第八章 鋼鉄の都(一)
帝都シュトルツァ。
それはシュタール帝国最大の、ひいてはクイーンフィア大陸最大の都市の名である。大陸広しといえど、百万を超える人口を抱える都市はシュトルツァをおいて他にない。
その中心部に位置する鋼玉宮は帝国建築の粋を凝らして建設された、壮麗と威厳を兼ね備える大帝国の心臓部。夏も盛りを迎えようとしている一日、宰相ギルベルト・フォン・ダヤンは鋼玉宮にあるおのれの執務室で一通の報告書に目を通していた。
南部の叛乱鎮定におもむいた紅金騎士団からの戦況報告である。
「――思いの外しぶとい。さすがラーラベルク公と称えるべきか、それとも討伐軍の不甲斐なさを嘆くべきか」
報告書を読み終えたギルベルトは重々しい声でつぶやいた。
先々代フェルディナント大帝の御世からシュタール宮廷に仕えているギルベルトは、万事に沈着な態度と優れた政務処理能力を認められ、若くして宮廷で累進を重ねた。その出世の早さから妬みまじりに「大帝陛下の寵童ではないか」と囁かれたこともある。
これは事実無根の噂であるが、かつて寵童の疑いをかけられた美貌の名残は、六十を過ぎた今なお見て取ることができる。真っ直ぐに伸びた背に老いの影は感じられず、皇宮の廊下を歩く足取りはギルベルトの権勢を示すように確固として揺るぎない。
老いてなお豊かな銀髪は艶めいており、生々しいほどの精気を湛えた顔は大帝国の主宰者たる威厳と迫力に満ちている。
かしずく貴族、官僚は数知れず。
シュタール宮廷において廷臣たちが頭を垂れるのは皇帝ではなく宰相である、と言われるようになって久しかった。
ギルベルトはあらためて報告書に目を向ける。
そこにはガンプをめぐる攻防が膠着していることが記されていた。
直接の原因は過日の夜襲である。ドルレアク公爵は無事だったものの、軍議の最中に襲撃を受けたため、死傷者の中には指揮官級の者が多く含まれており、ドルレアク軍は部隊の再編に手間取っているらしい。
くわえて、先年に刑死した第一皇女アーデルハイトが生きてガンプに姿をあらわしたという報告が戦況に影響を与えていることも確実であった。
この報告が早馬で鋼玉宮へ届けられたのは数日前のこと。
当初、これはラーラベルク公ヘルムートの策略であると考えられていたが、騎士団長ルドラからの報告によれば、皇女の姿は夜襲の後も幾度も確認されており、素顔を敵味方の前にさらし続けているという。そして、皇女が姿を見せるたび、ラーラベルク兵の士気はあがり、討伐軍将兵の士気は目に見えて落ちているという。
一度や二度ならばともかく、何度も同じことが繰り返される以上、皇女が本物である可能性はきわめて高い。
老いた宰相の眉間のしわが深くなる。
「……やはり殺しておくべきであったか。卑賤の腹から生まれたとはいえ、かりそめにも大帝の御孫。国外でおとなしゅうしておるなら見逃してやろうと思うたに」
丁寧に撫でつけた銀髪の一房が宰相の額にかかる。それをわずらわしげに払いのけたギルベルトは、使い込まれた黒檀製の机に肘をつき、黙考の姿勢をとった。
せめてもの情けを無にした皇女には忌々しさを覚えるが、一度は手引きしてまで逃がしてやったのだ。これで大帝に対する義理は果たした。今度は確実に息の根を止めてくれる、と決意する。
と、そのとき、執務室の扉を叩く音がした。
ギルベルトが入るように促すと、扉の向こうから一人の青年が顔に緊張を湛えたまま姿をあらわす。
正確にいえば、青年というよりは少年と形容した方がより実態に即しているかもしれない。
バルトロメウス・フォン・ダヤン。今年十六になったこの廷臣は、その名が示すとおりギルベルトの孫にあたる。
ギルベルトの執務机の前に立ったバルトロメウスは、右の拳を左胸にあてる帝国式の礼をほどこしてから口を開いた。
「お呼びでございますか、閣下」
呼んだから来たのだろう、などという無駄口を叩かず、ギルベルトは無言で騎士団からの報告書を渡した。
バルトロメウスはかしこまってそれを受け取り、素早く目を通す。
しばし後、報告書を読み終えたバルトロメウスに対し、ギルベルトは淡々と言った。
「ガンプの制圧はルドラに任せておけばよい。できればプラムス祭までにヘルムートの首をあげたかったが、悪くとも祭事が終わるまで彼奴と、彼奴が捏ね上げた虚報をガンプに封じこめることができれば問題はない」
プラムス祭とはシュタール帝国における収穫祭を指す。シュタール帝国にとっては国をあげての一大行事であり、その規模は一年の国事を通して見ても随一といえる。
この間、帝都シュトルツァには帝国全土から身分の高低を問わず多くの人々が集まってくる。皇帝に謁見するためにやってくる貴族や騎士、各都市の首長、祭見学の農民や賑わいに乗じて一儲けしようと目論む商人、武闘大会に出場する戦士や傭兵などだ。
国外に目を向ければ、シュタール帝国に従う中小国の王や配下の兵団、七覇をはじめとした列強の特使なども訪問者に含まれる。
プラムス祭の期間中、百万を数える帝都の人口は二割増すとさえ言われており、シュタール帝国の勢威を示す場として、これ以上のものはない。
そして、これを統括するのは宰相であるギルベルトの役割である。
さすがのギルベルトといえど、プラムス祭の期間中は余事に妨げられたくない。皇女やヘルムートにはガンプの城壁の奥に引っ込んでいてもらいたかった。
「ルドラもそのことは承知している。補給だけは欠かさぬようにせよ」
「承知いたしました」
うなずいた後、バルトロメウスはすこしためらう様子を見せる。
しかし、すぐに意を決したように、ギルベルトに対して内心の危惧を口にした。
「閣下、ドルレアク公が失態追求の矛先をそらすため、故意に情報を漏らす恐れはございませんか?」
今回の討伐軍編成にあたり、ギルベルトは主導権をドルレアク公に与えた。兵の大半は公爵の手勢か、その息がかかった者たちであり、紅金騎士団さえ一時的に公爵の隷下に置かれている。
これだけの権限を与えられた上で、たかだか二、三千の兵がこもるガンプを落とせないとなれば、ドルレアク公は失態の責任を免れることはできない。
ここでドルレアク公がアーデルハイト生存の報を流し、ガンプを「落とせなかった」のではなく「落とさなかった」のだと主張した場合、厄介なことになるのではないか。
バルトロメウスはそう危惧したのだが、ギルベルトは一顧だにしなかった。
「アーデルハイトの死は、ウズ教団の立会いの下で大陸史に明記された事実。その名を騙る者は、これことごとく偽物にして帝国の秩序を乱す重罪人に他ならぬ。敵の妄言を信じ込み、妄動する者の罪はきわめて重い。それこそ、名門ドルレアク公爵家といえど、取り潰されても仕方ないほどにな」
もしもドルレアク公がバルトロメウスの危惧どおりのことをすれば、それは結果としてドルレアク公爵家滅亡の端緒となるであろう。ギルベルトはバルトロメウスにそう言い、バルトロメウスは目を見開いて「なるほど」と納得した様子を見せた。
ギルベルトはそんなバルトロメウスの姿を無言でみすえている。孫を見守る祖父の視線と呼ぶには温かみが決定的に欠けており、観察していると言いかえても違和感のない眼差しである。
その視線のまま、ギルベルトはバルトロメウスに問いを向けた。
「ドレイクの情勢はどうなっておる? リンドブルムとやらいう者たちの詳細はつかめたか?」
「は。やはり中心に立っているのはパルジャフ・リンドガルで間違いないと思われます。パルジャフは我が国およびアルセイスを退けたのは、インなんとやらいう賊徒であると声高に申し立てているとのことですが、先の一戦以降、その者の姿をドレイクで見た者はおりません。おそらく、帝国軍の主力が侵攻してきた際、すべての責任を押し付ける生贄とする心算でございましょう」
パルジャフの策謀を推測するバルトロメウスの口調は、いたってなめらかであった。緊張する必要がないほどに相手の狙いがあからさまであったからだ。少なくともバルトロメウスの目にはそう映っていた。
ギルベルトがそれに対して無言でうなずいたのは、バルトロメウスの判断を全面的に受け入れたから――というわけではない。
たしかにパルジャフの行動は、自分以外に責任を押し付ける相手を見つくろっているように思える。
しかしそれ以前に、あの商人の街が自分たちの武力で二大国を退けたという事実を見過ごしにはできない。
ドルレアク公の主導であったとはいえ、ドレイク制圧には紅金騎士団まで出張っていたのだ。たかが一都市の武力でどうこうできるものではない。アルセイス軍の助力を得て、というならまだ話はわかるが、ドレイクはそのアルセイス軍すら退けたという。
パルジャフがそこまで軍略に優れていたのか、あるいはパルジャフの背後に何者かがいるのか。いずれにせよ、今のドレイクには何かがある、とギルベルトは確信している。
ギルベルトがそれを口にしなかった理由はしごく単純で、リンドブルムの強勢はギルベルト個人の不利益にはならないからである。
ドレイクでの帝国の失態は、すなわちドルレアク公爵の失態である。
公爵を苦しめる相手がアルセイスであろうと、リンドブルムであろうと、ギルベルトにとって大した違いはない。
もしリンドブルムがアルシャート要塞を越え、ドルレアク公爵を飲み込むほどに強大になれば話は変わってくるが、当面の間は――プラムス祭が終わるまでは静観していてかまうまい。それがギルベルトが下した決断であった。
――もしルドラが報告書の中で、ガンプで己に手傷を負わせた相手と、ドレイク動乱の首謀者イン・アストラがきわめて似通った容姿をしていた、という一事を書き加えていれば、あるいはギルベルトの決断は違ったものになったかもしれない。
しかし、ルドラは何の証拠もないことであるとして、この件については報告書に記さなかった。もっといえば、記せなかった。
もしも、ルドラを傷つけたのがイン・アストラだとすれば、二大国を退けてドレイクを得たばかりの人間が、せっかく得た都市を捨てて、命の危険をおかしてヒルス山脈を越え、はるばるガンプまでやってきて、これまた命がけでラーラベルク公爵に助力した、ということになってしまう。
常識的に考えて、ありえることではない。こんな戯言を宰相への報告書に記せば、ルドラは即日団長の任を解かれてしまうにちがいない。
だからこそ、ルドラは報告書にインの名前を記さなかったのである。
結果、この時点において、インの名はリンドブルムの一人物としてのみ、ギルベルトらの脳裏に記されることになる。
◆◆
陛下のところにきちんと顔を見せておけ。
そのギルベルトの言葉に従い、バルトロメウスは皇帝の私室に歩を進めている。
ふと背に汗を感じたバルトロメウスは、小さく溜息を吐いた。執務室にはギルベルトとバルトロメウスしかいなかったが、どちらの顔にも肉親同士の親しみ、気安さといったものは存在しなかった。
少なくとも、バルトロメウスはそう感じていた。
相対する者の心を底まで見通すと言われているギルベルトの鉄色の双眸に見据えられれば、孫であるバルトロメウスでさえ喉に乾きをおぼえてしまう。
バルトロメウスは先ごろラインラント子爵に任じられた。
むろん、十六やそこらの若者が自らの勲功のみをもって授けられる栄誉ではない。これはギルベルトの意思が関与した人事であり、そのことをバルトロメウスは承知している。
若き子爵の脳裏には、いかなる報告を受けても毅然とした面持ちを崩さない帝国宰相の姿がある。
老いや衰えとは無縁のその姿。幼い頃から、それこそ生まれた時からギルベルトを見続けているバルトロメウスであるが、祖父の姿はその頃から何もかわっていないように思われる。宮廷の片隅では、宰相は人の生き血をすすって若さを保っているのだ、などというくだらない妄言が囁かれているらしいが、そう語る者たちの気持ちがバルトロメウスには少しだけ――ほんの少しだけわかってしまう。
皇帝の居住区を訪れたバルトロメウスを、傍付きの侍女たちは礼儀ただしく迎え入れる。
皇帝ジークリンデの傍付きは、それが武官であれ、侍女であれ、宰相ギルベルトが選んだ者たちであり、彼らはみな職務に忠実であった。
彼らの職務とは、皇帝を守り、皇帝の世話をし、皇帝を危険から遠ざけること。
現在、皇帝たるジークリンデがいるのは、強大な軍事力を誇るシュタール帝国の中央、高大な城壁にまもられた帝都シュトルツァの中心、金城湯池の鋼玉宮である。国の外からの危険が皇帝の身に及ぶことはまずないといってよい。
そのジークリンデを守り、世話をし、危険から遠ざけるとは、言葉をかえていえば、他の廷臣がジークリンデに近づくことを一切許さない、ということであった。
常日頃、ジークリンデの周囲に侍る者たちは、まるで能面をかぶっているかのように表情を動かさない。発する言葉は丁寧であっても温かみがなく、視線は皇帝にまとわりついて離れない。
正直なところ、バルトロメウスは彼らが好きではなかった。
皇帝の一挙手一投足を見逃すまいとする彼らの視線は、端的にいって囚人を監視する者のそれである。
ダヤン侯爵家がさらなる高みにのぼるため、ジークリンデの存在は必要不可欠である。そのことは理解しているのだが、幼い皇帝の心身を圧迫するギルベルトのやり方にバルトロメウスは疑問を禁じえなかった。皇帝とはいえ、わずか十一歳の女の子だ。ここまで締めつける必要はあるまいに、と思うのである。
先の叛逆事変から間もなく八ヶ月が経つ。ギルベルトは警護の名目でジークリンデの行動一切を取り仕切っているが、今後、さらにこの状態が続けば「宰相は警護という名目のもとに皇帝を軟禁している」と非難される恐れもある。
一度、バルトロメウスはそのことについて意見をしたのだが、ギルベルトは大きな両眼を動かしてバルトロメウスを見下ろしただけであった。
お前のごとき若輩が口出しをすることではない。そう言外に告げられ、バルトロメウスは赤面して引き下がるしかなかった。
――つまるところ、自分が彼ら傍付きの者たちを嫌うのは八つ当たりなのだろうか。
ギルベルトの命令どおりに動き、皇帝を圧迫する者。それはつまり、バルトロメウス自身のことではないか。
そのことに思い至り、暗澹とした気持ちになる。
ちょうどその時に皇帝の私室に到着したため、バルトロメウスは慌てて内心の思いを振り払った。
ジークリンデに親しく接するのは祖父の命令であるが、バルトロメウス自身、幼い皇帝に同情も厚意も抱いている。わずかなりと皇帝の憂いを払うためにも、しかめっ面などしていられない。
バルトロメウスは持ち出すべき話題を脳裏で選びながら、なるべくにこやかに見えるように表情をととのえた。
◆◆◆
……敬礼を残してバルトロメウスが部屋を出て行った後、ひとり執務室に残ったギルベルトは、机と同じ黒檀製の椅子に深く腰掛けると、再び沈思した。
その口から誰の耳にも届かないほど小さな呟きがもれる。
「……ジークリンデは十一。バルトロメウスは十六。年齢の上では娶わせることに不都合はない。ジークリンデの心がバルトロメウスに向かえば――」
現在の宮廷が皇帝を圧迫する場であることをギルベルトはよく知っている。他の誰でもない、彼自身がそれを幼い皇帝に強いている。
ジークリンデのような年頃の娘がそのような状況に置かれ、周囲に頼る者もいないとなったとき、優しい言葉をかけてくれる者が現れれば、娘の心は容易にその人物に傾くだろう。
幸いというべきか、バルトロメウスは祖父や父の血を継ぎ、整った容姿を持っている。皇女に対しては、祖父が持たない同情も抱いている。ジークリンデは聡い娘だ、そういったバルトロメウスの心情も正しく見抜くだろう。
別段、半年や一年で恋仲にさせるつもりはない。必要とあれば、二年、三年と時間をかけてもいい。今のギルベルトにはそれだけの余裕がある。もっといえば、無理やり娶わせることができるくらいの実力もある。
ギルベルトが強引な手段をとらないのは、ジークリンデがバルトロメウスに心惹かれてから事を進めた方が、皇帝自身の協力が得られるという意味で効率が良いと考えているからである。
一方で、忠誠を誓った大帝に対する遠慮も確かに存在した。
ギルベルトはシュタール帝国を我が物にするという野望を捨てたことはない。捨てるどころか、胸中に燃える野望の炎は老いてますます強く猛々しく燃え盛っている。
アーデルハイトに対してそうしたように、大帝の血を継ぐ者であろうとも、必要とあらば排除することも利用することもためらわない。
それでも、かなうならば排除ではなく利用を選びたい、という思いを捨てることが出来ない自分を、ギルベルトは自嘲まじりに認識していた。
「この齢になっても己の心を従わせることは難しいか。我が事ながら、はきつかないことよ。己の息子たちはためらいなく切り捨てたというのにな」
ギルベルトには三人の息子がいる。いや、息子がいた。生まれた順にグレゴール、カーステン、そしてハインリヒ。
このうち、長男グレゴール、次男カーステンはいずれも父親の手で処断されている。長男は戦場において略奪を働いた罪で、次男は奴隷を殺害した罪である。
戦場における略奪、暴行は黙認される傾向にある。ましてグレゴールは初陣であり、多少なりと勝利に酔ってしまったのは仕方のないことだった。少なくとも、皇帝や他の廷臣から問罪されたわけではない。
ギルベルトは自身の判断で、自身の息子を斬って捨てたのである。そして、グレゴールが略奪を働いた村人のみならず、その村に住まうすべての者たちに対して、奪われた財産を補償することを約束した。
次男カーステンも事例としてこれに似ている。カーステンがその奴隷を殴打したのは、奴隷があやまってカーステンの服にブドウ酒をかけてしまったからだ。その服は母が仕立てたばかりのものであり、カーステンが激怒したのは当然のことだった。しかも、カーステンは剣を抜いたわけではない。殴られた奴隷が卓の角に頭をぶつけて死んでしまったのは不幸な偶然というしかなかった。
にもかかわらず、ギルベルトは迷うことなく次男を処断した。罪に相応しからぬ罰を与え、相手を死に追いやったという理由で。
当時、ギルベルトはまだ宰相になっておらず、爵位も伯爵に留まっていたが、それでもギルベルトの振る舞いが帝国貴族として類を見ないものであったことは確かである。
帝国の民衆、特に身分の低い者たちはギルベルトの行動を称え、この伯爵に期待を寄せた。ギルベルトならば、身分の低い、貧しい者たちのことを考えた統治を行ってくれるのではないか、と。
この声なき歓声、形なき期待を背景として、ギルベルトはさらに宮廷内における位階をかけあげっていくことになる。
ギルベルトの子でただひとり生き残ったのは三男のハインリヒ。
バルトロメウスの父でもある彼は、ギルベルトに裁かれることなく三十歳になるまで生きたが、父親に処罰されるのを恐れるあまり、日々、過度に神経をすり減らして生活していた。
そのためかどうか、ハインリヒは三十歳の誕生日を迎えた日に亡くなってしまう。その頬は無残なほどに痩せこけており、ハインリヒが死にゆく様は、細く短い蝋燭が燃え尽きるように静かであっけないものであった。
――息子たちの顔を思い浮かべるギルベルトの表情に後悔の影はない。眉ひとつ動かさず、シュタール帝国の宰相はうそぶくように言った。
「大帝陛下の崩御と共に皇家の栄光は潰えさった。もはや皇家は名前のとおりくず鉄よ。この帝国はダヤンのものだ。我が一族は、なべて権道を飾る花となれ。それを徒花にせぬことが、わしにとっての償いよ」




