天使の言い分、堕天使の願い
「カエを幸せにしてあげましょうか」
全身に白を纏った女は言った。
「誰だ!」
ヨキは驚いた。誰もいないことを確認して狩猟小屋に入ったにもかかわらず、突然目の前に女が現れたのだ。
「怪しむことはないわ。私は天の御使い」
女は背中から真っ白な翼をぱっと出した。
「どうやって。カエはもうすぐ死ぬんだ」
ヨキは人から翼が生えるという奇想天外な出来事にすんなりと天使の存在を認めた。
『人から翼が生えることは見ることがもう叶わないが、天使たちはその翼によって人々を見守るのだろうと』まったく覚えのない誰かの言葉がヨキの頭に甦った。その考えは人間としての常識を覆す。誰ともわからない男の声がした。そして、その男の意識がふわりと浮きあがるのを感じて、わけもなく慌てると、その不思議な感覚は消えた。
「あなたが考えるのよ。あなたがカエのために何ができるのか。私はそれを見守り、手助けができるだけ」
女は他人事なのに、まるで子どもの安全を心底心配する母のように真剣な目でヨキを見た。
「では、俺の命をカエに半分やることはできるのか」
なぜ天使がヨキの願いを叶えるためにやって来たかを深く考えずに、最善と思われる選択肢を選んだ。
「えぇ、できるわよ」
安堵しつつも、避けられない答えを得たことに天使の心はざわついていた。
「では、そうしてくれ」
一も二もなくヨキは願った。しかし、女は無情に言った。
「あなたが条件を満たせれば可能よ」
「つまり、できないということか」
ヨキは呆然とした。突然現れ、奇跡でも起こしてくれるかのように思われた天使が、実は本気でヨキの願いを叶えようとしないことに肩透かしを食らった気分だった。
「その通り。言ったでしょう。私ができることは、見守り、手助けをすることだけ」
ヨキの不満などお見通しとでも言うように女は笑った。
「では、どうすればいい」
「時が来れば分かるわ。それまではカエの側にいなさい。なるべく彼女を一人にないようにすればいいわ。今頃、彼女の元には悪魔がやって来て彼女の余命を奪おうとしているから」
かつてのパートナーが自分以外の女を愛し、そのために死ぬことを知った。居ても立っても居られず地上に降りてきてしまった。その行動は後悔していない。
でも、ふと思う。私が地上に降りずに、何も知らずに、幸せだけを味わっているままでも良かったのではないかと。