見てぐふふふと笑う。気持ち悪い。
ああ……私はこいつの慰みに合うのだと理解して意図的に心を堅く厚い扉を連想させ、鍵を閉め、ドアノブと扉丸ごとを鎖で幾重も巻き付けて開かないように心をしっかりと閉ざす。
しかし私は助かった。二人の従僕と騎士の命と引き換えに処女を守れた。だが最悪には変わらない。この二つの命のおかげで豚男にとって素晴らしい道具を与えてしまったのだ。
魅了魔法を使えるらしい私を、駒としてドーマン・ウォル・ガルダイン伯爵の養女となってしまった。
「今日からお前はエリアナ・ガルダインとして名乗らせてやる。二年後の王都学院へ入学し、その卑劣な技で殿下の寵愛をとって来い」
ひっひひひと笑うこの男は、どうやら私の魅了魔法を使って殿下を篭絡し大きな富を企んでいるらしい。そのために私は駒とさせられた。
それから私が十四になる頃には貴族でなくてはならない教育を受けさせられる。少しだけ大人びた私は可憐さが増したらしい。
教育と言ってもその大半はただの口実で――魅了を受けないように選ばれた女性教師たちは口達者が勢揃い。見目がいい私はその外見も武器にするため目立たず他人には分からない傷を負わせるのに貴族流教育と言う教示で誹謗中傷の憂さ晴らし。
出来なかったらすぐに私を謗る。これが出来ていない、あれが出来ない私を随時ドーマンに報告してはご飯を抜かされて体は多少の肉がついている程度。痩せている体はドレスを着てしまえば分かるわけがない。
魔法も……最悪だ。魔法があるなんて!と喜んだけど私は闇の魔法に適性があるらしく、その闇は一万人に一人と稀なんだとか。そして教える事は何一つないと告げられれば何も言えない。
しかも魅了に特化しているとかなんとかよく分からないけど、あの男を喜ばすだけの魔法と分かって虚ろになった。
そんな私は……生きるために頑張るけど、その頑張る意味を見出だせずに時がすぎる。
この世界の理を理解するために勉強もした。したけど、時間が足りなくて私は死ぬこと以外でこれを打破する妙案が浮かばず貴族流教育を受けた私はある首輪を付けられて入学する。
奴隷の首輪……違法だ。けど、なぜか男は持っていた。命令権はドーマン。誓約には『他者へ魅了魔法の存在を教えない』こと。殿下の寵愛をもぎ取り、王妃の座に付くこと。細かい設定はすべてドーマンが握っている。
そんなに金と地位がほしいのか。私には分からない。分かりたくない。
もちろん侍女とは名ばかりが一人、監視として付けられ入学させられた私は見下すように見るその侍女からドーマンの命令が下される。
すぐに接触してこい。それから徐々に魅せ、我が物にしろ。私が使うはずのベッドで悠々と足を組んでさっさと行けと手であしらわれる。
名も知らない侍女はここで私を無いものとして自室に使うのだろう。隣に侍女部屋があるがとても質素で必要最低限しかない。それでもじゅうぶん綺麗でベッドが柔らかいことが唯一の救いに思えた。きっとここでもあの屋敷と扱いが変わることはない。
ドーマンの段取りでは、卒業するまでに殿下に今ある婚約を自ら破棄させ、お前が婚約者になれとの事だ。そして私が王妃になり、ドーマンを城にあげ王宮内部を操るらしい。私はこれを、成立させるつもりは毛頭ない。
「お初にお目にかかります……ガルダイン伯爵の娘、エリアナと申します。お見知りおきを」
「初めまして。フィルロイド・ダールス・タージェクトだ。お前の髪はなかなか綺麗だな。瞳も大空を映す青か……エリアナ嬢によく似合う」
「ありがとうございます」
よく、言われた。綺麗とか。美しい、とか。もうその言葉は響かない。
それよりもあなたの煌めく黄金の髪の方が綺麗ですから。真っ直ぐ射ぬく翡翠色の瞳も、貴方の方が気品もあり顔立ちが整っていてよく似合う。
接触は果たしたので上位の爵位を持つ方々へ順番に挨拶をしていく。張り付いた笑顔は作り物だけど、誰も何も咎めないのならちゃんと笑っているように見えるはず。
殿下の婚約者――バルバーダ公爵クリスタリナ様の白銀の髪も、透き通る青の瞳も、大人のように落ち着いた顔も覚えなるべく接触しようと考えた。
家名を覚えられても顔が一致しないと後々が大変だから困る。みんな美人で美形すぎて覚えやすいからいいけど。あと色とか。
本当は自分の力で何とかしたかったが無理だ。これでも図書で魔法を調べた。封印の道具とか抵抗するためにはとか。魅了にかかった人の元に戻す方法とか。
でも本に記されていることは少ない。司書の人にそれとなく聞くと魔法なんてほぼ家庭内で教えられるんだとか。
ドーマンにとって私は魅了さえあれば十分だから教えなかったのだろう。実際に必要ないと言われていた。これでは魔法に抵抗したくても基礎も何も知らない私は抗う事が出来ず――悩んでいたらあの侍女に見つかり、作戦に支障が出ると激怒され図書にいた見張りに私は出禁だと伝えられもう行けなくなった。
仕事が増えたと不満を隠さないあの侍女は憤慨して私のベッドシーツはズタズタ。それをどこかに持って帰ってきたと思えば学院に勤める教師に私は注意され、賠償をドーマンへ報告。
シーツの値段なんて知らないが、賠償で腹が立ったのだろう。返ってきた返事は私への罵倒しかない。
もちろん、それを嫌みったらしく声高々に侍女が読み上げてついに私は床で寝ることになった。
もう自分ではどうしようも出来ない。誰かに助けてもらう事でしか私はできない。知恵を付けても一人では何も出来ないのだ。
前世の記憶から何かを活かすようにするなんて無理。ブスは日陰でこっそりと生きていたんだからまずトラブルなんてないし応用もない。
本だって悲恋物は読まなかった。どろどろの三角関係なども読まなかった。読んだものは純愛が多くたった一人の相手だけを真っ直ぐ見つめ困難を乗り越えて結ばれる物語しか受け入れられない。
今の私の状況はまったく体験したこともない、私の好きな恋愛方法ではないのだからもう私のキャパは崩壊していて何をどうすればいいのかが分からない。
だから誰か――どうか気づいて。
「具合が悪いのなら医務室へ行きなさい。侍女はどこにいますの?」
「いいえ……そうですね、朝から少し頭痛がしていまして――クリスタリナ様、申し訳ございません。本日はこれで失礼させてください」
「いいわ。でも侍女が来るまでここにいなさい。連絡をさせるわ」
「お手を煩わせる訳には。一人で大丈夫ですので」
「では、私が送っていこう」
「いいえ、一人で行けます」
「ガイに送ってもらいなさいな。わたくしはエリアナが心配だわ」
心配をさせるほどの表情をしていたのだろうか。これでもドーマンが満足する笑顔を張り付けていたのに……
なんとか公爵位のクリスタリナ様とのお茶会にお呼ばれして色々と考えていたのが悪かったのかもしれない。
どうやって知ってもらおうとか、どうやったら気づいてくれるのだとか。そんな事を延々と考えていたのがいけなかったのか。
名も知らぬ侍女がどうやって調べたのか本日のお茶会には殿下とクリスタリナ様、二人の幼馴染みであるガイヴィス様がいらっしゃるから目の前でたらし込んでやれと言われていたのだ。
やるつもりはない。毎日の報告は適当な言い訳をつけて『出来なかった』『耐性があるようでなかなか効かない』『邪魔が入った』と言って私が馬鹿にされるだけ。耐えられる。
ただこのチャンスを生かして助けを求めるにはどうしたらいいのか考えた……でも、これと言って策は出てこない。
言おうとすると首が絞まる。事の大きさによって絞まり加減が大小と違うのだと気づいて笑顔を崩さないようにするのが難しい。だから結局伝えられなくて……無理に出ていこうとする私をあえなくガイヴィス様が手を取りさっさと出てきてしまった。
もう、どうすればいいの。どうやったら助かるの?誰か助けて……
ガイヴィス様に背中を支えてもらいながら医務室へ行くけど、その時ちょうどあの侍女の影をみて身がすくんだ。
軽く立ち止まってしまい、さらには背中を軽く押さえられていたから逆に倒れそうになり……支えてもらったガイヴィス様に思わずしがみついた。その時の私は馬鹿だと思う。驚いてガイヴィス様にお礼を言うために見上げたのがいけない……
顔をあげ、目を合わせた瞬間――失態に気づいた。
私の魅了魔法は目を合わせるとかかる。あの男がそう言っていた。ただ、見つめ合わなくてはならない条件があったので必死にそらしていたのにっ。
胸に抱えられた至近距離で一瞬でも見つめあってしまったガイヴィス様はふわりと栗毛の髪を揺らしながら金の瞳は熱く私を見つめ甘い微笑みで見下ろす。
「美しいエリアナ。君に怪我をさせる訳にはいかない。支えが必要なら医務室まで私が運んであげよう」
しなくていい。運ばなくていいっ。けど恐怖に押し潰される私では声を放つことが出来なかった。
軽々と前世で憧れたお姫様抱っこをされても感動なんてありはしない。免疫がない私は近すぎて体が固まるだけ。
固まった私を見てくすくすと緊張しないでと囁くガイヴィス様。小さめの私の体は羽のように軽くて腕の中にずっと抱き締めていたいなんて言われても、恐怖しかない。
医務室には誰もいないし、午後の授業が始まると言うのにガイヴィス様は私の手をずっと握ると言って離れてくれず本当に気分が悪くなった。
情熱的に私を心配してくれるけど、その囁きのすべてが本心ではないと知っている。だから、すごく気持ち悪くてシーツで顔を隠しなんとか外の世界との遮断を試みた。
なぜか不意に安楽死と言う言葉が浮かんでさらに怖くなる。生きたいのに私は死を望もうとしているのかっ……私を逃がさないようにか、ガイヴィス様の握る手が強くなった気がする。
それからやはり……ガイヴィス様はおかしくなった。私の横を陣取るように歩き、フィルロイド殿下とクリスタリナ様は放置。
常に私の傍を離れず甲斐甲斐しく誰の目にも止めさせない勢いで私の世話を焼きたがる。特に食事はもう親鳥のよう。
私の体が痩せっぽっちと気づいてあれやこれやと食べさせようと押し付けてくる。しまいにはあーん、なんて言われた時は羞恥より先に絶望した。
ガイヴィス様は見栄が麗しい。イケメンだ。殿下の傍にいるだけあって顔立ちは整っているし、誰にでも優しく騎士を目指しているので腕もいい。しかもセシルドイ侯爵家の生まれで嫡子だ。誰もが狙っている。
婚約者はどうしたと思ったがいないらしい。その理由は誰も知らないが、私も取り巻き集めと称してご令嬢をお茶会に誘ったりして情報収集をしていたから――興味がなかったので喧嘩にならないとホッとしていたのに。今はとても危険な状態だ。
この状況はまずい。お茶会で出会ったご令嬢たちは次期侯爵の跡取りでイケメンの騎士様。みんなが優しいガイヴィス様を狙っている。興味があまり――と濁していた私がこんなにガイヴィス様と馴れ馴れしいと彼女たちの嫉妬が簡単に渦巻く。
私が否定したところで誰も信じないのでしょう。お手洗いに行きたくてついてこようとするガイヴィス様を断り……離れればやはりだ。すぐに囲まれた。
蝶よ花よと育てられたはずの令嬢たちから聞きなれた汚い言葉を吐き捨てられ、詰め寄られてヒールの踵で爪先を踏まれる。
最後は邪魔だと言わんばかりに押し出されて去っていくのだ。もう、お茶会に誘っても誰も来ないだろう。私は学院でも独りになってしまった。
侍女らしき女にはガイヴィス様をたらし込むだなんてさすが売女だと笑われる。報告も随時あの男にされつまみ食いをするなと叱責された。
だがそんなに男が好きなら殿下と繋がりを持つ上流貴族をいくつか落として欺き遊んでやれとまで追加命令がきて……死んでしまった方がいいのではないかと考えてしまった。
希望がまったく見えなくて自分では何もできない歯がゆさに堅く閉ざした心が最後の断末魔をあげるようにずっと悲鳴をあげている。
それでも昔の卑称に耐えていた図太さが人生を終わらせる事を恐れ誰かがきっと助けてくれる甘い考えで未だにせめて視線を合わせないようにと試行錯誤をした。――二ヶ月を経ってもガイヴィス様は相変わらずと言っていいほど私の傍にいる。
最近では手を繋いで離れようとしない。繋いでいる手を見られたくないので寄り添えば影から「はしたない」だ。
手は繋いでいるが体を離すように距離をとれば「見せつけ」と眉を潜め続けて罵られる。
どうすればいい?どうすれば私に安寧が訪れる?――魅了ってどうやって解くの?私はいつまで奴隷のままでいつまでここにいなくてはならないの?
「ガイヴィス様、私は気分が優れませんので医務室へ参ります。今日は別行動をいたしましょう」
「エリアナと離れるだなんてできないよ。私を可憐な花の傍で寄り添わせてくれ」
やめて。ほら、あそこの角にいるご令嬢たちが扇と前髪の隙間から鋭い視線で私を睨み付けている。もしかしたら今一人になると駄目だと思う。けど……
心が消滅しかけている私はとうとう、死にたいと強く思ってしまったのだ。
「駄目だよ。行かせない」
「ガイヴィス様、医務室で休むだけです」
「君から離れてしまうと私の心は潰れてしまいそうだ。行かないでくれ、私の姫――もう少しだから」
私を抱き締めて最後は、耳元で囁く。そんな事をしたら別れを惜しむ恋人と見間違うのは当然ではないか。
ほら、向こうのご令嬢から殺気が。あちらからは何かが壊れる音が。後ろではこそこそと罵る声が。
ガイヴィス様に支えられながらその場を離れるけど、私の足はどこか覚束ない。きっとガイヴィス様から離れたら後ろから刺されるのではないかと思案して枯れたはずの場所から涙が出そうになった。
ほら、無情にもガイヴィス様を呼ぶ声が。
ほら、無慈悲に私を誘う暗澹な声が。
ガイヴィス様が私を置いて離れれば見えなくなったところで取り囲むようにご令嬢方が動き出す。口々に飛び交う聞きなれた音はもう捉えるのが億劫で……
ついに笑顔がとれて虚ろな瞳で見返せばいつの間にか移動していて……軽く小突かれただけの私の体は空を飛び意識をどこかに飛ばした。
誰かが私の名を、呼んだような気がする。
激痛に見舞われながら、もう終わりかな?私はこの人生をうまく生きられなかった。成す術を見出だせなくて泣いて、囚われた私はもう疲れてしまった。
安楽死って一番楽な死に方よね、なんて思っていたけど痛いね。そう言えば前世は何かを叫びながら凶器を持つ狂った通り魔に撲殺されていたようだ。
頭部を一撃で殺されたから安楽死って楽な死に方だね、なんて思ったのかもしれない。けど今回は痛みがちゃんと記憶に残っていて辛いよ。
あれは結局、どうすれば明るい未来を開けたのだろうか。魅了魔法をいいように利用すればよかったのだろうか。
でも私の性格ではうまく使いこなせない気がする。たくさんの人に好かれたいとは思わないんだもの。言葉でうまく言いくるめてもどこかで何時か必ず崩壊する。
きっとその時の方が酷いかもしれない。たくさんの愛に私が押し潰されてしまうかもしれない。
なら、どうすればよかったの?どうすれば幸せだったの?
言葉で伝えられないなら謎々のようにして誰かに送りつければよかった?手紙を書いて頭文字を繋げたら、て。読んでくれなきゃ、信じてもらえなかったら終わりじゃないか。
それに――あの中に味方は、一人でもいたのだろうか。
「私は、味方だ」
誰。味方は、誰?
「ずっと傍にいた。心を開いてくれない君を、ずっと手探りして。心さえも悲鳴をあげながら泣く君の傍でずっと聞いていた」
嘘だ。ちゃん取り繕っていた。それは誰にも分からない心情。
「嘘じゃない。説明するから起きて、エリアナ。自分の瞳で確かめてほしい」
そう言えば私は誰と話しているのだろう。とても聞きなれた声でよく聞いていた声のような気がする。
起きて、と言われてすっと目が開いた。けど少し眩しくて目蓋はすぐ閉じてしまう。なかなか開けなかったけど、慣れてくれば視界は私の目線で彩る。
見えるのは栗毛の髪。優しそうに見下ろす金の瞳。私の頬を触れて左手が暖かくて……?どこかホッとしたように息を抜いて優しく微笑む――ガイヴィス様。
なぜ?ここはどこ?
「君は生きているから目覚めたんだ。ここは――エリアナを守る場所だよ」
「ガイ、いい加減に離れなさい。わたくしもエリアナとお話をしたいですわ」
「事の顛末も話さなければならん。体調がいいなら場所を変われ」
声の方に目を向けるとなぜかクリスタリナ様とフィルロイド殿下が並んでいた。よく分からずに見てしまってしかも目を合わせてしまい慌てて目を隠す。もう、きっと知っているのだろうから。
けどそれはやんわりとガイヴィス様にどけられて大丈夫だと囁かれて……改めて先ほどガイヴィス様を見つめてしまっていた事を思い出して飛び退いた。
すぐに捕まってしまったが私は恐れている。ここまで優しくしているのはきっと魅了魔法のせいっ。抱き抱えるように私を宥めるのは魅了魔法の――
「違うから。魅了魔法のせいじゃないから。とにかく、エリアナは落ち着いて」
「いっ、いやっ!」
「ガイは嫌われているんじゃありませんの?」
「ガイに春が来ても花は咲かせられそうにないな」
「うっさい。ちょっと黙っていてくれないか?」
「まったくもう。――エリアナ」
暴れていたらそっと頬を挟まれた。滑らかな指先と優しい手つきはきっとクリスタリナ様。暴れていた腕はガイヴィス様に意図も容易く片腕で捕まえられ、腰まで抱き締められた。
ガイヴィス様の膝の上で私は固く目を閉じて耐える。クリスタリナ様が私に何を伝えるのかが全くわからなくて――もしかしたら誑かそうとしていたのが知られてしまったのかと更に体が縮こまる。
それでも優しく語りかけてくれる声はどこまでもゆったりと穏やかに。女には魅了が効かないのだから目を開けて、と語りかけてくる。
私を、処刑しないの?
ガイヴィス様が何かを言いかけたけど、飲み込むように後ろで黙った。それからゆっくりとクリスタリナ様がもう一度目を開けるように促される。
何もされないのが怖くて、もし目を開けてしまえばとんでもない事が起こるのではないかと私は恐れた。
いつまでも開けない私に痺れを切らしたのはクリスタリナ様だ。そのままゆっくりと子どもに言い聞かせるように、私へ語りかけた。
「エリアナ、貴方の魅了魔法は王族、公爵、侯爵のわたくしたちには効きませんの」
……効かない?なぜ……?
「なぜと思うでしょう?それは昔、魅了魔法によって国が荒れたからです。ですから権力を持つわたくしたちにはそれに抵抗できる魔法具が与えられていますのよ」
魔法具……
「第十三代目国王が女性なのはご存じ?」
「――はい。タージェクト国初の女王陛下、マリアルーア様で………………王太子は病、や暗殺ではなく、それは……そう言う意味、ですか?」
「そうよ。マリアルーア様が初の女王となり国を築き上げたのにはそういった経緯がありましたの。さすがに魅了魔法一つで国の重鎮が一人の女に誑かされ機能しなくなったなど、言い伝えられませんでしょう?これは秘密でしてよ」
「わたし……は、」
「エリアナ嬢。我々王家を始め多くの貴族はそなたに感謝している」
遮るのは、フィルロイド殿下の声だ。
その凛とした声に一瞬驚いて体が跳ねた。けど言葉を反復させると戸惑いが大きくなる。
なぜ、どうしてと疑問が大きくなるが恐怖は、ない。感謝しているとはどういう事か。全く理解ができなくてついにクリスタリナ様にもう一度目を開けるように促されゆっくりと目蓋を持ち上げた。
映るのはクリスタリナ様の優しい笑顔。穏やかににこりと笑って後ろに下がり……フィルロイド殿下の隣に並んだ。
思わず目を反らす。けど後ろにいたガイヴィス様がやんわりと私の腕を解き、手首を掴んで私に見せるように移動させた。
耳元で見て、とこちらの声も穏やかに囁く。言われるままに差し出された私の腕を見れば骨張ったそれ。けど、一つおかしな物が取りついていた。
ぴったりと腕に絡み付くそれはバングルだ。細い金属がぐるぐると五週ぐらい絡まって腕に張り付いている。どことなく……暖かい。ガイヴィス様が触れているから?
「それは魔封じの腕輪だ。勝手ながら着けさせてもらった。それと首も取り外してある」
「――ああっ……ありがとうっ、ございますっ!」
封印された!首輪も本当にない!ようやく解放される!これで私は……一人で楽に死ねる……
「待て待て待て待てっ!死なれては私は困る!」
「まあエリアナったら。貴方には国から報酬があるんですからそれを受け取ってから天寿を全うしてくださいまし」
「全く話が進まないな。とにかくエリアナ嬢は我々の話を聞いてくれ」
まったく、などとため息をつかれてしまった。そんな事を言われても……とりあえず場所を変えよう、と言うことですでに準備されていた隣の部屋へ話を強引に進められた。
なぜかガイヴィス様自ら私を持ち上げて移動される。抵抗する力がないのでそのままされるがままに受け流した。隣の部屋は侍女が二人ほど控えていて――私は傍にあったソファーへガイヴィス様と共に座った。もちろん向かいにはフィルロイド殿下とクリスタリナ様。
まず話を聞いてくれ、と言われ質問は後だと念押しされた。軽く頷いて未だ手を繋ぐガイヴィス様の存在はとりあえず忘れる事にしましょう。
「実はドーマン伯爵は――いやドーマンは以前から怪しんでいたのだ。伯爵でありながら潤沢な資金があり、これと言って目立つ発言をしていないのにも関わらず派閥も広い」
あの男は土地も平凡ながらなぜか金があったらしい。確かに鉱山の山を一つ手にしていたが、それはかれこれ三十年前に発掘されたもので小出しにしていても山の中はすでに何もないだろうと踏んでいる。
しかしなぜか金に困っておらず、公爵に近い金銭の取引をしていると情報を手にしているが没落している様子はない。
借金も見当たらず、細かく調べているのだがなぜか足取りが掴めずに早五年。こちらから手出しが出来ずに困っていたのだとか。
そこで前々から怪しんでいた伯爵家から未明の令嬢――つまり私が出てきてさらに怪しさが増強された。
学院は学長と講師、学生のみで保護者は立ち入り禁止。侍女は伯爵家から一人と侯爵から二、三人まで。これ幸いと私に接触できる殿下を始めクリスタリナ様とガイヴィス様は密かに調べるため行動していたそうだ。
挨拶でフィルロイド殿下から見た私の印象は人当たりが良さそうな回りに花を咲かせる可憐な少女。ただ目線を合わせないことから後ろめたいことがあるのではないかと勘ぐっていたらしい。
貴族社会は取り繕う事に長けていなければすぐに足元をすくわれる。
それなのに私の行動はどこか心ここに非ずで当たり障りない挨拶と会話ばかり。これは調査すべきだろう、と殿下たちは踏み出したらしい。
怪しまれないためにまずは私の行動を監視。接触する前にできるだけ私の情報を手にいれようと婚約者のいないガイヴィス様が嫁探しを理由に私とお茶をしたご令嬢方から聞き出す。
それから従僕を使い私付きとしてついてきた侍女の情報も手にいれようと奔走していたそうだ。
そしていくつかおかしな点に気づいた。今は春だ。厚手とまでいかない少しだけ薄手の、重ねるタイプがこの春では主流のドレス。なのに私は厚手の冬物を着ていた、らしい。これは知らなかった。
さらに女性との対話は目を見て会話をするが男性が絡むとすぐに話を切り上げて離れようとする。
実はこの学院の指針は貴族社会のあり方、色々なマナーが学べ来年にデビューしても一人でうまくお誘いできるように、多くの交流ができるように社交界の予行練習として建てられた施設。そのため将来のためを思って通わせる貴族は多くいる。
それともう一つ。婚約者がいない子息令嬢たちはこの学院の中から自力で探すようにと送り込まれるのだとか。
にも関わらず、私には婚約者がいないくせに率先して作ろうとしない。初めはあのドーマンの娘だし、と思っていたがどうも納得がいかなかった。
ドーマンは野心家だ。有能な貴族の子息たちにはすでに婚約者が与えられている。令嬢が来ても手も足もでないはずなのに送り込んだのはなぜか。ただの練習のためとは考えられなかった。
婚約者がいないガイヴィス様、つまりはセシルドイ侯爵家を狙っているのかと勘ぐるが私は接触をしようとしないので先読みができずに調査範囲が広がるばかりでやきもきしていたらしい。
疑問に首を傾げていればしばらくして従僕からおかしな事を聞かされる。なんと、侍女の姿がどこにも見えないと言うのだ。私がお茶会に出ているのにも関わらず、侍女はどこにも姿を見せていないと言う。
しかも私の趣味として手ずからお茶を振る舞っていたとこの時に初めて知ったのだとか。本当は学院の侍女を手配してお茶に誘うそうだ。子爵や男爵はそうするしかお茶会が開けない。言われてようやくその存在に気づいた。
侍女が出てきたのは入学して数日後の一度だけで、私がご乱心(失敗)した時だけ。その時に私を指摘した教師に話を聞けば部屋が小汚なくて物に当たりながら癇癪を起こすご令嬢と推測し、侍女は毎日の片付けで忙しいのではないかと言ったのだとか。
ならば、自分の目で確かめるため本人に直接話をしてみましょう、とお茶会を開き観察をすれば――クリスタリナ様さらから見て私は伯爵令嬢として足りないらしい。体裁は花が綻ぶようで完璧だがまったく物足りない。
話は聞き手として申し分ないがどこか上の空で盛り上がらない。フィルロイド殿下が声をかけても躊躇うように返事をどこか避けているよう。
何かがおかしい。だからガイヴィス様が前に出たのだ。これはまさに秘匿な事なのだが、ガイヴィス様は特殊な能力をお持ちらしい。
それは触れた人の心を鮮明に読み取る力。集中すれば離れていても心が読めるらしい。これは陛下とガイヴィス様の個人的に信用ができる僅かな人しか知らないこと。
その能力を使って私の心を読んでしまおうとガイヴィス様は踏み出した。踏み出した結果は……私の叫びが伝わり、ドーマンがとんでもない計画をしていると発覚しガイヴィス様はそのま私を見張る事にした。魅了にかかったふりをして。
「なぜ、かかったふりを……?」
「君があまりにも泣き叫ぶから助けたかった。壊れかけているエリアナを放っておけなかったんだ」
「私にはもっと情報を手に入れるために近づくと言っていたがな」
「フィルは黙っていてくれ」
「ガイの思惑はともかく、その時に聞かされた内容は魅了、奴隷とあまりにも違法なものばかりで本格的に調査するしかないとガイにエリアナ嬢を見張らせ神速に、徹底的に調べたんだ」
するとどうだろう。私の精神ダメージからかなり酷いだろうと予測したガイヴィス様は従僕に頼んで学院の侍女長と共に『抜き打ちテスト』を実行した。
堂々と入る口実を使って突入したわけだが、開けてびっくり。私の侍女として同伴しただろう女が令嬢が使うはずのベッドでごろごろと本を広げてお菓子を食べているではないか。
ドーマンに報告される前にすぐその侍女を捕まえ、飴を与えつつ問い詰めれば悪事が山と出るわ出るわ悪行三昧。
しかもこの侍女はドーマンの愛人で十年も甘い蜜を吸うために様々な違法に手を伸ばし金を手に入れていたのだとか。
それからその侍女をこっち側につけばもっと甘い蜜が吸えるとほのめかし芋づる式で分かるだけの悪事を取り調べればこの侍女がなかなか言い仕事をしてくれる。
かなり根深いところに携わっていた女だったらしく、調べれば調べるほど真っ黒な事実が浮き彫りになった。
後はひたすらそれを書面に書き出し、証拠を取り押さえるために外部と連携して三ヶ月も駆け回り、その結果で国と連携して奴隷作りに人身売買、他領と携わっている商売で金品の横領、事業を営む小貴族には当て付けを入れ恫喝し巻き上げたりなど。未遂に終わった王宮乗っ取り計画までもが明らかになった。
私が階段(らしい)から落ちて三日も眠っている間の数日にようやくガルダイン伯爵家を処罰できたらしい。もちろんあの女も関係者もだ。
これもすべて私のおかげだと言われて狼狽えたのは仕方がないと思う。そんな私に目の前の二人は微笑んで最高礼をするものだからなおさらだ。
深々と頭を下げお礼を述べられて平常心でいられるわけがない。私が王家の手助けに貢献したと実感していないのだから礼を受けとる訳にはいかない。
それに私はガルダイン伯爵の操り人形……私に関わった結果、偶然わかったから事件が明るみになっただけであって私はあちら側の人間だ。
関わっていたのが運の付き。どう転んでも私は嫌々ながらも殿下を欺こうとしていたのだ。やはりお礼を言われる筋合いはない。
「エリアナ嬢はなかなか頑固だな。素直に受け取っておけ」
「……受け取れません。私は常に魅了魔法を使っていました。禁魔法に登録されている魔法を使うことは罰則が定められています」
「それについて陛下はすべての報告を聞いて罰す事をしないと宣言された。そして此度の事に陛下はそなたに報酬を用意している」
「ですが、私は――」
「エリアナ、貴方は鏡で自分の顔を見たことはあるかしら?」
突然、何を言い出すのだろう。クリスタリナ様が何か言おうとした私を抑えてどうかしらと訪ねた。
まったく意図が読めないそれに戸惑ったがわざわざ殿下との会話に割り込んできたのだ。何か意味があるのだろう。私は素直に小川に映る自分しか見たことがないと言った。
「それを聞いて安心したわ。エリアナは魔法に関して少し不足しているようだから教えて差し上げましょう。魅了魔法使いの末路はね、まず自制がありませんのよ」
「自制……?末路?」
「マリアルーア様の時のように同じ魅了魔法の事件が他国でも起こっていましたの。大小と様々ですがどの使いも最後は妄想と現実が混じった狂言であり、自分が世界で一番の美の頂点で男が自分にすがるのは仕方がないと盲信していたそうですわ」
「ある魔法師が研究した結果、魅了魔法使いそのものが自身の魅了に侵されていた事がわかった」
「……だから、鏡」
「そうですわ。自分にかけるなど、鏡を使い映さなくては出来ませんわ」
「故に、エリアナ嬢は魅了に支配されず有無を言わせない命令に逆らい他者にも影響が出ないようにする配慮、己の魔法に恐れたそなたの事を知った陛下は封印することで罰する事を止め、ドーマンを暴く手助けをした報酬を渡すことになっている」
……ドーマンの、報酬?なにそれ。
「初めからこれを言えばよかったか。私もまだまだだな……エリアナ嬢はドーマンの共犯者ではなく、被害者だ」
「え?」
「調べたと言っただろう?エリアナ嬢があのドーマンに買われた事も、屋敷での生活もすべてこちらは把握している」
食事もまともに与えられなかった事も、毎日何かあるたびに罵られたことも、身支度も掃除も侍女がこなさなくてはならないこと全てを一人でやっていた事も。
今では王宮の重鎮から殿下も、クリスタリナ様も、ガイヴィス様も知っている。
これを聞いて共犯者と誰が言えようか。もし私が魅了魔法に侵されていたらドーマンと一緒に処刑(ガルダイン伯爵位は抹消。重罪人から処刑と極地要塞へ放流。金品等は王宮管理のちに各個に返還)されていたが、どう聞いても虐待され自我さえも無くしかけている未成年の少女に何を罰しろと言う。と陛下が言ったらしい。
改めて心が読めるガイヴィス様は私が欲に眩むような発言をしていない事から殿下もこの騒動に置ける私の立ち位置は『被害者』と確定された。
ここでやっと私は自分に問いかける事ができた。生きられるの?と言う自分への問いかけはすぐ隣から「生きて」と返ってくる。
よくよく考えれば左手はガイヴィス様と繋がっていたままだ。左手がとても暖かくて――意識したらなんだか落ち着いてきた。そういえば人の温もりを感じ取れたのは幼い頃のあの時以来だ。
……私に時間をくれたのか、殿下が黙ってしまえば受け答えしていた私も黙り間を取り持つようにしていたクリスタリナ様も沈黙する。
しかし、言われた事に実感がまだ持てなくて色々と話をまとめようやくおかしな部分に私は気づいた。ガルダイン伯爵の養子縁組みには正式な手はずとやらを踏んでその一員となっていた私は伯爵が抹消されたのだからただのエリアナとなる。
つまり戻れるかは私には分からない村に逆戻りと言うわけ……
にも関わらずフィルロイド殿下は私の事を『エリアナ嬢』と呼ぶ。爵位を抹消したからか、すでに処刑されたからかドーマンは呼び捨てなのに……なぜ敬称が付いているの?よく分からず殿下だから?と考えてみたがしっくりこない。
殿下を見れば気づいたかとでも言うようにニヤリと器用にも片側の口角だけあげて笑われた。
「エリアナ嬢、そなたは貴族のままだ」
「……あの、よく分からない、のですが」
「それはガイに聞いてくださいまし。もう当てられるのは我慢なりませんわ」
「そうだな。私は説明をしたので後はガイにでも聞いてくれ」
「え?」
な、なんで……?
止める暇もなくクリスタリナ様の手を取ったフィルロイド殿下はすたすたと部屋を出ていかれた。最後に「これから楽しくなるな」「そうですわね」なんて囁きながら。
まったく意味が分からず説明をバトンタッチされたガイヴィス様はすかさず私の両手をとり向き合う。隣に座っていたので向き合うとかなり近い。
これだけ近く向き合えばさすがに意識を別に持っていけるはずもなく……名前を呼ばれれば応えるしかなくて私は待った。
真剣な顔で、待ってましたと意思の強い金の瞳で、私を見つめ返す。
「心を読める私は、気持ち悪いだろうか」
見つめ合ってこんな言葉をかけられた事がない。改めて魅了がかかっていないんだと、魔封じを絶賛した。
「エリアナ、私は魅了にかかっていない。かからずに私は君が好きなんだ」
魔封じがちゃんと効いているのか困惑した。え、でもガイヴィス様の顔が仄かに赤い……あれ。今思えば魅了にかかった村の少年たちは赤面などしていただろうか?
「君に触れて境遇を知り心を知った。奴隷の首輪のせいで助けを求められなくて取り繕うことしか出来ないエリアナ。心の中は悩んで苦しんでもがいて泣き叫んでいるエリアナ。魅了の魔法に溺れず、私を含め男を拐かさないように必死に取り繕おうとし恐怖に怯えてながら自分を保とうとするエリアナ。最初は君をただ助けたいと思った」
「……厳しい貴族社会では助けを求める女性は他にもいますよ?」
「厳しいからこそ、初めから貴族である令嬢は親の意見に逆らえないんだ。悲しみに暮れてももがくご令嬢は数少ない。諦める方が早く、自分を律するために親の言葉を受け入れそうであろうと欲に溺れる。でもエリアナは元からの環境が違うからかずっともがいた。間に合わなかったけど……エリアナの心に触れて、どんどん手が離せなくて、欲をぶつけるだけの令嬢ではない他と違うエリアナをもっと知りたくなった。それが恋に変わったと気づいたのは君が死を望んだときだ」
死……
「ゾッとしたよ。私はこれでも女性が好きな容姿をしているんだと理解していてそれを武器に近づいたのにすごい嫌われるし、安楽死を考えてどんどんエリアナの思考が弱くなる」
「それは……怖かったんです。言葉が響いてこなくて全部が嘘なんじゃないか、って」
「知ってる。私が君を褒めるとエリアナは魅了がかかってしまった事を前提に心の中で『気持ち悪い』と否定するんだ」
「だって、貴方はあの時」
「かかっていないよ。魅了って言ったからふりをしただけ。ねえエリアナ。私は君が好きなんだ。君を手放すつもりは、ない」
どうして――
「さっきも聞いたけど、心を読む私は気持ち悪いだろうか?」
……私は首を振って否定する。だって、その能力がなければ気づいてくれなかったし、私はあのままで生きていられるとは思えない。
「君の報酬は魔封じを着ける事を義務に、とある貴族の娘となり休養すること」
「休養?……それは報酬ではないような気がします」
「エリアナは十四の少女にしては細すぎるからね。ちゃんと食べて元気になってもらわなくては困る」
「でも、私は農民で」
「彼らはとても穏やかな人柄なくせにすごい頑固者なんだ。ちゃんとエリアナの事を理解して快く承諾してくれた。意思を曲げるつもりはなく、もう陛下が受理してしまったのでエリアナは養子に行くしかないよ?王家の秘密まで知ってしまったし」
「ええと、あの、待ってください。私、なんだかついていけない……」
これは報酬なの?トントン拍子に話が進んで目眩が。けど素早くガイヴィス様が背中を支えて抱き締めるものだから倒れる事はない。
さらにその貴族の娘にならなくてはならない理由がもう一つあるらしい。
抱き締められているので表情は分からないがくすくすと頭上から笑う声が聞こえる。
「来年には私の婚約者としてエリアナを紹介したい。頑張って英気を養ってほしい」
「なっ、え?……え?」
「強引に事を進めて悪いとは思っているけど、エリアナを逃がすつもりはないよ。なんせ私はエリアナ以外を妻に迎えるつもりはない。それに父や陛下の前で宣言した。エリアナ以外の女性を妻に押し付けたら今の地位を全部捨てて駆け落ちするとね」
「ええ!?」
「好きになってしまったのだから仕方がないじゃないか。我がセシルドイ家の子どもは私しかいないので父は承諾したよ。陛下はエリアナを尊重するといいながら養子縁組みを企てて舞台を用意してくれた。エリアナ一人では逃げられないんじゃないかな」
「な、なんで、どうして、あの、私はガイヴィス様の事を」
「好きにさせて、みせるとも」
耳元で囁く声は甘い声。それは無機質ではなくねっとりと絡み付くような甘美な罠。
逃げ場を当に失っていた私はガイヴィス様の腕の中で困惑しつつもその暖かさに目蓋と頬を熱くした。
本当の恋をしていいの?なんて思ってしまった私の心の声はガイヴィスの返事によって意識し始める。こんな単純に篭絡されるとはどういう事か。
それでもゆっくりと髪を撫でる仕草や伝えてくる愛しさに私は絆れていく。
助けてくれたから恋に落ちたのか。すべて諦めて恋を受け入れてしまったのか。それを知るのは私の心を読んでしまうガイヴィス様だけ。
もちろん前者でありガイヴィス様はそれを正しくあるように全力を尽くすと宣言された。
もう怖くない。
もう心配ない。
「エリアナの真意は私が気づき、私が何度でも助け出す」
そっと額に寄せられた口づけを誓いに私はやっと恐怖の生活を封じ込めることができた気がした。堅く閉ざした心の扉が鎖をボロボロにしカチャリと鍵までも開けてゆっくりと開け放たれる。
これから新しい生活で戸惑うことはあるだろう。しかし、支えてくれる人がいる。見守ってくれる人がいる。そして私を受け止め包んでくれるガイヴィス様がいる。
それはガイヴィス様にとっても一緒の事で、私たちは幸せになろうと涙と重なる言葉を胸に秘めて寄り添いあった。
もう魅了のせいだなんて言わせない。私にはあり得ないぐらいの成り上がりだけど、傍にいてほしいと懇願する彼が手を離さない限り私は些細な理由で離れることはできないでしょう。
助けてくれてありがとう。気づいてくれてありがとう。これから私はガイヴィス様と恋い焦がれた私の、私だけの恋物語が始まる。
――好き、です。ガイヴィス様。
囚われた姫を救う、私だけの王子様。ありがとう。
ありがとうございました。
変更
心を殺したら廃人だよな、と気づいて閉ざすだけにしました。