第1章 魔法遣い養成学校 No.9
「ルー!」
「ルー、何処だ!」
声を限りに叫びながら、森の中を飛び回る。けれど、いくら探しても、褐色の髪の友は見付からなかった。
空からの探索を断念し、二人揃って、地面に舞い降りる。
足が地面に着いた途端、リオの躰が、その場に崩れた。
「まさか、森に囚われたんじゃ……」
その細い腕を、アルフがしっかりと掴まえた。
「大丈夫だ。光が茜に染まるには、まだ早い」
リオは片膝をつき、強い力で躰を支えてくれる友の顔を見上げた。
「うん、そうだよね」コクリと頷く。白い頬に、僅かに血の気が戻った。
力強い腕に縋るように立ち上がり、褐色の髪の友を探そうと一歩を踏み出す。
その時、二人の眼に同時に、こちらに向かって真っ直ぐに駆けてくるルーの姿が飛び込んだ。
「ルー!」
「何かあったのか?」
叫びながら駆け出す二人。だが、直ぐに足が止まる。
この距離で確認出来る範囲、どう見てもルーは笑っている。しかも、それは、満面の笑みというヤツで、両腕を広げて駆け寄ってくるのだ。
二人は呆然と顔を見合わせた。
「リオ! アルフぅ!」ルーが二人に飛び付く。「来て! ボクね、すっごいもの見付けちゃったんだよ!」
唖然とする二人。
その様子に気付くことすらなく、ルーは彼等の両手を引いて、森の奥へと進んでいった。
引っ張られながら、再び眼を合わせた二人。
何もなかったのだから、これ以上に良いことは無い。
互いの眼がそう語っている。僅かに苦笑いを浮かべ、二人は素直にルーの案内に従った。
深い茂みを抜け、暫く歩く。
すると、突如、眼前に広々とした草原が開けた。
リオとアルフは一旦顔を見合わせ、次いで、一変した周囲の風景を見渡した。
そこには、惜し気も無いほどに木漏れ陽が溢れ、森に抱かれ、護られるように、少し古ぼけた丸太小屋が、ひっそりと建っていた。風が吹く度、丸太小屋の屋根に落ち掛かる陽の光が、ゆらゆらと揺れた。
何処か近くにあるものか、清涼なせせらぎの音が、耳に心地よく響く。
リオは手の甲で眼を擦ってみたが、夢ではなかった。
「これは……?」
ルーは、リオとアルフの反応に満足そうに笑った。
「綺麗な家だと思わない?」
その問いに、リオが素直に頷く。
「うん。……素敵だね」
「アルフは?」振り返り、黒髪の友に問うルー。
「ああ。……いいな」
「えへへ……」ルーは後手に手を組み、嬉し気に笑った。西の方向を指で示す。「学校は、あっちなんだけどね、ここから、そんなに遠くないんだよ」
そして、重大発表をするように声を落とし、二人の顔を覗き込みながら言った。
「ねえ、リオ、アルフ。ボク達さ、学校の寮を出て、三人で、ここで暮らさない? ね?」
突然の、しかも予想外の話だ。
リオは、ただ眼を丸くするばかり。言葉が見付からなかった。
けれど、アルフは違っていた。我が意を得たとばかりに大きく頷く。
「……それ、いいな」
「アルフ!」リオが黒髪の友を見遣る。
しかし、アルフはといえば、既にルーと組んでリオを説得する体制。リオの正面に立ち、彼の両肩に手をかけると、その不安気な顔を真っ直ぐに見下ろした。
「なあ、リオ、そうしようぜ」
こういう時の決断の素早さに関して、アルフは折り紙付きだ。
しかし……。
「待ってよ、アルフ、ルーも」リオは必死に抗議した。こう見えて、この二人は結構気が合う上に、意気投合すると止まらないのだ。「僕達は、魔法遣い養成学校の生徒なんだよ。養成学校は、原則として寮に入ることが決まりで……」
何とか思い止まらせようと言葉を探す。けれど、もう無駄なようだ。
「原則だろ? 絶対なわけじゃない」
アルフが言えば、ルーが頷く。
「そうだよぉ」
「でも……」言い淀むリオ。
胸の前で腕を組み、アルフが言った。
「俺達三人とも、親無しだろ? ルリアで親無しが三人も揃うなんて、魔法以上の奇跡だよ。絶対、偶然なんかじゃないって。だからさ、俺達は一緒にいるべきだと、俺は思う。だから……」息を吸い込む。「俺達、三人で暮らそうぜ」
自身たっぷりに、そう言い切るアルフの顔を、リオは言葉も無く、ただ唖然と見つめることしか出来なかった。
確かにアルフの言うことにも一理ある。
「それにね、このまま寮にいたら、僕達に親がいないってこと、何時か、みんなに解っちゃうよ。同情されるのは嫌だから内緒にしておこうって、リオ、言ったじゃない」
リオの腕にそっと腕を絡めながら、ルーが言う。
リオは困惑の表情でアルフとルーの顔を交互に見比べた。しかし、その実、自分でも驚くほど、興奮に胸が高鳴っていることに気付いていてもいた。
「家の中に入ってみようよ」
ルーがリオの腕を引く。けれど、リオは躊躇し、その場から動こうとはしなかった。
「ダメだよ、ルー。この家、誰のものか解らないんだよ。今だって住んでる人がいるかもしれない。それを調べないうちに、僕等が住むかどうかなんて……」
「それなら、平気みたいだよぉ。この森に住む鳥達に訊いてみたんだけど、もうずっと、誰も来てないんだってさ」
「でも、今は住んでいなくても、誰かの持ち物かもしれないし……」
こうなると、これ以上、ルーがリオを説得するのは不可能だ。勝ち目は無い。とうとう、じれったそうに地団太を踏んだ。
「もう、リオは心配性なんだからぁ」何か思い当たったのか、おでこに手を当てて、ニッコリと笑った。「じゃあ、明日、校長先生に訊いてみよう。一番の物知りだもの。この家のことも、きっと知ってるよ。それで大丈夫だったら、ボク達、この家に住むよ。ね? それなら良いでしょう?」
「おい、急に校長先生なのか?」
アルフの当然の疑問。一般生徒にとって、校長先生は、それほど身近な存在ではないはずだ。
だが、ルーは当たり前とでもいうように頷く。
「大丈夫だよ。ねぇ、リオ?」
「でも……」躊躇うリオ。校長先生のことよりも、その先のことで頭が一杯のようだ。「僕達、まだ子供だよ。僕達だけで暮らすなんて、……ホントに、出来るのかな……」
リオの心配をよそに、その点、アルフとルーはすっかり乗り気の様子だ。
「大丈夫だよぉ、きっと」
アルフはリオの肩に両手を掛け、指先に力を込めた。
「俺達、魔法だって、今でもそこそこ遣えるんだし、これから勉強していけば、もっともっと遣えるようになる。一人では無理かもしれないけど、三人集まれば何とかなるさ」
「そうそう、アルフの言うとおり!」ルーがリオの腕に腕を絡め、彼の顔を覗き込むように見上げる。「それに、ボク、お母さんにパイの作り方、教えてもらったよ。リオだって、美味しいねって、何時も誉めてくれたじゃない」
得意気なルー。
その隣で、アルフは顔を顰め、ぼそぼそと呟いた。
「毎日パイってのは、勘弁して欲しいなぁ……」
「酷いよ、アルフ! いいもん。そんなこと言うなら、アルフには絶対食べさせてあげないよ! 君の眼の前で、リオと二人だけで『美味しい、美味しい』って食べてやるからね!」
ルーは憎まれ口を返したが、その顔はニコニコと笑っていた。
リオは胸の奥が熱くなるのを感じた。
いいんじゃないのか。二人が側に居てくれれば、きっと、何があっても大丈夫だ。今、心からそう思えた。
風に遊ばれる柔らかな髪を抑え、リオは明るい笑みを浮かべた。
「僕も、料理は得意だよ。何とか……、なるかな。君達と一緒なら、僕でも大丈夫かな?」
リオの笑顔につられ、アルフとルーの表情が自然と和らぐ。
「大丈夫。絶対に大丈夫だって。俺が、……いや、俺達がついてるだろ?」
「じゃあ、決まり! 明日、校長先生に訊きに行こうね。この家、絶対ボク達の家になるよ」
「うん!」
リオは大きく頷いた。
アルフはすっかり気を良くし、大空に向かって両腕を挙げ、笑いながら叫んだ。
「そうと決まれば、遊ぶぞぉ!」
丸太小屋の周りを駆け回るアルフとルーの楽し気な様子を見つめながら、リオは笑った。この家で暮らす日々を思い浮かべると、なぜか自然と笑顔が零れるのを抑えることが出来なかった。




