兼と綺羅と
「泥棒市」に現れた三人をたむろする怪しげな男たちがちらちらと、様子を窺っている。
水干姿の兼と頼子、一応それなりの格好の基之。どこかにお姫様の雰囲気を残す頼子の視線は男たちをもたじろがせるところがあるように見えた。
(ほう・・たいしたものだな・・さすがに水軍の長は伊達ではないというところか・・)
自分に注がれる視線よりも兼にはそっちの方が気になっている。
どちらかと言えば、男二人従えて悠然と歩く姿は異様なほどの威厳さえ感じられる。
「頼子どの、ここだ」
兼が告げた綺羅のいる小屋の前でも頼子は躊躇せず、莚をめくった。
中にいた綺羅が嫌そうな視線で三人を迎える。今日は綺羅一人であった。
「聞きたいことがあってきたのです」
「俺は何も答えぬが・・泥棒市に出てくるものの出どころなぞ、聞く方が間違っている」
「わかっている。しかし、ここに出ている品は我らが命と引き換えにしてあがなってきているものだ。それを横流ししようなぞとは許せぬのさ」
それは水軍の長として当然の言い分である。
「頼子どのの言い分、わからぬでもないが、信義にもとるようなことはできぬ。俺がここを束ねている以上できぬことはできぬ」
綺羅こと、藤原高明である。
基之の兄弟と言っていたが、正しくは異母兄弟である。正室の子である基之と側室の子である高明では同じように育ってきたものの、どこかに引け目はあったのだろう、いつとはなしに家を出ていつの間にかこうなっていたのだ。
「だいたいなあ、泥棒市に検非違使なぞ連れてくるか?」
先だってからの付き合いだが、兼の正体はすでに知るところであるらしい
「どう見たってお前、普通じゃないだろうが?検非違使の格好か?」
「格好で捕りものをやるわけではないのでな」
シレっと言い返す兼は眼の端で頼子が部屋の隅に置いてある葛籠に、さりげなく近づいて行くのを見ていた。
「みっけた!!」
その葛籠のふたを思い切り開けた頼子の口から出た声に驚いたのは三人だった。
「だめです!頼子どの!!」
と言いつつ、基之は同じようにして葛籠の中を覗き込んでいた。
とっさに、綺羅は太刀を掴む。その前に立ちふさがったのは兼。
「ああ、こんなにたくさん夜光杯がある・・」
覗き込んだ中には一つ二つではない数の夜光杯が並んでいた。
兼と綺羅と・・
双方、太刀は構えていても斬りあうつもりはない。綺羅にしてみれば相手は水軍の長である。斬り捨てることは簡単だがそのあと、どれ程面倒になるか、承知している・・ましてや、この検非違使である。かなりの使い手であることは先だってから知っている。
「いやな奴だな」
「お互いさま」
仕方なく綺羅はそれだけは教えてくれた。
「それを持ち込んできたのは藤原家の一族だ。まだ年若い奴だがなんでも親が西国のどこやらの国司であったとかで、繋がっているそうな・・だがばれたらしくて、もうこれで終わりだとかだった・・今度は珍しい太刀を手に入れるゆえとか言っていた」
それを聞いて、基之の頭に何か引っかかった。
「頼子どの、馬鹿なことをせずにさっさと西国へお帰りになられたらよい。このような所はあなたにはふさわしくない」
夜光杯をひとつ、頼子に手渡して綺羅は言った。
美しき水軍の長は、何もかも違うおそらく人間としてのいやなものをたくさん見ることになるだろう・・この都と言うところは・・
帰り際に綺羅は基之の腕を掴んだ。
「基之、間違ってもばばさまに傷を負わせるなよ。水軍と戦にはなりたくないからな」
「水軍よりも、一族内でのいざこざになるやもしれぬ」
一族の中でごたごたが起きることは結構ある話だ。それが、今度は水軍がらみのことになろうとしている。これは基之の管轄外のことである。
外で兼に夜光杯を見せながら何かを話している頼子はどこか楽しそうで、年相応の人に見える。それを見ながら基之はその人の行く末を案じてもいた・・・




