第七章 蹂躙(四)
囚人兵たちによる再度の襲撃を受けたとき、カティアはひとり、茂みの中に身を潜めていた。
襲撃の寸前、いちはやく事態を察したヒルデによって、ここに押し込まれたのである。
先刻の衝撃から立ち直る暇もない。再び茂みの向こうで始まった暴虐に、カティアはただただ身を縮めることしかできなかった。
『何があっても、決して出てきてはいけませんよ』
ヒルデの言葉が何度も何度も脳裏をよぎる。ヒルデとしては、せめて最年少のカティアだけでも助けなければ、と考えたのだろう。
それに対し、カティアは茫然としたまま、うなずくことさえできなかった。
ともすれば惑乱しそうになる意識の片隅で、カティアは思う。
自分はこんなにも情けない人間だっただろうか、と。
女官の悲痛な叫びが耳朶を打ち、カティアはきつく目をつむる。
先生の言うとおりにしないと、と自分に言い聞かせるが、それがただの逃避であることはカティア自身が誰よりも承知していた。
そんなカティアの脳裏に、つい先刻の光景がよぎる。
ウルリッヒによって鎖に繋がれ、連れ去られていくアストリット。他でもない、カティアたちを助けるために屈辱に甘んじた公子の姿。
「………………アーシャ様、アーシャ様」
その名が幸運を招き寄せる魔法の言葉であるかのように、カティアの口からは絶えずアストリットの名前が紡ぎ出される。
そうしていなければ、正気を保てそうになかった。
六歳の主を守ると誓っておきながら、それを為しえなかった自分が涙が出るほど情けない。
アストリットは泣き声ひとつあげずに毅然と屈辱に耐えていたというのに。
――わたしは、そんなアーシャ様を助けようとさえしなかった!
カティアは血がにじむほどに唇をかみ締める。
恐怖のあまり、などという言い訳は許されない。恐怖ならアストリットの方がずっと強く感じていたはずだ。アストリットが耐えられたのに、カティアが耐えられないはずがない。
だというのに、カティアはアストリットが地に額をつけるところを、敵将の手に口づけするところを、ただ呆然と見ていることしかできなかった。
――なんて卑劣な。
自分自身に対して、カティアはめまいがするほどの怒りを覚える。
あのとき、カティアが何をしても事態が好転することはなかっただろう。ウルリッヒの怒りを買い、その場で斬り殺されていただけであったろう。
それでも、自分は動くべきだったのだ。動かなければならなかったのだ。
それなのに、動けなかった。
今もまだ、動けずにいる。
カティアはまだ十二歳。暴虐の雨にさらされ、崩れてしまった心の堤防を築きなおすには時間がかかる。
そして、事態はカティアが立ち直る時間を与えず、ただただ無情に進み続ける。
遠くから、風にのって公宮の争乱の音が聞こえてくる。旗が燃え上がったところは、木立に遮られて見えなかったが、一向に静まらない狂騒がドルレアク軍の優勢をカティアに伝えていた。
昨日までは当たり前にあったものが――五万を超える討伐軍に強襲されてもなお、倒れるとは思っていなかったものが、ほんのわずかな時間で次々と突き倒されていく。
不意に、崖をつたって頭上から強風が吹きつけてきた。
風が木立を大きく揺らす。途端、カティアの身体が大げさなくらいびくりと震えた。今のカティアは、こんなものにさえ身が竦むほどの恐怖を感じてしまう。
カティアはへたりこんだまま、より一層、目をきつく閉ざした。耳まで塞いだ。
仕方ないこと、ではあるだろう。十二歳の少女ひとりではこの状況を覆すことなどできない。せめて自分ひとりの命をまっとうすることを考えたとて、誰に責められる筋合いもない。
そう。誰に責められる筋合いもないのだ。
だというのに、それに対して否を叫ぶ者がいる。さっさと立ちなさい、と叱咤してくる者がいる。その声をカティアは無視できない。なにしろ、それはカティア自身の内から湧き上がる声であったから。
「…………ッ!!」
次の瞬間、カティアの口許でぶちり、と小さな音が響いた。
唇の端を噛み千切ったのだ。萎えかけた心身に鞭をいれる、カティアなりの行動であった。
口から血の糸をたらしたカティアは、ほとんど無理やり立ち上がる。
思ったのだ。
ここで自分が動かないということは、つまり、アストリット・フォン・ラーラベルクの側仕えはその程度の人間だったのだ、ということになってしまう。カティア自身がそれを認めることになってしまう。
「……そんなのは、いやッ!」
自分自身の力だけで立ち上がれるほど強くなれなかった少女は、大切な公子を支えとすることで立ち上がる力を得る。
そのとき、ヒルデの苦痛の声が聞こえてきて、カティアは表情を険しくした。
身を潜めたまま、茂みの向こうの景色に視線を向ける。
そこにはカティアと同様の憂き目にあったヒルデの姿があった。
髪は乱れ、頬は痛々しく晴れ上がり、折られた右腕は力なく垂れ下がっている。普段、一分の隙もない格好をしているヒルデであるだけに、その姿はよけいに傷ましく映る。
ヒルデは引き裂かれた衣服を無理やり身体に巻きつけていた。これはカティアも同様であり、敵兵の血にぬれて肌に張り付く服の感触はおぞましいの一語に尽きる。
許されるなら、すぐにでも脱ぎ捨てて水浴びをしたい。それがかなわぬならば、せめて濡れた布で身体中をふいてしまいたい。
この場を切り抜けて、アストリットを助けて、戦いを終わらせたら、真っ先にそうしよう、とカティアは心に決めた。
――たぶん、そんなときはこないだろうけれど。
カティアが握っているのは短剣ではなく、細長い木の枝である。短剣は当然のようにドルレアク兵に奪われてしまったので、これくらいしか武器として使えるものがなかったのだ。
囚人兵の数は十人。彼らは女官たちをいたぶりながら、延々、苦痛と屈辱を与え続けている。おそらくもう、女官たちには反撃の力など残っていないだろう。
自分ひとりが木の枝を振り回したところで、この窮地を切り抜けることは不可能だ。ただ一人の囚人兵を相手に手も足も出ず、泣き叫んだばかりのカティアは、そのことを痛いほど理解している。
それでも抗わなければいけない。
これはきっとヒルデの思いにそむくこと。アストリットとて、こんなことは望まないだろう。あのやさしい公子がここにいれば、きっと何でもいいから生きていてほしいと言ってくれるはずだ。カティアは卑怯者なんかじゃない、とも。
それでも抗わなければいけない。
ここでただ震えて嵐が過ぎ去るのを待って、結果として生き残ったとしよう。アストリットと再会できたとしよう。
アストリットはきっと喜んでくれるだろう。だが、カティアはきっと喜べない。どの面さげて、とはこのことだ。これまでのように公子の側で仕えるのはもちろん、公宮に居ることさえ耐えられなくなるに違いない。
ラーラベルク公宮に卑怯者の席はない。
他の誰が否定してくれたとしても、カティア自身が己の卑劣さを自覚している以上、そうならざるを得ないのだ。
カティアは思う。
それでは生き延びる意味がないではないか、と。
正直、もう手遅れかな、と思うくらいに今の今まで醜態をさらしてしまったが、だからこそ、ここから先は勇気ある公子の側仕えとして相応しい行動をとらなければならない。
カティアは茂みから飛び出した。
狙いは、今、まさにヒルデの喉を切り裂こうとしている囚人兵。油断しきっていた相手は、突如として草むらから飛び出してきたカティアを見て目を瞠る。
だが、その顔に恐れはなかった。
それはそうだろう。木の枝を握った十二歳の子供に恐怖を抱く兵士はいない。
囚人兵はまずヒルデを思い切り突き飛ばし、その後、正面からカティアの突進を受け止めた。
折れた小枝の鋭利な先端が兵士の腹にめりこんでいく。が、そこまでだった。
唯一の武器は、ぱきりと音をたてて折れてしまう。それを見た囚人兵が素早くカティアの足を払った。まっすぐに前だけを向いていたカティアにこの攻撃をかわす術はなく、あっさりと地面に転ばされてしまう。
その横腹を、囚人兵は思い切り蹴りあげた。ひとたまりもなく少女の身体は吹き飛び、二度、三度と跳ねながら、物のように地面の上を転がっていく。
「カティアッ!? どうして……ッ」
ヒルデの口から悲痛な声があがった。
それに対し、カティアは血で染まった口で、かろうじて返答する。
「……ごめんなさい、先生」
カティアの顔は苦痛で歪み、声は無念で震えている。ヒルデの想いを無下にしてしまったことへの申し訳なさが、はっきりと伝わってくる。
それでもなお、黙って隠れていることができなかったカティアの想いを、ヒルデは正確に理解した。
……ああ、とヒルデの口から絶望の声がもれる。
どうして、このような少女がこんなところで死ななければならないのか。生きていれば、きっとアストリットを影に日向に支える良き臣下となってくれるであろうに。
それはきっとラーラベルク家のみならず、シュタール帝国にとっても善いことであったはずなのに。
――主神ウズよ。どうか、お助けを。
味方の助けが来る可能性は万に一つもないだろう。
守備兵は公宮を守ることで精一杯であり、異変に気づいたヘルムートやレオンハルトが援軍を派遣してくれたとしても、その兵たちが裏山の最奥まで入ってくることはありえない。
アストリットがいればともかく、この場にいるのは女官だけであり、この戦況で行方不明の女官をさがすために兵を割く指揮官などいるはずがない。
ゆえに、ラーラベルク兵の助けは来ない。だから、ヒルデは神にすがるしかなかった。
――お願いです。せめて、カティアだけでも。
戦で夫を、病で子供を失ったヒルデにとって、アストリットとカティアはわが子のようなものであった。
もちろん、そんな思いを口にしたことは一度もなかったが、二人の成長はヒルデにとって何よりの楽しみだったのである。いずれ自分も公宮を辞すときがくる。そのとき、カティアがいてくれれば何の心配もないと、そう考えていた。
――どうか、どうか……ッ!!
そのカティアに下劣な男が迫っている。それに対して何もできない自分の無力を、ヒルデは心の底から呪った。
大きく見開かれた目から血の色をした涙が流れ落ちる。激情のきわみ、毛細血管が破裂したのだ。視線で人が殺せるものなら、このとき、ヒルデは間違いなくそうしていたに違いない。
だが、奇跡は神の領域だ。人の身で為せる業ではない。
カティアを獲物と見定めた囚人兵は、倒れている少女を嘲るように、チッチと舌を鳴らしながら近づいていく。
ヒルデがどれだけ神に祈ったところで、その歩みが止まることはない。
そのことを否応なしに悟らされたヒルデは、喉も裂けよとばかりに叫んでいた。あらゆる感情をただ一語に込めて。どこにいるかもわからない誰かに向かって。
助けて、と。
――まるで、その声に応えるかのように
――『それ』は何の前触れもなく空から降ってきた
それは一本の剣だった。
人の背丈ほどもある長大な剣が、稲妻のごとく宙を裂いて飛来する。
落ち行く先は、カティアへ歩み寄る囚人兵。
よける暇などまったくなかった。何かに感づいたように囚人兵が上を見上げたときには、その切っ先はすでに囚人兵の肩口に突き立ち――そして一瞬後にはその身体を砕き割っていた。文字通りの意味で。
剣自体の重量、刃の切れ味、投擲の威力、落下の速度。
あらゆるものが加算された両手剣は、剣というよりも鋼鉄の杭となって囚人兵の身体に打ち込まれたのである。
人間の身体はそんな衝撃に耐えられるようにはできていない。結果、その囚人兵の身体は衝撃に耐え切れずに弾け飛んだ。
長大な剣はそのまま深々と地面に突き刺さり、強い衝撃と、きしむような擦過音が周囲に響き渡る。
わずかの間をおいて、飛び散った囚人兵の身体の破片が音を立てて周囲に飛散した。
その一部はカティアのもとにまで降り注ぎ、少女の頬でぴしゃりと血塊が弾けた。
「……………………は?」
カティアは呆けたようにぽかんと口をあける。
何が起きたのか、さっぱりわからなかったのだ。カティアの目から見れば、自分に近づいてきていた囚人兵が、いきなり肉片となって四散したようなものである。あまりに唐突過ぎて、頬に張り付いた血におぞましさを感じる余裕さえなかった。
唖然としていたのはカティアだけではない。ヒルデも、女官たちも、囚人兵たちでさえ、理解できない事象を前に動きを止めている。
はじめに剣の存在に気づいたのは、やはり一番近くにいたカティアであった。
おそらくカティアの細腕では、振るうことはおろか抱え持つことさえできない長大な剣が地面に突き刺さっている。いや、突き刺さっているというより、埋まっているというべきかもしれない。なにしろ、剣身部分がほぼすべて地面にめりこんでいるのだから。
ただ膂力に任せて剣を地面に突き刺しても、ここまで深々と地面をえぐることはできないだろう。それこそ、相当の高さから剣を投じでもしないかぎり、こんな状態にはならないはずだ。
そう考えたカティアの顔が、自然、空に向けられる。
そうして、カティアは気が付いた。第二撃の存在に。
先の囚人兵とおなじく、その囚人兵も自分の身に何が起こったのか気づかなかっただろう。
はるか上空から落ちてきた鋼の大剣が、回転しながら囚人兵の頭部を襲う。その重量と破砕力の前では頭蓋など豆腐も同然、人の身体など血の入った水袋に過ぎない。
囚人兵の身体は、これまた文字通りの意味で木っ端微塵に砕け散った。
それでもなお鉄塊の勢いはまったく衰えず、そのまま地面に激突して轟音を響かせる。衝撃の激しさを物語るように、血煙と共に土塊が舞いあがり、その場にいる者たち全員が激しい地面の揺れを感じ取った。
「…………神、様?」
もうもうと土煙が舞い上がる中、空を見上げた格好のまま、カティアはぽつりと呟いた。
今しがたの光景を目の当たりにしたカティアは、最初の出来事が何であったのかも理解した。今とまったく同じ、上空から降ってきた剣が囚人兵の身体を貫いたのだ。
第二撃よりも音や衝撃が小さかったのは、剣自体の形状もさることながら、回転させるのではなく、まっすぐに振り落とすという投擲方法の違いゆえであろう。
いずれにせよ、人の身で為せることではない、とカティアは思った。
カティアの視界に映るのは、地上の混乱とは対照的に澄み渡った青空と、真下からでは上の様子をうかがい知ることもできない断崖絶壁である。
もし断崖の上に誰かが立っていれば、剣を落とすことくらいはできるだろう。だが、下から上の様子が見通せないということは、上から下の様子を見通すことも困難であるということだ。おそらく、上から見れば、今のカティアたちは豆粒程度の大きさにしか見えないはず。何を話しているのかも聞こえないだろう。
そんな状態で囚人兵のみを狙って剣を投じる、などという芸当が誰にできるのか。
なにより、この断崖はラウラ鉱山、つまりはヒルス山脈に直結している。へたに山中に踏み入れば、ラーラベルク兵に咎められることがわかっているので、地元の猟師も近づかないようなところだ。そんなところに二本も大剣を担いで登る物好きがいるはずがない。
だから、カティアは神様が助けてくれたのではないか、と考えたのである。
ぱらぱら、と断崖から小石が落下してくる。
いや、小石だけではなく、人の拳ほどもある石や土塊も降ってきた。
垂直に近い断崖から、間断なく落ちてくる石と土。それは巨大な落石か、さもなければ崖崩れの前兆のように思われたが、このとき、ひとりカティアだけはそれが落石でも崖崩れでもないことに気づいていた。
「…………うそ」
少女は呆然とその光景を見つめていた。
何かが崖をくだってくる。
はじめは豆粒ほどの大きさだった。ついで拳ほどの大きさになった。それは少しずつ形を大きくしていき、それにともなって輪郭がはっきりしてくる。
落石にしてはおかしい。四肢がある。
鹿にしてはおかしい。二本足で立っている。
人間にしてはおかしい。命綱もなしに断崖を滑り降りてくる人間なんて見たことがない。
少しでも体勢を崩せば、斜面を真っ逆さまに転げ落ちて地面に叩きつけられる。死は免れないだろう。
では、あれはやはり神様なのだろうか。その人影を見やりながら、カティアは呆然とそんなことを考える。
もちろん、その答えは間違っていた。
それは神様のように偉大な存在ではなかった。
高尚でもなければ、崇高でもない。
なにより、万人に向けた慈愛の心なぞ一片も持ち合わせていない、そんな存在であった。
人影が斜面を蹴って跳躍する。すでにおぼろげに顔の造作がわかるほどの距離であるとはいえ、それでもカティアからすれば身もすくむような高さから、宙空に躍り出る。
途中、とんぼを切る余裕さえ見せて、人影は落下してくる。
着地の場所に選んだのは、囚人兵の顔。
「ひゅぎッ――」
囚人兵の顔に音をたてて鉄靴がめり込んでいく。その衝撃で口から声ならぬ声がもれた。
落下してきた人体の衝撃をまともに受け、囚人兵の身体が「く」の字に折れまがった。それでもなお足りず、囚人兵の身体は人間には不可能なレベルで二つに折りたたまれてしまう。
次の瞬間、その場には背骨が砕ける音と頭蓋が割れる音、血肉が飛散する音、鉄靴が地面を踏みしめる音が同時に響き渡った。
表現しがたい音の連なりが不協和音を奏で、おさまりかけていた土煙が再び舞い上がっていく。
……土煙がおさまる頃、その場には囚人兵にかわって黒髪の青年が立っていた。
腕組みした青年の足元には、囚人兵が壊れた玩具のようになって横たわっている。鉄靴に踏みにじられた頭部は石榴のように砕け、中身が地面に飛び散っていたが、青年はそのことを気にする素振りも見せない。
青年は軽く自分の首に手をやると、状態をたしかめるように二度、三度とひねってから、周囲を見渡した。その視線が、一瞬、カティアのそれと重なりあう。
「ふん。公宮の様子といい、この場の有様といい、間に合ったとはとうてい言えないが――さりとて手遅れというわけではない、か」
言うや、青年はかすかに口角を吊り上げた。
悪辣と評しえる類の顔である。少なくとも、カティアにはそう思えた。
それでも不快や恐怖を感じることがなかったのは、囚人兵を討った行動もさることながら、ウルリッヒに対する嫌悪感がカティアの中で強すぎたせいであろう。ウルリッヒのそれにくらべれば、青年から感じる悪辣さなどスカートめくりが好きな悪ガキ程度のものである。
カティアがわりと身も蓋もないことを考えている間にも、事態は先へと進んでいた。
驚愕から立ち直った七人の囚人兵が奇声を張り上げて青年を取り囲む。
このとき、囚人たちはただしく判断していた。目の前の青年が誰であるかは知らず、敵であることは間違いない、と。
それに対し、青年は――
「手遅れでないのなら、後は誓約にしたがって力を尽くすのみ――イン・アストラ、参る」
淡々とそんな言葉を紡ぎながら、無造作に囚人兵との距離を詰める。
武器など持たぬまま、鎧など着けぬまま。
青年はカティアにとって絶望の象徴であった囚人兵に躍りかかっていった。




