第八章 鋼鉄の都(五)
時をすこしさかのぼる。
アーデルハイト皇女生存の噂を流すため、ガンプを出てひとり北に向かったインは、プラムス祭開始の前日に帝都入りを果たしていた。
インは四年前にカイと共に帝都を訪れたことがある。当時からシュトルツァは大陸随一の都と謳われていたが、四年の歳月を経て再び目にした帝都の繁栄ぶりは、インの記憶をはるかにしのぐものであった。滅多に物に動じないインが思わず目を見張ったほどである。
四年という月日を考えれば、発展していること自体は予想の内にあった。しかし、発展の速さが尋常ではない。このままいけば、十年もしないうちに帝都の人口は倍増するのではないか。
この都に比べれば、自由都市と称えられるドレイクの賑わいも田舎町のそれに成り下がるだろう。
「すべてはダヤン侯の勲か? だとすると、厄介どころの話ではないな」
戦士として対峙したならばいざ知らず、為政者として対峙した場合、どうあがいても自分に勝ち目はなさそうだ、とインは率直に認めた。比べる気さえ起こらない、というのが正直なところである。
ただ、そう考えるインの顔に影はさしていなかった。もとより、シュタールを牛耳る帝国宰相に政務能力で勝てると思っていたわけではない。政務で勝てないのなら、別の面で勝てばいいのである。
そのための第一歩が武闘大会への出場だった。
むろんというべきか、貴族や騎士団の推薦をうけるツテなどないので予選から勝ちあがらなければならない。
リンドブルムの情報が伝わっている可能性を考慮して、参加者名簿には『フィン』という偽名を用い、髪を赤く染め、ついでに顔の上半分を覆う仮面をつけることにした。
遠くドレイクで暴れている黒髪の『イン・アストラ』と、帝都で武闘大会に出場している赤毛の『フィン』を結びつける人間はまずいないだろうが、実際に刃を交えたことのある紅金の千騎長ドムスや団長ルドラ、または彼らの配下が闘技場に足を運べば厄介なことになる。
ドムスは片腕を失う重傷を負った身であるし、南部の動乱がおさまっていない状況でルドラが戦地を離れるとも思えなかったが、念には念を入れた格好であった。
それ以外にも仮面をつける理由はある。
はじめはこけおどし、目立ちたがりという評価しか得られないだろうが、勝ち進めば進むほどに正体不明の戦士には注目が集まるだろう。接触してくる廷臣や貴族もいるに違いない。
そうやって、集められるだけの注目を集めた上で『フィン』の口から皇女生存の事実を明かせば、噂はそれこそ疾風のように帝都を席巻するだろう。『フィン』に接触した廷臣は、叛乱軍の与党に接触したとみなされ、鋼玉宮は大混乱におちいる。
そして、その混乱は次の行動への布石となる――
もっとも、いまだ本選への出場も決めていない現状では、すべてはとらぬタヌキの皮算用に過ぎない。
当面は武闘大会に注力し、その合間にセッシュウの孫であるサクヤを捜す、というのがインの行動指針であった。
サクヤに関していえば、帝都はもとよりシュタール国内にいるという情報があったわけではないので見つかる可能性はごく低い。以前、セッシュウが得た情報も結局外れだったと報告を受けている。
ただ、その事実を別の角度から見れば、帝都にいないという確報があったわけでもない。
孫捜しはセッシュウとの約定である。インはプラムス祭がはじまってからこちら、帝都各所に足を運んではサクヤの情報をさがし求めていた。たとえ姿は見つからずとも、消息の一つでも掴めれば今後の捜索におおいに益する。
最悪、何も掴めなかったとしても、それはそれで意味がある。今後、サクヤを捜す際はシュトルツァ以外の都市に人を派遣する方がいい、ということが明らかになるからだ。
もちろん、それはあくまで最悪の場合であって、当人の所在が掴めればそれに越したことはなかった。
セッシュウはもとより、スズハやリッカ、それにツキノも、行方知れずとなったサクヤの安否を気にかけている。良い知らせをもたらしてやりたい、とインはごく自然に考えていた。
――その行動がヒエロニムスの警戒に触れてしまったのは、インにとってまったく想定外のことであった。
◆◆◆
「――ふん。つまり、俺があの救貧院に対して何かよからぬことをたくらんでいるのではないか、と疑っているわけか」
「単刀直入にいえばそういうことだね」
インの皮肉な物言いに、ヒエロニムスは臆することなくうなずいた。
宿屋を出た二人は人目を避けて路地裏に場所を移している。人家と人家の狭間にできた小さな通り道に人影はなく、ときおり残飯目当ての鼠が足元を駆け抜けていく。
頭上で光る月が周囲を淡く照らし出し、表通りの喧騒が二人の耳朶を揺らした。仮にここで斬り合いが始まったとしても、通りを歩く人々の耳には届かないだろう。
インは右手に棒を握った格好で、じろりとヒエロニムスを睨む。
「それで? 面倒な前口上は抜きにして、さっさと結論を言え」
「なら率直に言うよ。今後一切、あの救貧院とイルマたちに近づかないで」
険しい視線と共に言い放つヒエロニムス。
それに対して、インは――
「わかった。そうしよう」
あっさりとうなずいて踵を返した。もとより、一度訪れて成果がなかった場所を再び訪れるつもりはない。広すぎるほど広い帝都を見てまわるためには、そんな無駄な行動をするわけにはいかないのである。
カツカツと足音をたてて出口に向かうイン。
後ろの方から「あ、あれ?」と戸惑ったような声が聞こえてきたが、インはまったく気にとめず、ついでに足もとめなかった。
我に返ったヒエロニムスが慌てて追いかけてくる。
「ちょ、待って待って、お兄さん! もうちょっとだけ待って! ここはほら、指図はうけないって突っぱねて、ボクの名前や目的を訊ねる場面じゃないかな? それとも、もしかしてもうボクのことに気づいてる?」
「お前の名前に興味はない。目的にもだ。ついでにいえば、これ以上無駄話をしている時間もない。そちらの望みどおり、二度とあの救貧院には近づかないから安心しろ」
「う……なんか初手からばっさり斬られちゃったな。ええと、それなら、どうしてあんな大金を置いていった――のですか?」
作戦を変更したのか、できるかぎり丁寧な問いかけをしてくるヒエロニムスに対し、インは足を止めてつまらなそうに応じる。
「イルマといったか、あそこの長の為人を買ってのことだ。今後、何かの拍子にサクヤがあの場所に逃げ込んでくる可能性もないではないしな。銀貨の百や二百、賭けで得たあぶく銭だと思えば惜しくもない」
インの言葉はいかにも面倒くさげでそっけないものだったが、それは同時に内心をごまかす飾りがないことも意味していた。
二年にわたる貴族暮らしで、ヒエロニムスもそれなりに人を見る目をみがいている。眼前の青年が事実を事実として語っているだけであることはよくわかった。
しかし、そうなるとヒエロニムスは、多額の寄付をしてくれた相手にあらぬ疑いをかけた無礼者ということになってしまう。路地裏に連れて来た行為にいたってはゴロツキ同然だ。
さきほどとは違う意味で慌てる羽目になったヒエロニムスは、謝意を込めて頭を下げた。
「答えてくれてありがとうございました。ボクは皇帝陛下よりブラウバルトの地を賜ったヒエロニムスという者です。ご存知かもしれませんが、去年と一昨年の武闘大会で闘し――」
「長い」
「―――し、んって、え? ながい?」
「ああ、長い。自己紹介なんぞ名前だけでいいだろうが。いや、それ以前に名前も長い。まあ、名前は別にお前の責任ではないが、覚えるのが面倒だからヒムでいいな」
「え、あ、や……えぇ?」
まったく予想していなかった反応を前に、ヒエロニムスは目を白黒させた。そして、自分でもよくわからない答えを返してしまう。
「や、あの、ボクも女の子だから、できればもう少し可愛い呼び方がいいかな、なんて思うんですけど」
「なら、エロにするか」
「ヒムでいいですッ」
間髪いれずにヒエロニムスは返答する。返答してから、我に返って吹きだした。
「あはは、何をいってるんだろ、ボク。最悪、殺し合いになるかもって考えてたのが嘘みたい」
「殺し合い、か。見かけによらず物騒な奴だな」
「相手の出方次第ではってことです。色々と狙われることが多い身の上なので、自然と考え方が殺伐としてきちゃって」
そういうと、ヒエロニムスは琥珀色の瞳に鋭い光を走らせた。
「あなたのように血の臭いがする人の前だと、特に」
不意打ちのように言い放ち、ヒエロニムスは鋭くインを見据える。応じるように、インの目に刃の気配が宿った。
ゆるみかけていた空気が音をたてて張り詰め、喧騒が彼方に遠ざかっていく。
インは棍棒を杖がわりに握っており、いつでも打ちかかれる状態だ。ヒエロニムスは剣に手を伸ばしてこそいなかったが、必要とあらば即座に抜き放てる体勢をとっている。
高まる剣気に怯えたように、月が雲に隠れた。
人家の窓からこぼれ落ちた明かりが暗闇に立つ二人の姿を浮かび上がらせる。
薄闇の中に浮かぶヒエロニムスの顔は真剣そのものだった。
インが救貧院に害意を抱いていないことは理解した。だが、それはインという人物の危険性を否定するものではない。
自分が言いがかりに類することを口にしているのではないか、という危惧はあったが、それでも言葉を引っ込める気にはなれなかった。昨日と今日、インを見たときに感じた怖気は決して気のせいではない。
この青年はシュタール帝国にとって何かよからぬことを企んでいる。ヒエロニムスにとって、それは予感を超えた確信であった。
◆◆
状況が変化するまでにかかった時間はごく短かった。
それまでヒエロニムスを見据えていたインの黒い瞳が不意に頭上に向けられる。ほぼ同時に、ヒエロニムスも頭上から殺到してくる複数の気配に気が付いた。
「――チッ」
「――ッ!」
インは舌打ちと共に後方へ飛び、ヒエロニムスも咄嗟にその場から飛びすさった。
間一髪、それまで二人が立っていた場所に、ぼと、ぼと、と黒い影が次々に落下してくる。
影の数はかぞえて五つ。闇夜に溶け込む黒衣をまとい、手には黒塗りの刃を握っている。おそらく塗られているのは毒だろう。
警告もせずに急襲してきた刺客たちは、初撃をかわされるや、やはり警告なしに襲いかかって来た。ヒエロニムスに四人、インに一人。指示の声は聞こえなかったが、五人の動きにはいささかの遅滞もなく、切りかかってくる際にも掛け声一つ発しない。
その無音の襲撃は暗殺者以外の何物でもない。月が隠れるまで完璧に気配を断っていたところをみても、かなりの手練であろう。
――狙われる覚えは掃いて捨てるほどあるが。
敵の人数配置からして本命はヒエロニムス、こちらは目撃者の口封じだとインは判断した。
「ふん」
相手の狙いを鼻で笑ったインの右手がかすむように閃き、剛速で振るわれた棒は狙いたがわず躍りかかってきた刺客のわき腹を捉える。
インの棍棒はガンプを出る際にラーラベルク公から渡されたもので、木材には檜よりも頑丈な紫檀がつかわれている。以前、アトに叩き折られた棍棒は中に鉄芯をはめるだけの簡単な補強しかしていなかったが、新しい棍棒はガンプ有数の鍛冶師(ラーラベルク公)の手によって更に威力が増す工夫がほどこされている。まともに当たれば大のおとなも吹きとぶ威力だ。
まさしく刺客は吹き飛んだ。
わき腹にめりこんだ棍棒は刺客の身体を無理やり「く」の字に捻じ曲げ、そのままの勢いで人家の壁に叩きつける。
口から「かはッ」と呼気の塊を吐き出した刺客は、そのままずるずると壁際にくずおれた。
力任せに棒を振りぬいたインの手には骨を砕いた感触が残っている。仮に刺客に意識が残っていたとしても、これ以上の戦闘続行は不可能だろう。
倒れた刺客を一瞥したインは、この敵がぴくりとも動かないことを確認すると、残りの四人に注意を向けた。ヒエロニムスを助ける義理はなかったが、問答無用で襲いかかって来た暗殺者どもを見逃す理由はそれ以上にない。
そうして、インがヒエロニムスらに向かって足を踏み出そうとしたとき、インの耳に切迫した警告が響いた。
「気をつけて! こいつらは――」
ヒエロニムスの声が終わらないうちに状況が動く。
倒されたはずの刺客が素早くはねおき、猛然とインに飛びかかってきたのだ。最低でも肋骨の一、二本は砕けているであろうに、その影響を微塵も感じさせない機敏な動きは異様の一語に尽きた。
敵が意識をそらしたところで、視界外のななめ後方から襲いかかったのだ。完璧な奇襲。たとえ鬼神であってもかわせるものではないと言いたげに、黒刃をかまえた刺客の口に狂笑が浮かび――次の瞬間、振り返ることなく繰り出されたインの棍棒がその口にねじこまれた。
「ぐぼぁッ!?」
先の殴打にまさる鋭い刺突。奇襲の成功を確信していた刺客にこれをかわす術はなく、くぐもった悲鳴と、口蓋を砕く重く湿った音が路地裏に響いた。
砕かれた前歯が地面に落ちるより早く、驚愕で目を見開いた刺客の喉元を一条の煌きが駆け抜ける。
インが左手で振るった小剣は恐ろしいほどの切れ味を発揮して、刺客の首を皮一枚残して切断してのけた。
「相手を罠にかけようとして、自分が罠にはまっていれば世話はない」
右手に棒を、左手に小剣をかまえたインは、そう言うと返り血を嫌って刺客の身体を思いきり蹴り飛ばした。
再び壁に叩きつけられた死体を見やり、嘲るように言葉を続ける。
「それとも、西のおとぎ話にある首無騎士のごとく、首を抱えてもう一度立ち上がってくれるのか? だとすれば、お前たちは暗殺者などより大道芸人の方がふさわしい」
それは死者に向けた雑言ではなく、まだ生きている刺客たちに向けられた嘲弄だった。
それを聞いた刺客たちの動きに乱れが生じる。
彼らの作戦は一人でインを押さえ、残りの四人でヒエロニムスを討つというもの。その行動の根幹には、四人がかりでなければ闘神はしとめられないという判断がある。
これ以上インに戦力を割けばヒエロニムスを討つのに支障が生じる。かといって、インを放置したままヒエロニムスを討とうとすれば、隙だらけの背をさらすことになる。
刺客の一人がはじめて明確な言葉を発した。
「我らの狙いはヒエロニムスのみ。とく去れ。ヒエロニムスが除かれることは、貴様にとっても悪い話ではあるまい」
刺客の言葉の後半部分が先ほどのインとヒエロニムスの対立を指していることは明らかだった。
問答無用で襲いかかって来た相手からの権高な要求に対し、インは短く応じる。
「くさい」
「……なに?」
刺客のみならず、ヒエロニムスも内心で首をかしげる。
脈絡というものがまるでない言葉だったが、それも当然といえば当然で、インははじめから刺客の言葉なぞ聞いておらず、相手の要求も聞き捨てにしていたのである。
インは淡々と言葉を続けた。
「汚物と排泄物が混ざり合った下水の臭いだ。シュシュの秘薬で臓腑がくさり落ちた中毒者の臭いでもある」
それを聞いた瞬間、刺客たちから一斉に殺気が立ち上った。
「――貴様、何者だ?」
シュシュの秘薬などという言葉を一般人が知るはずはない。刺客にしてみれば、自分たちの最秘奥を一瞬で看破されたことになる。見過ごしにできるはずがなかった。
それまでヒエロニムスと対峙していた刺客の一人が、インに対処するべくわずかに位置をかえる。
その瞬間を、ヒエロニムスは待っていた。
鋭い踏み込みからの、抜く手も見せない神速の斬撃。ヒエロニムスはいわゆる二刀流の使い手であるが、振るう剣が一本であれ、二本であれ、技の冴えにかわりはない。
闘神の実力を知る刺客たちは十分に警戒していたはずだったが、それでもなお反応が遅れた。剣光が宙に光の軌跡を描き、最も近くにいた刺客の頸部を正確に捉える。
血しぶきをあげて首が宙を舞った。
ヒエロニムスは動きを止めずに次の相手に襲いかかり、たちまち狭い路地裏を舞台として乱戦が始まった。
もっとも、決着までにかかった時間はごく短い。ヒエロニムスが瞬く間にさらに一人を斬り倒し、残った二人のうち一人をインがしとめ、勝負はほとんど一瞬で決まってしまう。
かなわじと判断した最後の一人は逃亡をはかった。
前後をインとヒエロニムスに挟まれているために路地を抜けることはできない。ゆえに、最後の刺客は活路を上に求めた。
路地の狭さを利用して壁から壁へ。人間離れした跳躍力を利して、驚くほどの速さで屋根の上へ逃れてしまう。
「どこのどいつか知らないが、やはり大道芸人の方がふさわしいな」
逃れ去る刺客を見送ったインは皮肉まじりに相手の身軽さを称える。
ヒエロニムスはそんなインに何と話しかけたものかと迷う素振りを見せたが、すぐに心を決したように歩み寄った。
刺客の狙いがヒエロニムスであるとわかった以上、巻き込んだことを詫びるべきであろう。たとえ、眼前の相手の方が刺客たちよりよっぽど怪しく見えたとしても、である。
「ええと、巻き込んでしまってごめんなさい」
ぺこり、と頭を下げる。血に染まった剣を持ったままなのは愛嬌というものだろう。
これに対し、インは先ほどとはうってかわって楽しげに応じた。
「いい迷惑だ、と言いたいところだが、今回にかぎっては感謝する。おかげで面白いものが見られた」
シュシュの秘薬を使う連中が帝都にいる。それはインにとって座視できない事実であった。
ヒエロニムスに敵意がないことを確認したインは素早く駆け出した。むろん、目的は先ほどの刺客を追うためである。そのためにわざわざ見逃したのだ。
すぐに後を追わなかったのは、ヒエロニムスがどう動くか判断できなかったからであった。
どうやらヒエロニムスも同様だったようで、駆けるインのすぐ後ろに足音が続いている。
二種類の足音が路地裏に響く。
と、その音にまぎれるように、ヒエロニムスが耳慣れない単語を口にした。
「悪夢」
「なんだ、それは?」
足を止めずに聞き返すインに向けて、ヒエロニムスは先刻の刺客たちの正体を告げた。
「カザークの雷帝ヘリアン直属の暗殺部隊の名前だよ。正確には暗殺部隊じゃなくて決死隊かな? 雷帝のためなら死をも辞さない狂人たち。さっきの連中はそれだと思う」
跳ねるような足音を残して二人が路地裏から駆け去った後、周辺の人家の窓がおそるおそる開かれる。揉め事の気配を察して息を殺していた住民たちが顔をのぞかせたのだ。
彼らはそっと眼下の路地をうかがい、そこに暗闇に沈んだ四人の死体を見つけるや、慌てて頭を引っ込めて窓を閉めた。
空を見上げれば、再び月が顔を見せている。遠くから聞こえてくる犬の遠吠えが、静まりかえった路地裏にむなしく響いた。




