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「なんでこんなところにいるんだ」
僕は、彼の口元に注目した。どうやらこの黒猫は、口を人間のように動かしてしゃべらないようだ。どういう原理だかよくわからないが、彼の言っている言葉が私は理解できていた。
ここにいる経緯を、彼に話した。ほとんど初対面の、しかも猫に、自分が置かれている状況を説明するとはいよいよ僕も気が狂っているのだろう。
「なるほどな。トイレの便座でクソをしていて、気がつけばこの荒野のど真ん中に座っていたわけか。だいぶ、ぶっ飛んでいるが面白いじゃないか。君は小説家に向いている」
猫は、体を翻して反対方向に歩き始めた。そして、僕の方をチラッと見ていった。
「ついてこい」
僕は、彼の言われるがままに着いていった。
スタスタと僕の目の前を歩く猫はどこへ向かおうというのだろう。僕は注意深く彼の行動を観察しながら着いていった。
病院の内部は、あらかた探索したつもりではあったが、まだどこか部屋があったのだろうか。
彼は、診察室のような部屋に入っていった。机と椅子があって、ベットが置いてあった。歯医者のはずなのに、診察用のベットがあることについては、少々不思議な気がした。
すると、黒い猫は、ベットと床の隙間に体をぬるっと入れていった。
「こっちだ」
「こっちだって言われてもだな……仕方ないか」
僕は、床に這いつくばった。すると、ベットと床の隙間に階段のようなものが見えた。
僕は、匍匐でベットと床の隙間を進み、階段へと体を吸い込ませていった。
しかし、若干は予想していたが、中は真っ暗であり、ほとんど何も見えなかった。よく考えればわかることだが、僕を先導しているのは猫である。猫目という暗闇の中でも万能な働きをする目を持つ彼は、スタスタと歩いて行ってしまった。
「ちょっと、待ってよ」
僕は、叫んだが彼は何も聞かずに前に進んでいる「ようだった」。
そう、彼の体も真っ黒であるため、姿形がそもそも見えなかった。黒猫とは暗闇に身を隠す天才のようだ。
引き下がるわけもいかないので、僕はまっすぐ進むしかなかった。また、ゴールの見えない旅を続けなければならないようだった。
何分歩いたのかわからなかったが、ようやく明かりのような物が目の前に見えてきた。それと同時に、黒猫の体もチラッと見えた。
僕は、暗闇の中にある光の前に立ったが、そこは猫一匹通れるような穴だった。
「おい、聞いてないぞ。これじゃ僕が通れないじゃないか!」
僕は、大声で叫んだ。
「何を言っている。ちゃんとそこにドアノブがあるだろう」
僕は、目の前の暗闇の中で手を上下左右に振った。すると、確かにでっぱりのようなものがあった。僕はそれをくるっとひねった。なんだか、扉が開くような感覚があったので、そのまま前にドアを押すと、ぎぎぎという音ともに扉は開いた。
扉の隙間からこぼれ出る光の正体は、電気の類ではなく、自然の太陽の明かりであった。それには少しがっかりであったが、暗闇の中よりもマシであることは間違いなかった。
扉の先は、草木が無駄に生い茂っており、病院にあったようなソファーなども置いてあった。自然と人工物が調和しきれていないような場所だった。なんだが、恐竜を人が復活させて、恐竜たちに追い回さられるパニックホラー映画みたいな場所である。
「ここは、どこだい」
僕は、彼に聞いた。
「ここは、俺のお気に入りの場所だ。名前などない」
答えになっているような答えになっていないような返事が返ってきた。
「そういえば、僕君の名前を聞いてないような気がするんだけど」
「俺だって君の名前を聞いてないぞ」
僕は、ポンと手を叩いて「確かに」と言った。
「僕は、隠咲良太郎だよ」
「ふん、長い名前だ」
彼は、そう言うと、ソファーの上にぴょんと飛び乗った。そして少しだけ歩いて、座った。
「俺は、ティムだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「ティム」
「そうだ」
彼は、あたまを両足でかいたりし始めた。なんだかそのあたりは猫らしい動きだなと僕は感心した。
あたりを見回すと、さっきまでの荒野の景色が一変していた。なんだか、テーマパークみたいな場所だ。前の世界にいた時によくこんな場所に行った。父さんは「疲れる」と言ってあまり行きたがらなかったけれど、母さんは僕を連れて一緒にいろんなアトラクションに乗ってくれた。
「さて。君はなにがしたいんだ」
ティムは、以前として身体中を両足でチェックしている。
「元の世界に帰りたい。今はそれしか頭にないよ」
僕は、率直な言葉を彼に投げかけた。彼は「なるほど」と体をチェックしながら僕の問いについて考え始めたのだった。