命、かけて
この屋敷からつんざくような悲鳴が上がったのはその時であった。
「何だ?女のようだったが・・」
兼がその場から走りだしたのは、いやな予感がしたからである。
そのあとを基之と走るのが邪魔になるのか、一枚を脱ぎ捨てた頼子が追う。
どれ程の部屋数があるのかは分からないが、その奥まった部屋の一つで、兼の足が止まった。廊下に立ちすくみ部屋の中を凝視している、その横に並んだ基之も同じようにして立ちすくむ。
部屋中が血の海であった。その中に一人・・着ているものも、髪も、顔も。
血にまみれながら、這うようにしてどこかへ進もうとしている女とわかるもの・・
何かへ向けて伸ばす手の、手首から先が見えない・・
這って行こうとする先にあるのは、太刀、一振り。
「・・鮎女・・か?」
兼の呼び掛けも聞こえないのか、その血まみれの鮎女はただ、太刀に向かって這って行こうとしていた。
血だまりの中へ飛び込んだ兼はその体をゆっくりと抱き起こす。
ゆっくりと顔を上げた鮎女は自分を支え抱き上げたのが兼だとやっと気がついたようにして、笑った。その間にも鮎女の手首からは血が滴り落ちる・・
「・・かねるさま・・ひめさまの・・太刀を・・」
無造作に投げ出されているのは「薫風丸」。
その太刀をしっかりと握りしめているのは、鮎女の斬り離された手首のようだった。
その惨状を見ていた基之がここから逃げようとしていた数人の若者を誰何する。
「誰だ?!なにゆえに鮎女をこのような・・?」
多少具合の悪いことを見つかったという態度で、中から一人出てきた。
この屋敷の住人であり、どこか兼に似た貴公子・・・
「その女子馬鹿でございますよ。突然現れて、太刀を返せと言いつのるのです。さっさと離せばよいものを、いつまでも抱えておるゆえに、面倒臭くて
手首ごと斬り離してやりましたのさ」
笑い声さえ立てて言う孝臣に人ではないようなものを見た。
茫然としていた頼子が腰の後ろに隠していた小太刀を抜きそこへ走ろうとしたのを止めた基之は、庭先から現れた薫子の姿に驚く。
どうやら、裏木戸を蹴破って入って来たらしい薫子は肩で息をしながら、兼が抱き上げた血まみれの鮎女の側へ近づいた。
「鮎女・・薫子じゃ・・わかるか?・・」
自身の血で赤く染まった鮎女に小さな声で語りかける。
顔に張り付く髪を、兼の指が搔きあげてやるとうれしげに笑って見せる。
そして、薫子に向けて無くなったことに気がついてはいないのか、両手を合わせる仕草をした。
「・・こたけのこと・・おゆるしを・・」
「鮎女の馬鹿・・太刀一振りのためにそなたが何故・・」
部屋の隅に投げ出されているのは薫子の「薫風丸」
その太刀をしっかりと握っている、血まみれのものを薫子は見ていた。それが、鮎女の両の手首だと知った時、息をのみ、鋭い叫び声が口をついていた・・・




