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「諸君、静かにしたまえ」


数多くのプレイヤーたちが声がするほうへ視線を向け、耳を傾ける。


「諸君はすでにログアウトボタンが無いことに気付いているだろう」


直後、数百メートル上空を赤い正方形の模様で埋め尽くされていく。

目を食いしばれば、(Warning)と(System Announce)と言う単語が交互パターンで見て取れる。

ああ、運営のアナウンスがあるのか。俺は肩の力を抜き、その放送を聞くことにした。どうやら、考えてることはみんなも同じらしい。広場のざわめきが一蹴して静かになり、皆が耳をそば立てた。

そして、人型が形成された。

真っ赤に染め上げられたパターン中央部分から、赤い片栗粉を溶かしたようなものがゆっくりと落ち、空中で静止する。

形を変えて現れたのはビルのように大きな巨人。だが、巨人とは言いがたい。痩躯なフードを被った怪物が正しいかもしれない。トラブルで表示できないのか、それともただめんどくさいだけなのか、それとも雰囲気を出したいからなのか分からないが―――肉体という肉体が存在しなかった。見える範囲、つまり頭部と脚部は空虚な空間だった。

「あれってGMゲームマスター?」「そうじゃねぇの、このタイミングだしな」「おそらく何らかのトラブルで肉体を映せないんだろう。今僕たちがこうなっているように」などと言うささやきが聞こえてくる。


「しかしそれは不具合でもバグでも、ましてやサイバー攻撃でもない。念のため繰り返して言うが、これは不具合でもなんでもなく、このゲーム《エンドレス・ラビリンス》の本来の設計通り、言うならば仕様である」

「し・・・、仕様、でありますか」


顔がないのに口が開いた・・・そういう気がする。口があり、話していると錯覚させたその言葉で隣でアルが口を零した。


「諸君は今後、この果てしなき塔の頂まで上り詰めるまで自発的にログアウトすることは出来ない」


GMと思われる男はそう断言した。

この・・・果てしなき・・・塔?それは一体どこにあるというのだ。正確にはある。そのときにはすぐには理解できなかっただけで、その塔はある。

そんな戸惑いも一瞬で薙ぎ払われる。


「なぜなら、本ゲーム機を停止、破壊などが外部の手により行われた場合、諸君の脳を破壊するからだ」


俺とアルはお互い顔を見合わせ続けた。

理解したくない。脳がその言葉を無視しようとする。あの男が言うのが本当ならば―――脳を破壊するのならば、

ここにいるプレイヤーが、俺たちが、死ぬ。

相手から見れば殺す。こちらから見れば死ぬ。

あの始めるときにつけたヘルメットの電源を切ったり、頭から外そうものなら、装着中ユーザは死ぬ。そうしたら殺す、そう宣言したのだ。

ざわざわとあちこちでざわめき声が聞こえる。叫んだり、暴れたりしているものはさすがにいなかった。おそらく、さっきの宣言を理解できなかった、もしくは理解を脳が拒んでいる。それか先ほどの宣言を否定しているからだろう。


「さっきの話はどうなんです!?ウソですよね、ただのゲーム機で脳を破壊することなんて出来ないですよね、ユート!」


アルのかすれた叫び声を聞き、現実に戻る。ゲーム一機で脳を破壊する。それが可能なのか?


「ごめんな、アル。正直に言えば、ありすぎる」

「っ!?」


アルの息をつめた声は、心の奥底の叫び声のようだった。

そう、ヘルメットの大きさ調節器をいじくれるのなら頭部を圧迫して頭蓋骨を破壊し、骨を脳に突き刺す。他にも、大量の電気があればの話だが電気ショック、マイクロウェーブまだまだある。


「ありえそうなのは、電気ショックかマイクロウェーブと言ったとこだ。殺傷確率的にはマイクロウェーブが高いか。でもそんなに電力供給できるのか?頭部電子レンジ、理論上は可能。でも瞬間的に脳を焼き殺すような威力を持つマイクロウェーブを出すためにはおそらく電源コード無しでは無理なはずだ。それこそとびっきりのバッテリーがない限りな」

「残念ながら・・・それは存在するです・・・。機械本体の半分近くはバッテリーと言われてるです。それも大容量のです」

「自問自答になっちまったか。けれど分かったことが一つ」


俺たち二人は上を見上げた。視線の先には肉体がない男の姿。


「本当に俺たちを殺せる。製作者達は」


認めたくなかった。けれど認めてしまった。もう分かってたことだ。理解するのが速いか遅いか、ただそれだけ。

けれど、その規模の大きさに圧倒され、息を呑む。

今は、およそ2万5千ものプレイヤーがこの世界に閉じ込められた。


「諸君には今の《エンドレス・ラビリンス》を攻略してもらう。しかし、十分に注意してもらいたいことがある。ここ、《エンドレス・ラビリンス》内においてHPがゼロになった瞬間、諸君のキャラは永久消滅し、これもまた脳を破壊する」


単調と告げられたその台詞を疑わずに、鵜呑みにした俺は激怒した。


「こんなもの、ゲームでもなんでもないだろうが」


騒いでも意味がない。怒気を露わにし、淡々と述べた。

俺は視界の隅に移るものに目を向ける。49/49という数字に。

あいつが言うにはHPは自らの命の残量を数値化したものである。

この数字が0になったとたんに、この世界と元の世界。両方の世界から永久追放される。

確かにこれはゲームである。しかし、本物の命をかけた遊戯。デスゲーム。

あの人気カードゲームアニメとはちょっと違うだけで、最後は全く一緒。相手が勝つか自分が勝つか。モンスターが勝つか自分が勝つか。ただそれだけを、結果を求めている。例えその間に何があってもいいと言うことだろう。


「そして、もうすでに第三者による強制的切断および戦闘中の死亡により残念ながら百七十五人のプレイヤーが《エンドレス・ラビリンス》および現実世界から永久追放している」


どこかで、か細い悲鳴が上がる。伝染はしなかった。周囲のプレイヤーの過半数が信じられないとばかしに、ぽかんと口を開け放心したり、またはばかばかしいとばかしに鼻で笑うものもいた。

すでにもう、約百八十ものプレイヤーが。

かなりの大事故に匹敵する、二百人に迫る人間がもうこの時点で死んでいると言うのか?

もしかしたら、顔知ったやつがいるかもしれない。キャラネームを知ったやつがいるかもしれない。そういうやつらも、死んだと言ったのか。このGMは。


俺は、たった一ヶ月間のβテストで何回死んだ?自らの心に問いてみる。答えは十を超える。

モンスターとの馴れない戦闘で斬り殺された。モンスターに囲まれリンチを食らった。単独でボスに突っ込み、無残に砕け散った。そのたびに、蘇生する

RPGというのはそういうものだ。何度も何度も全滅されられて、学習し、完全に理解し、プレイヤースキルを鍛えていく。そして攻略するものだ。そういう攻略の前提が覆されている?一度の失敗が、本物の命まで及ぶと?そのうえ・・・クリアするまでセーブもリセットはおろか、ゲームを止められないだと?


「・・・ふざけてんじゃねぇよ」


俺は小さくうめく。

今まで何も知らなければ、このまま冒険が続いていただろう。しかし、死んだら現実でも死ぬと言われて誰がフィールドの外に出て行く。俺は先ほどの毒によって死にそうになった。今の話の百七十六番目にはいるところだった。普通のプレイヤーの大部分が安全な街区にこもるだろう。

しかし、それを許そうとしなかった。


「諸君のゲームから開放条件はたった一つだ。先ほども述べたように、《エンドレス・ラビリンス》の頂上にたどり着き、最上階に存在するボスを倒しクリアするだけ。そうすれば、生き残った諸君をひとり残さずログアウトさせ、現実に戻らせることを誓おう」


俺は今、理解した。先ほどこの男が言っていた果てしなき塔の頂まで上り詰めるということは、《エンドレス・ラビリンス》を攻略し、クリアすることを意味していたのだ。

俺はいったん視界を男から外し、遠くにぼんやりと映り続ける影を見た。

天を貫くかのように直立し続ける、鉄の塊。いくつもいくつもミルフィーユのように重なり、層を作り上げている。

一つ一つの層を結ぶ一本の柱は全て、今は危険地帯と化したモンスターの巣窟である迷宮の奥のボスフロアの奥に存在する。層数は確かエンドレスの名にふさわしい『三百層』。今俺たちがいるここの層を抜いても、あと二百九十九層存在する。


「クリアです!?そんなの無理に決まってるのです!分かってるんですか!私達βテスターですら、たったの全体の一パーセントしかクリアしてないんですよ!」


アルの言葉に、間違いはない。攻略サイトなどでもそう書かれてある。一ヶ月の間でクリアされたのは全体の約一パーセントである四層。しかも四層のボスまでサイトに乗る上では行けてないときたものだ。

さあ、今の状況はいかなるものか。二万五千人満たない数でどれくらいクリアまでに時間がかかるのだろうか。実際は恐さに行動しなくなるものがいるだろうから、ガクっと戦力ががた落ちする。まあ、戦う意思のないものに剣を持たせても意味ないのだが。

答えが出せないほどの途方にくれるような時間がかかることは間違いない。張り詰めた静寂が流れ続け、やがてどよめきに変わる。

おそらく、これが『本当の死迫る危機』なのか、それとも『オープニングの過剰演出』、ウッソでーすと言うのが待っているのかどうかのせめぎ合いで脳内が混沌し、判断できてないだけだ。

俺は、キッっと空浮く巨人男を睨みつけ、認識をスムーズに改変して行く。

俺は、俺たちは二度とログアウトできず、現実に戻されることが許されない。それが可能になるのは、いつか誰とも分からぬ未来の先の、何者かがラスボスに最後の一太刀を入れたときだけ。しかし、それまでにHP(グラフ化した命)が尽き、ゼロになれば―――死ぬ。無抵抗のまま、脳を破壊される。そして、未来を失う。


「現実なのか。今は、仮想現実などのやわなものではなく、パラレルワールドにも似た、もう一つの現実だ」


危機感が俺の頭をフル活動させる。まずは生きていく上で何を、どうし、動かし、進めるか。冴えた頭が一つの道を形成して行く。分岐して行くルートを厳選し、安全かつ効率のいいルートを導き出した。


「では諸君、健闘を祈る。最後に一つ。これは誘拐でも、テロでもなんでもない。ただの私の好奇心だ。君達がこの状況下に置かれてのどういう判断をするかと言うものを調べるためだけだ」


そして、あれほどまで大きいあの男は、大規模に何も行わず音すら立てずに虚空へとむなしく散っていった。

そして

―――世界を震わすような様々な圧倒的ボリュームの悲鳴の多重奏がビリビリと町を震撼された。


「どういうことだよ!出せ!出せって言ってんだろ!」

「なんなんだよ、これは!ウソだろ!」

「帰してよ!ここから家に帰してよぉおお!」

「これじゃ困るのよ!この後に約束があるんだから!」


各自の負の感情と共に吐き出された思いはGMに届くことは無かった。

俺は阿鼻叫喚の大悲鳴を聞いているたびに、徐々に徐々にと頭が冷え、冷静になってくる。目が醒めた。


「おい、アル。話があるから来い」


アルの細腕を掴み、荒れ狂うような人垣の波を超え、早歩きで駆け抜ける。

幸い、この地獄と化した空間からは逃げられやすい範囲内にいたようだ。人の輪を抜け、暗い街路の一本道に入る。人影は見えない。俺はそれを確認すると、アルを開放し、真剣な声で話しかけた。


「いいか、アル。俺はここの街を去り、次の町を拠点とし、成長したら《エンドレス・ラビリンス》に手を出すつもりだ」


ふざけは抜きの俺の声にひとつうなずくアル。目のふちは涙で濡れていた。


「この世界で生き抜くためには、経験値、装備品、情報量などのものが必要となる。アイテムは無限に変える。けれど経験値はそうはいかない。一体のモンスターが再出現リポップするまでの時間は約一日前後だ。ここのゴブリンたちは一匹残さず狩り尽され、間違いなく枯渇する。俺はこのあたりでのユニークモンスターや集団モンスターの出現地域を把握している。一次職に移行した俺たちなら安全に狩りが出来る」


サイトを見たり、ちまちまマッピングして手に入れた情報を口うるさくなるほどまで入れ込み、その台詞をアルは身震いせずに聞き終える。しかし、返ってきた答えは、予想を裏返すものだった。


「無理です」

「どうしてだ?」


あっさりと帰ってきた拒絶の声。何をためらっているのだろうか。


「ためらっているのはユートの方です」

「・・・・・・」

「騙そうたって無駄です。ユートの思い描いた道は、一人なのですよね?」


そうだ。一番効率のいいルートは一人で挑むこと、ようするにソロプレイである。

経験値はそのまま100%手に入る。アイテムゲット時に乱闘にならない。当然異常状態にかかるだけで脅威(その性で死にそうになった)だ。麻痺ったらフルボッコ。睡眠での二倍ダメージが恐すぎる。毒での継続ダメージ。一つ一つが命に関わるものばかりだ。しかし、メリットも馬鹿に出来ないほど大きいため、その上俺はレアアイテムが手に入りやすいので、苦戦することは無い。俺から言わせれば最高のルートはソロ一択なのだ。


「なんで私を連れて行こうとしたのです?」

「仲いい子が泣いててほっといて終えるかってことだ」

「・・・それが私と」

「そういうことだ」

「いいです。これ以上お世話になることは出来ないのです。範囲魔法とこの杖、これ二つで数千もしくは数万するかもしれないのです。気にせず行ってください。次の目的地《エンドレス・ラビリンス》へ」

「・・・・・・」


黙りこくったまま、俺は数秒間、強烈な葛藤に襲われた。そしてかすれた声で言った。


「・・・そっか」


俺はうなずき、システムウインドウを開いた。


「フレンド登録をしておこう。なにかあったらメールを飛ばしてくれ。俺はおそらく、篭もりがちな生活をするだろうから」

「了解なのです」


フレンド登録には念話の機能がある。念話はテレパシーのようなものであり、慣れるまではちょっと気持ち悪い感じがするが、慣れてからはすんなり出来る。


『あー、あー。大丈夫だな』

『こちらも大丈夫そうです』


念話がお互いにすぐに出来た。これなら問題ない。


「じゃあ、ここで分かれるか。また会うときには、もっとレベル上げてびっくりさせてやるからな」

「分かったのです」


俺は一歩下がると、後ろを向いた。目指すは迷宮、《エンドレス・ラビリンス》だ。次の狩場となるであろう方向だ。


「じゃーな」

「またなのです」


俺たちはお互いに手を振って、別れのあいさつを交わす。この世界での、初めての友人に背を向けてひたすら走り続ける。

振り返っても、もう誰の姿も見えなかった。

胸をえぐるような感情を歯を食いしばり、俺は町の外に駆け出した。


再び見ることになる森と草の緑。それらを向こうに堂々と待ち構える巨塔。果てしなき孤独なサバイバルへと向かい走り続ける。


「ッ!」


目の前の道に立ちふさがる、狼の姿をとったモンスター。


「うおおおおお―――ッ!邪魔だぁああああああ―――ッ!」


剣スキル発動。

流麗なフォルムを取り、そのまま抜刀し、剣を脳天めがけて振り下ろす。

狼系モンスターを一撃において斬り殺した。


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