再び、泥棒市にて・・
鮎女が逝ってから十日余りが過ぎていた・・
薫子は心ここにあらずのままぼんやりとしていた。
屋敷にいてもふとしたはずみに、鮎女を呼んでしまう
(もう、わたしのそばにはおらぬのだな・・)
頭で理解しても感情はついてこない。十年そばにいて毎日見てきた顔がないことの喪失感は半端ではない。
「いつまでもそのような顔をしておっては、鮎女も浮かばれぬぞ・・」
立ち直りの早さが薫子のよい所だったはずなのに、相変わらずのボンヤリ気味でいるのを、この人は笑う・・
綺羅・・・藤原高明。
薫子は今、泥棒市の綺羅の許にいた。
屋敷にいれば家人たちがそれこそ腫れ物に触れるように、気を使い声さえ掛けることをためらっている。ただでさえ、静かな如月家はどん底状態が続いていた。それを案じたお吟が綺羅に掛け合ってここへ預けたのである。
当然兼は良い顔はしない。
「あやつは、危ない」
それが理由・・
「あんたかて、似たようなもんやないの」
その一言で押し切られて、ここへ預けられている。ここは相変わらず喧騒の巷で、落ち込んでいる薫子をここの連中は何故か誘いに来るのだ。
「まあな、生きてりゃ、いろんなことがあるさ・・」
「そう、人は皆死んでゆく。遅いか早いかだけでな。呼ばれれば行かにゃならん」
「あの娘は可愛かったからな、早くに呼ばれちまったのさ」
「俺らなんぞ見てみな、むさいのばかりだからな誰も呼ばれねえよ」
ここの連中は顔は怖いし態度も荒い、しかし、世の中の下の方に生きてきただけにどこか人生、達観しているようなところがある。
「まあ、焦って立ち直ろうなんて考えんじゃねえよ。ずーんと落ち込め。どん底まで落ちりゃいい。そしたら、這いあがれ。自分でな・・」
(そう・・だよね・・でも・・つらいなあ・・)
薫子の手元には鮎女が命と引き換えた「薫風丸」がある。
あの後、孝臣が基之の差配により四国のどこかへ流されたと聞いた。
しかし、鮎女の弟・小竹の行方は分かってはいない。自分を責めていた少年が気にかかりながらも、薫子は己の心のことだけで精一杯だったのだ。
兄に言われたことがある。
「「薫風丸」をどこぞの寺へ、寄進することも考えておけ」
・・と・・
その太刀を持つゆえにこの後もいらぬところで、血が流れるかもしれないと、兼は危惧していた。
抜いた「薫風丸」を見ていた薫子を綺羅は笑いながら見ていた。
「その太刀、お前に似合うな」
いつものように異国の服を身にまとう綺羅はさすがにあの基之の兄弟らしい端正な人である。
「あの兼がよくここへお前を寄越したものだな・・」
「兄さまも、お吟さんもあなたを信頼しておりますゆえ」
「いや、信頼なんてものはな、捨てるためにあるのだぞ。覚えておけ」
ここの騒々しさに少しずつ慣れてきたころに、薫子はそのことを聞いた・・
そう・・頼子のことを・・・




