危険な男
お吟が止める間などなかった。そっちへ向かったと思った時には、もう男たちのうちの一人が、向こうへ蹴り飛ばされていたのだ。
それは女の後ろから首に手をかけようとしていた男だった。
「卑怯であろう!後ろから女の首に手をかけようなぞと!!」
どういう動きかは分からないが、薫子は女の体に触れさせることもなく横から蹴り飛ばしたのだ。驚いたのは続いて女がしたことだった。
右脚がすっと上がったと思ったら、そのまま水平にきれいに回って、正面の男の頭を、これもみごとに蹴り飛ばしたのだ。
「やってしもた・・」
お吟の声なぞ聞こえてはいない。女二人背中合わせになって、一触即発の事態になってしまった。男たちの数がどんどん増えてくる。
薫子の手が薫風丸に掛けられる。ここで抜けばそれこそただでは済まない。
少しずつ、間合いを詰められて二人が動こうした。そのときだった。
「やめよ・・たがか女二人に、これほどの男どもが眼の色変えて掛かってどうする?」
円の外から、穏やかと言ってもよいような声が響いた。
その声の主に向かって、まるで道ができるように男たちが二つに割れた。
「綺羅、お前さんの言葉だがその「たかが女二人が」大の男を蹴り飛ばしてくれたのよ。どうしてやろうか?」
「綺羅」と呼ばれた男はそこに転がって、呻いている男二人をちらりと見ただけで、鼻で笑う。こんな怪しげなところには似合わない男であった。
長い黒髪を肩から背に流し、異国風の衣装を着ている。それが何とも気品さえ見せるのだ。そう、きっと兼と並べても見劣りはしないだろう・・
「蹴り飛ばされるほうにも問題があろうが?見たところ二人とも美形だな。
このままひっつかまえて、売り飛ばしてもよいかもな・・」
さらっと、言いながら女二人を見比べ続けてお吟を見た。
「どこぞでみた顔よな・・」
お吟の恐れていたのはこの男である。見た目はちょっとそこらにいない種類の美形だが、ここを仕切っていると噂の男だったのだ。
「お前の連れか?」
うなづいたお吟に何かを納得したように笑いかけ
「よかろう、今回は貸しにしておいてやろう。ただしきっちりと返してもらうが、よいな?そこの女二人、名は?」
(今の世の中のように、個人情報ですとは言えない時代である)
仕方なく名乗るしかない。
「薫子」
「頼子」
聞いただけでおそらくは、ある程度名のある家の子だと知れるだろう。
薫子にして見れば相手が何者かわからない。
はっきり言ってしまえば「美形の男には毒がある」ということを、身をもって知っているだけに、胡散臭いのだ・・
が、今はとりあえずここを脱出することが先決だ。お吟は震えたままの鮎女の手を掴み、薫子は「頼子」と名乗った女の手を掴んで、崩れた包囲網から少しずつ、後ろ向きに離れようとした。
その間も、綺羅はどこか楽しげな顔をして四人を見送ったのである。




