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獲物は、兼(かねる)


口が堅いのは職務もあるだろう・・しかし、基之も兼もこうまで何も教えてくれないのは腹が立つ。自分を追ってきた水軍の配下達をあちこち走らせては情報収集しているが、とにかく勝手の違う都人である。何かを知ろうとすれば必ず何かを要求される。


(腹立つなあ・・どこの奴が水軍の上前はねようなぞと考えるか?)

 これが都人と言われればあきらめるしかないのかもしれないが・・

 一筋縄ではゆかない。それを思い知らされるばかりの毎日が過ぎてゆく。


(余りやりたくはないけれど・・仕方ないな・・)

 頼子は策を弄することにした。獲物は兼であった。

 その餌は、当然ながら薫子である。

 検非違使であればおそらくたいていのことは知っているだろう。そこから知ろうとするには並大抵のことでは無理である・・だから、餌・・・


 その餌、ではなく薫子を呼び出したのはあの泥棒市であった。

 いつものように水干姿で、薫風丸を手にして現れた薫子は何も疑ってはいない。その姿を確認したのは綺羅である。


「ばばさま、それはまずい!読み間違えれば、ただでは済まぬ相手ぞ」

「わかっている。そなたに迷惑はかけぬゆえ、二、三日薫子さまを預かってもらいたいだけだ」

「迷惑掛かりっぱなしです!」

「そなた、何か?わたくしの言うことが聞けぬとでも・・?」

 

 突っぱねることもできるのに、何故か綺羅はそれを受けた。

「のう、綺羅どの。ここでわたくしに貸しを作っておくのもよいとは思わぬか?」

 頼子はそう言って、にっこり笑ったのである。

(とんでもない女だな。こいつ・・)

 やはり水軍の長はただものではない。


「交渉成立。ただし、薫子さまには指一本触れてはならぬぞ。もし何かあった時は、兼さまではなくわたくしがそなたの首を飛ばしてやる故な」

 釘をさすことも忘れはしなかった。


 そして、今、薫子はこうして綺羅の許に留め置かれることになっている。


「わたくしがここに居ることは構いませぬが、兄さまを怒らせる事だけはお避けになられたほうがよろしいかと思いまする」

「はい、そう思っております。なれど、これはもう水軍の手に余っておりまする。都のことはやはりそれなりのお方に問うのが一番かと・・」

「何かはわかりませぬが、それは正しゅうございましょう。ただ、あの兄でございますゆえお気を付けくださいませ・・」

 

 聞いている綺羅にはどっちもどっちだとしか思えない。検非違使を脅そうと言う女と、曲者だらけの泥棒市に残る女と。


「怖いな・・女は・・」


 そんな綺羅の言葉に笑顔を返して、頼子は帰って行った。


「薫子は俺が怖くはないのか?」

「さて、まだわかりませぬ・・碌でもないことをお考えであれば、それなりの対応をいたしますが・・」

 そうだった。初めて会った日この姫は男を蹴り飛ばしたのだ。

「おもしろい姫だな、そなた・・気に入りそうだ・・」

 良家の姫君はよく見るがこのような生き生きした姫を見たことはない。

 知らずに人を惑わせる・・薫子という人間の持つそれは魅力でもあり危うさでもあったのだ。

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