災いを呼ぶ太刀
ああ・・・気持ち悪い・・・あああ・・・
朝から薫子はいつにもまして白い顔をしている・・
(昨日・・何したっけかなあ・・)
はっきり覚えてはいない。今朝鏡を見てびっくりした。
起きた自分を見て、家人達が皆笑っていたのはこれのせいだったのかと、ようやくわかったのだが・・
(そりゃ、笑うよね・・)
顔じゅうに墨で落書きしてある。これは何をしたのか?大急ぎで顔を洗いはしたが・・・
「ほう、眼が覚めたか?」
食事をしにゆけば、兄が難しい顔で嫌みたっぷりに声をかけてくる。
「申し訳ございませんでした。ご迷惑おかけいたしましたようで・・」
「迷惑掛けたことは覚えているのか?」
「しかとは・・覚えておりませぬが・・」
鮎女が運んできた食事を黙って、二人で食べていたが、ふっと気がついた。
「薫風丸がございませぬ。どういたしましたでしょう」
「あれはお吟に預けてある。まったく・・いくつになったのやら・・」
これを言われるのが一番つらい・・
「・・あの、姫さま、後で私がお吟さまのところへ行ってまいります」
「無用だ。鮎女、こ奴を甘やかすでない。己で行け。それからもうひとつ。頼子どのと言うたか?大層な武勇伝であったらしいな?」
「もう、お耳に入りましたか?いや、頼子さまお強いのです」
「あのな、頼子どのは基之が探していたお人だ。そのお人と何故お前が一緒にいた?しかも、男を蹴り飛ばしたそうではないか?」
心配そうに見ている鮎女に目配せをして薫子は深く頭を下げて、謝る風は見せた。
「兄さま、あの頼子さま、どういうお方です?」
「お前、それも知らずに遊んでいたのか?」
こくっとうなずいた薫子をあきれたような顔で見てから椀に注いだ白湯を飲み干す。
「あのお人はな、西国から参った水軍の長よ」
「水軍?!」
「なにやら、ごたごたしているらしくてな、お前くれぐれも首は突っ込むな
よ。よいな」
今回も釘を刺されたが、どうやら検非違使庁が動いているらしいことは分かった。
「まったく、手に負えぬ女子なぞお前一人で充分なのに、また増えるか?」
言い置いて検非違使庁へ出かけてゆく兄を見送ってから、自分も出るつもりであったが、それを老家人からきつく止められた。
「まだ、お顔の墨の跡が残っております!そのようなお顔で出歩くことはおやめくださいませ!たださえ縁談が無くなっておりますのに、これ以上はお控えいただかねば困ります!」
全力で阻止する構えの老家人には逆らえず、仕方なくあきらめかけた。
「姫さま、薫風丸は私が行ってまいります」
いつも鮎女は薫子の側近くに仕えてきた。鮎女にとっては自慢の姫さまであるのだ。その姫さまの大切にしている太刀は誰にも触れさせたくはない。
「いや、よい。一人で出歩くな。薫風丸は明日私が取りにゆくゆえ」
見るものが見ればあれが由緒ある太刀であることは見抜くだろう。
自分が持つ分には誰にも手は出させぬが、そうでなければ、災いが降りかかるかもしれない・・基之も、そう言っていたのではなかったか?
そう言って聞かせたのに、鮎女は知らぬ間に家を出てお吟の許へ向かっていた・・




