天草流古武術
「自己暗示、それは自分に自分のこうありたいという姿を見せつけ、
それをまねようとすることである。」
――by,とある宗教家
あまねは相手に男に向かって中腰にかまえる。
そして接近して右正拳突きを放つ。
腕でガードされた。
ガードされた体制のまま前蹴りを近的に向かってはなつ。
これも膝を内に入れることで防がれた。
正拳突きから無理に蹴りにつなげたことで体勢が泳いでいるのをチャンスととらえ、
相手が胴に蹴りを放ってくる。
肘を下げて受け止める。だが威力が高かったためさらに体勢が泳ぐ。
それを見て相手はこれで決めようと体重移動によりかなり威力のある正拳突きを撃ってくる。
そして・・・・・男が倒れた。
「そこまでっ!」
師範が止めの合図を出すと数人があわてて倒れた男の様子を見に走る。
大丈夫かと聞く門下生たちに、男が上半身だけを起こして首を振る。
男に大きな異常はないようだ。
門下生の人たちは倒れた男を運んでいって道場の壁に寄りかからせる。
「今日はどうした?
最後の受け流しと肘打ちは見事だったがそれまでの試合運びが乱れておったぞ。」
師範が男に礼をしてから端の方に行って休んでいたあまねに言う。
「稽古中に気を散らして申し訳ありませんでした、師範。
しかしそんなにわかりやすかったですか?」
「わしをだれだと思っておる。これでも天草流古武術の師範じゃぞ。
門下生の調子も図れずして誰が師範か。」
師範が少し偉そうに言った。
「それもそうですね。」
「「・・・・・・・」」
沈黙が続く。
その沈黙が気まずいように師範が話し出す。
「そっそれで、何に気を取られていたのか話してはくれんのか?」
そう言われてあまねは少し考える。
「弟子たちが全員帰った後で師範が手合わせをしていただけるなら。」
そしてそう提案した。
「別にそれはいいのじゃが、
おぬしがわしと手合わせをして欲しいとはの。
わしが強すぎて変に力が入って身が崩れるといけないからと、断っておったではないか。」
師範は意外そうに言った。
師範は強すぎる相手との稽古をさせない。
強敵と戦った方が確かに強くなれる確率は高い。
ただそれと同時に弱くなる可能性もあるのだ。
強い敵と戦いとてもかなわないと自覚する。
そうなると強敵との戦いにおいて無意識の内に負けてしまうと思い込み、
自分にリミッターをかけてしまうことがあるのだ。
だから禁止している。
なので師範はこの一年誰とも手合わせをしてない。
何人かもう試合をしてもいいと思う者はいるのだが本人の希望でまだ試合をしてないのだ。
その中の筆頭があまねだった。つまりこの道場ではあまねは師範に次いで強い。
だから手合わせをすること自体はいいのだが、急に心変わりした理由は気になる。
「心変わりした理由も手合わせの後に言いますよ。」
あまねは分かってるという風に師範に言う。
師範はこのことが気になって弟子たちの指導が上の空だったためこの日は早めに道場を閉められた。
閉めた道場に残ってるふたり。
あまねはすぐに手合わせをせずにいったん荷物を取りに行く。
そしてカバンからアンティークのカギを取り出した。
「それであまねよ、何をするのだ?」
師範は不思議そうにあまねの行動を見ている。
それはそうだろう。手合わせをすると思ったらカバンからアンティークのカギを取り出したのだ。
「ただの自己暗示ですよ。
師範も教えてくれましたよね。」
この道場はあくまで実践的な武術を教えている。
しかし現代の平和にどっぷりとつかってる人に実践的な武術の技術を習得していても、
それを実践できるだけの強い心が備わっていない。
だから戦う前にある種の儀式をして戦意を高めたりというものを教えていた。
基本的なものはウォークライつまり雄たけびを上げるということだが、
自己暗示も確かに教えていた。
まああまねのは違うわけだが。
とにかく師範はそのあまねの言うことに納得した。
納得してあまねの自己暗示が終わるのを待つことにした。
「心のカギはいづこにか?
そは我の手の中に、そを使い我は開く
わが心はここに開放されたり。」
あまねの自己暗示が終わった。
「準備はできたか?」
「はい、待っていて頂いてありがとうございます、」
実践ならば暗示が終わるのを待たずに始まるのだから。
「よい、これはあくまで手合わせじゃからの。
とはいってもわしも本気で行くぞ。」
手合わせと言っても古武術だ。
天草流ではいかなる時も全力でというのがある。
だから手合わせといえども少し間違えば命の危険がある。
そして二人は向かい合った。




