心は君によりにしものを・・・
薫子の手元には「薫風丸」がある。
どれ程拭いても、磨きをかけても鮎女が掴んでいた指の跡は消えることがない。作り直すことも考えたがそれも気が進まなかった。
命がけで自分の処へかえしてくれた太刀を、そう簡単に作り直すことはできないものである。
自分の手にあることがこれほど危ういことなのだろうか?
これからもこんなことが起こるのだろうか?
「薫風丸」は災いを呼ぶのか?この優美な太刀が・・・
誰かの手に渡って災いを呼ぶのなら、自分の許にあることが一番ではないだろうか?この太刀を与えてくれた人は「守護太刀」であると言っていた。その通りに守っていてくれたものだったはずである。
(この太刀は決して、災いを呼ぶのではない。持つ人間を選ぶのだ・・あのお方もきっと守られていた。だったら、私のこともきっと守ってくれよう・・この太刀にふさわしいものであれば・・)
幾日も考えて出した答えを兄に告げた時、その人は
「そうか・・」
と一言だけを返してきた。
それを、お吟が聞いたとき、兼はあきらめたような話し方をした。
「仕方ないやないの・・大丈夫、薫風丸は薫子ちゃんを守ってくれる。あの子の手にあることが一番自然なんや・・」
「「如月の鬼姫」とやら呼ばれてもか?」
ここで、お吟がにまっと笑った顔を兼は忘れることはなかった・・
「なあ、天寿丸・・」
お吟がこの名で呼ぶときは碌な事がない・・
「薫子ちゃんさあ・・綺羅なんかどうえ?」
「はあ?」
「あの子なら、なまじっか藤原宗家やのうてもええのんちゃうか?奥向きに黙って飾られてるより、ずっと生き生き生きてけるえ」
「それは、何か・・基之のことを言っているのか?」
「それしかあれへん。どうよ?」
言うに事欠いて、兼の尻尾を踏んだがその程度のことでひるむお吟ではない。
「まあ、あんたの職務の立場言うのもあるかもしれへんけど、薫子ちゃんなら、、いでっ」
みなまで言い終わる前に、兼のゲンコツが頭に落ちた。
「あいつだけは許さん!!いつか俺の手で奴を捕縛してやるんだからな」
こののち、綺羅と名乗る高明とどのような付き合いになって行くのか・・
薫子を挟んで、藤原家の兄弟がどうかかわって行くのか・・
「誰に心寄せていかはるンやろねえ・・薫子ちゃん・・頼子さまかてそうやったやろ?誰かが詠まはった和歌があるやないの。「あづさゆみ ひけどひかねどむかしより こころはきみによりにしものを」・・って」
それは誰にもわからないことであった・・・
頼子の心が自分にあったのかどうか・・不思議な出会いと別れと・・
今頃は西国へ着いたころか?美しい女海賊の頭領の横顔が頭の片隅に残る
「あっ、頼子さまのこと思い出してるやろ。捕まえといたらよかったのに」
頼子の名が出て周囲にいる少年たちが各々勝手に思い出を話し始めて、収拾がつかなくなって行く。それらの話を兼は笑いながら聞いていた・・・
第二部これで終了いたします。以前は業平が好きではありませんでした。でもいつのころからか、その和歌が好きになりました。「月やあらん 春や昔のはるならん わが身ひとつはもとの身にして」(月があの時の月ではないというのか?春があの年の春と同じではないというのか?なぜ、あなたはい
ない?私だけがもとのままここにいるのに・・)そんな和歌を詠んだ人ですが、この「心は君に・・」の和歌もそうですが、歳を重ねるとわかってくるのだなと思います。ことほど、日本文化は奥が深い・・・
お読みいただいた方々、ありがとうございました。
第三部書くかどうか・・書きたいのですが・・ちょっと考えようかな・・・




