薫子、激怒!
薫子が逆手に持ち替えた太刀が空を飛んだのを見た。
基之がその体を後ろから、つかまえて抱きしめた時には鈍い音が聞こえ、それは、今、木戸をくぐりぬけようとしていた孝臣を板戸に縫い付けたように見えた。
「・・は・・離して!!」
基之は腕の中で暴れる薫子を全身の力で抱きしめ封じ篭めようとした。
「離せ!離して!!」
「だめなのです!あなたがやってはいけないことなのです!!」
「わたしがやらねば、誰がやる!?」
「わたしと・・兼がやりましょう・・」
耳元で告げる言葉に薫子の動きが少し落ち着いた。
板戸に「薫風丸」で縫いつけられたように見えたが孝臣は生きている・・
その頭上わずかなところに、「薫風丸」は突き立っていたのだ。
あまりの恐怖であったのか、動けぬままにこちらを凝視している。
「わたしのせいなのだ・・鮎女がこんなことになったのは・・全部わたしのせいなのだ・・」
「違います・・そうではない・・鮎女は自分でそれを望んだのですよ。あなた以外のものがあの太刀を持つことが許せずに、あなただけに持っていてほしいと・・俺はそう思う・・」
そう言われても納得はできない・・・
「なぜ私ではなかったのだ?こんなことになるのは鮎女ではなく、このわたしであろう?それを・・奴らは、太刀も使えぬ女子に・・」
自分を抱きしめる基之の胸を両の手で押しやり、薫子は再びそっちへ向かって歩き出す。その怒りの大きさは基之の想像以上のものであった。
板戸に釘付け状態の孝臣の前に立った薫子の手が、「薫風丸」を引きぬく
と、その喉元に切先を押し当てる。喉元がすこし斬れたのか血が滲み始める。
「ならぬのです!薫子どの!!」
後ろから腕を掴み「薫風丸」をたたき落とし、再びその腕の中へ薫子を閉じ込めてしまう・・
「わが一族、藤原家の名に懸けてこ奴の処分は俺がやる。だから、頼むからあなたは手を汚さないでくれ・・」
薫子が自分の手を見ていた。血まみれであった・・それは鮎女の血である。板戸に背を預けたままの孝臣をしばらく見据えていた目から、ふっとそれまで浮かんでいた殺気に似たものが消えた・・たたき落とされた「薫風丸」を拾い兼を見る。離れたところに鮎女を抱きあげた兼がいる。
「・・・あにさま・・」
重心のどこか定まらない歩き方で、薫子は兼の許へ返って来た。
うんとうなずいた兼は痛ましい妹の姿に小さく首を横に振る。
「・・帰るか?」
頼子の側をすり抜けてゆく薫子はこちらを見ることがなかった。
その目にもう自分は映ってはいない。互いに笑いあった無邪気な薫子ではなくなっている。水軍の長に戻らなければならない、潮時を頼子は感じていた。




