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遠い昔の・・・


 鮎女が屋敷内にいないことに薫子が気付いたのはどのくらいたっていただろうか。

 何やら、兄と基之が隠密裏に動いているらしいことは知っていたが、鮎女が関わってしまうことまでは、考えてもいない。


「鮎女を見ませぬか?」


 家人たちに確認しながら屋敷中を探したが、その姿はない・・

 廊下にしばらくたたずんでいた薫子の視線の端に、庭先の植木の傍からだれかがこちらを窺っているのが見えた。


「小竹か?」

 逃げようとした少年を呼びとめて、素足のまま庭先へ飛び降り薫子は足早に近づいた。

「そなた、鮎女を知らぬか?屋敷内におらぬのだが・・」

 矢継ぎ早の問いかけに小竹は戸惑いながら、美しい人の顔を見上げ小さな声でこたえた。


「姉ちゃんは孝臣さまの処へ、姫さまの太刀を取り返しに行った・・」


 薫子の頭にはこのことを悩んでいた鮎女のことが浮かぶ。

 だからと言って、あんな奴らの処へ一人で乗り込んだのか?

「鮎女の馬鹿!!勇気と無謀は違うぞ!!」

 薫子がいつも兼から言われることである。それはそっくりそのまま兼に返せることでもあるのだが・・

「小竹、案内せよ!すぐに行く!!」


 家人たちの止める声さえ聞かずに薫子は少年のような姿で、小竹に案内されその屋敷を目指した。


 それより少し早く、藤原公孝邸を訪れた二人連れがいた。

 公孝卿はどういう素性かわからない美しい人と話している最中に、その二人が案内も乞わずにこの部屋へ現れたことに、困惑している。

「お早いな、ばばさま・・」

 頼子がいることを基之も兼も不思議とは思っていない。

「問うてもおふた方は教えては下さらぬゆえ」

 兼の顔を見るのはずいぶんと久しぶりのような気がする。相変わらずどこまでも涼しげな雰囲気のある美しい男だなと、頼子は思ったが、しかし、この人はあのあと後朝の文さえよこさなかった、「薄情者」である。


「なんですかな?こちらのお方ばかりか、基之どのまでが当家に押し掛けるとは・・」

「色々と問いただしたきことがありますので・・これはわが友で、検非違使長官・如月 兼。名は御存じでありましょう?」


 知らぬわけがない・・若いが切れ者、その呼び名が「桜花少将」とは巷で名高い。それがこの男かと・・

「公孝卿、俺が来た意味はお分かりか?そこな、水軍の長どのより聞かれたであろう?」

「水軍の長・・?」

 素知らぬ顔をして横を向いたままの頼子がちらっと公孝卿を見る。

 その目は、貴族の姫の目ではない。

「命まで取ろうとは言わぬ・・警告だけはしてやったゆえ、こののちは基之どのがしっかり目を光らせておることだな」

 その物言いがいかにも人を指図し慣れていて、しかも、この基之でさえ一目置く様子に、公孝卿は不安な思いに駆られた。

「一体どういうお人か?」

「まだ、お気がつかれぬか?・・名は頼子どのと申される・・」


「・・頼子・・?」

 遠い所へおいやっていた記憶の淵からそれを拾いあげる。

「あの、頼子か?」

「ようやく思い出されましたか・・お久しゅう・・」

 気の毒なくらいにうろたえる公孝卿を、頼子は冷ややかな目で見ていた・・


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