表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/72

第1章 魔法遣い養成学校 No.8


 普段、強がっている者でも、どんなに腕力に自信があっても、ジャンケンは、それとは別の次元の勝負である。そのことを、今日もアルフは痛感させられることになった。

 自分の握り拳を見つめながら、ガックリと肩を落とすアルフ。

「アルフが鬼ねぇ」屈託の無いルーの声に、現実へと引き戻される。「じゃあ、百数えてから探すんだよぉ。ズルは無しね」

 ルーは楽し気に、リオはアルフを気遣いながら、それぞれに隠れる場所を求めて駆けていく。

 木の幹に凭れ、眼を瞑って数を数えながら、アルフは一つ大きな溜息を吐いた。

(こんなふうに遊ぶのは、何年振りだろう……。)

 ヨチヨチ歩きの頃は、村の子供達とも良く遊んだ。大人達も、アルフと自分達の耳や顔の造作の違いを、あまり気にもせず、優しくしてくれた。

 けれど、彼の背が伸び、小人族ではない身体的特徴がはっきりと現れ始めると、昨日までの友人は、気味悪がって彼に近付かなくなり、大人達は彼をあからさまに嫌悪した。

 孤独な日々の中、森で覚えた独り遊びの数々。でも、それももう思い出す必要など無いんだ。

「九十八、九十九、……百!」

 眼を開けたアルフ。そこには悪戯な輝きがあった。

「俺を鬼にしたこと、後悔させてやる……」

 その場に不釣合いなほどの気合がこもったセリフを残し、アルフは駆け出した。



 何といっても、相手はリオとルーだ。そう簡単には見付からないだろう。

 リスの仔一匹見逃すまいと視線を凝らしたアルフは、次の瞬間、我が眼を疑い、瞼を手の甲で擦った。

 リオが……、いた。

 しかも、何を考えているのか、何処からでも見通せるほどに大きな木の幹に寄り掛かり、ボンヤリと空を眺めている。

 訝しみながら、それでも、足音を忍ばせて、ゆっくりと近寄る。

 微かに草を踏む音に気付き、リオが振り返る。口許には穏やかな笑みが浮かんでいた。

「何やってんだ、リオ?」

 アルフの問いに答えたものか否か、リオがポツリと呟いた。

「空、……蒼いね」

 アルフは窺うようにリオの横顔を見た。けれど、そこにリオの真意を読み取ることは出来なかった。少し戸惑いながら、リオの隣で、同じように空を見上げる。そこには確かに、見慣れた蒼い空と、流れる真っ白な雲があった。

「空なんて、蒼いのが当たり前だろう」アルフが言う。

 リオは小さく微笑んだ。

「うん、そうだけど……。何となく、嬉しくならない? 蒼い空って」

 アルフは視線をリオへと移し、訳が解らぬという態で肩を竦めた。

「お前さ、空の色くらいで、なんで『嬉しい』なんて言えるんだ? 空、好きなのか?」

「好きだよ。君やルーのこと好きなのと同じくらい、好きかな」

 途端に、アルフの頬が朱を帯びる。

 リオは、そんなアルフの表情の変化に気付かぬ振りで言葉を継いだ。

「何となくね、空を見ていると落ち着くんだ。そしてね、少しだけ、……哀しくなる」

「……よく、解んねぇな」

 アルフは紅に染まった頬を隠すように右手で無造作に前髪を掻き上げ、わざと乱暴な口調で言った。

 リオは微かに笑い、再び空を振り仰いだ。

「自分でも、よく解らないんだ。なぜ、こんな気持ちになるのか。」

 アルフは何も言わなかった。リオには、何処かしら不思議なところがある。そして、それは、アルフにとって、決して不快なものではなかった。

 暫く並んで空を見上げた後、アルフは吐き出す息と共に呟いた。

「ところでさ、お前、今、俺達が何やってるか、解ってる?」

「え?」

 問うように眼を見開き、振り返るリオ。

 アルフは、今度ははっきり、そうと解る溜息で答えた。

「……かくれんぼ」

「あ……」

「隠れなきゃ、意味がないだろ」

 リオは思い切り恥ずかし気に頬を染めた。

「ごめん、そうだったよね」

 言いしな、一歩踏み出しかけたリオの腕を、アルフが掴む。驚いたように振り返るリオの深い碧の瞳。

 二人の間を、一陣の風が吹き抜けた。

 アルフの指先の力が、微かに強まったようにリオには思えた。恐る恐る口を開く。

「……捕まった?」

 静かに、しかし、大きくアルフが頷く。

「そうだよね……」

 ホウッと溜息を吐くリオ。

 アルフが悪戯っぽい笑みを返す。

「勝負だからな」

「やっぱり、君に誤魔化しは効かないね」残念そうに微笑む。「ルーは?」

「これから」

「じゃあ、一緒に探すよ。次の鬼は僕だね」

 数歩歩いたところで、リオは名残惜し気に再び空を見上げた。自然と足が止まる。

 彼の後ろにいたアルフは、ぶつかりそうになりながらも、躰を捻って何とか衝突を避け、そのままリオを見下ろした。

 アルフの努力に気付かぬまま、リオは独り言のように呟いた。

「あの日も、ちょうど、こんな空だったよね。抜けるくらい澄んだ真っ蒼な空……」

「あの日?」

 体勢を立て直し、問うアルフに、ニッコリと微笑み掛ける。

「君と初めて出会った日」

「……」

 返事がない。気が付けば、アルフはじっとリオを見つめていた。

 リオは、再度、自分が置かれている状況を思い出した。

「あ……、かくれんぼだったよね。ごめん」

 慌てて駆け出そうとした瞬間、アルフに呼び止められた。振り返るリオ。アルフは、その場に立ち止まったまま、少し照れくさそうに俯いていた。

 リオが小首を傾げる。 

「どうか、した?」

 アルフは、暫し足許の草を蹴っていたが、やがて戸惑い気味に、けれど、思い切ったように口を開いた。

「俺……、ずっと言いたいことがあって……、お前に。でも、なかなか二人きりになる機会がなかったから、ずっと言えなくて……。あの……」

 珍しく言葉を濁す。

 口篭もるアルフの姿に、リオはふと不安を覚える。

「ルーが居たら、言えない話?」恐る恐る問い掛ける。

「そういうわけじゃない」アルフは強く首を横に振った。「でも、何となく……、あいつ、気にするから……」

「なあに?」

 出来る限り明るく訊く。

 アルフはクシャクシャと髪を掻き回していたが、思いを伝える適当な言葉を見付けられない自分自身に苛付くように乱暴に木陰に座り込んだ。そのまま何度か前髪を掻き上げる。

「……ありがと、な」ボソリと呟く。

 僅かに聞こえた声。だが、その言葉の意味が解らず、リオは、きょとんとした瞳で黒髪の友を見下ろす。

 その視線に、アルフは一瞬、上目遣いで応え、更に照れくさそうに掌を翳して瞳を隠す。

「ちゃんと、礼、言ってなかったから」

「何のこと?」問うリオ。

 傍らの草を千切り、アルフが言葉を継ぐ。

「きっと、お前は何の気なしに言っただけなんだろうけど、それでも、俺にとっては、とっても大事な言葉だった。……凄く嬉しかった。だから、……ありがと」

「……よく、解らない」言いつつ、アルフの隣に腰を下ろし、友の顔を覗き込む。

 アルフは、照れくさそうな笑みをリオに返した。

「あの日、……俺とお前が初めて出会った日」想い出の日と同じ、蒼い空を見上げる。時を遡る感覚が、何だかくすぐったい。「入学式の半年くらい前だから……、もう、一年も前になるんだよな。そうだよ。確かに、ちょうど、こんな蒼い空だった。ポラリスの森、カナンの大木の根元で、淡い光に包まれて、膝を抱え、丸くなって眠ってたルーと、お前に出逢ったんだ」

 驚くほどに、想い出がすらすらと言葉になる。

「小人族に追われ、逃げ出して、森の中を当てもなく彷徨ってた。生きてることすら嫌になってた俺。そんな俺に、あの時、お前、言ってくれたんだぜ。俺は、この森に……、この世界にとって必要だって。必要な命なんだって。俺に出逢えて良かったって。もう、……独りじゃないって」

 小さく笑った視線が、そのままリオを捉えた。

 風が金糸のような髪を揺らしながら通り抜けていく。

 あの時と同じ瞳。穏やかで、優しくて、包む込むようで……、綺麗な碧の瞳。

 一年前の光景が、今の二人に重なる。違っていることといえば、二人の背丈とリオの髪が少し伸びたことくらい。

 そのまま過去の時に囚われてしまうことを恐れるように、リオが俯く。彼の気恥ずかしさは、頬に刺す朱色で解る。

「……覚えていて、くれたんだ」

 少し戸惑い気味の、それでも嬉し気な口調。普段、あまり感情を表に出さないリオにしては珍しい。

「当たり前さ。忘れるわけないだろ」思わず、アルフの語調が強まる。伝えたかった、リオに。あの時の、そして今も心に抱き続けている想いを……。「嬉しかったんだからさ、本当に……。俺が今ここにいて、こうしてがんばっていられるのは、お前のおかげだよ」

「ううん。そんなこと、ないよ」リオは静かに、しかし、何度も首を横に振った。「あれは、本当のことだもの。僕は、そんなふうに言ってもらえるようなこと、何もしてない。それどころか、僕は……」一瞬言葉を濁し、辛そうに顔を歪める。「僕は、あの時、ルーの記憶を奪ったんだ……」

「リオ……」

 後悔に苛まれるリオの心が、苦しいほどに伝わる。

 アルフは、友に掛ける言葉を探した。けれど、見付からない。情けなさに軽く唇を噛む。

 そんなアルフの心を見透かし、労わるように、それでいて自分を責めるように、リオが俯いたまま言葉を継ぐ。

「あの時のこと、今でも、すごく後悔してる。本当に、あれで良かったのかなって。考えなしに、僕は、あまりにも出過ぎた行為をしてしまったんじゃないかって……」

 アルフは、ほんの少し哀しくなった。哀しくて、俯く。けれど、傍らの草を指先で千切りながら、小声で問い掛ける。

「結局、あいつの記憶は……、今でも……?」短い、確認するだけの言葉。語尾が掠れる。

「うん」リオが頷く。「ルーの夢……。眠る以前の過去の記憶は、夢の花に吸い取られた。目覚めた時には、全てを忘れていたよ。今でも、僕に出逢う以前のことは何も覚えてない」

「夢の実は?」

「僕が持ってる。とても深い蒼だよ。哀しみの深さ、そのままにね」

 淡々と語るリオ。それが、余計に切ない。

 アルフは、少し恐れるように、窺うように問う。

「……そのこと、ルーは?」

 首を横に振ると、金色の髪がサラサラと揺れた。

「知らない。言ってないから」

「そっか……」

 それだけ言った。それだけしか、言えなかった。もう、これ以上訊くこと何も無い。訊く必要はない。……訊きたくない。リオを傷付けたくないから。

 場の流れを断ち切ろうと、アルフが腰を浮かしかける。

 けれど、その動きを、再び口を開いたリオの言葉が制した。

「どうしたらいいんだろうって、今でも、毎日思うよ。夢の実は、ルーの記憶。彼に返すべきだろうか、そうした方がいいんじゃないかって」躊躇うように前髪を弄る。「あの時は、確かに、これが一番良いんだって信じてた。哀しいことなんて、忘れてしまうのが一番だって。でも……」

「でも?」先を促すアルフ。

 訊いて欲しい。言外に、そう叫ぶリオの想いを感じたから。

 吹き抜ける風を感じてか、リオが瞳を閉じる。美しい横顔に、木漏れ陽が落ち懸かった。囁く声は少し掠れていた。

「でも、本当に良かったんだろうか。彼の記憶を奪う権利なんて、僕には、……ううん、誰にもありはしないのに。子供だったなんて言葉は、きっと言い訳にはならない。僕は、あまりにも傲慢すぎたんじゃないかって」小さく息を吐き、窺うように傍らの友の顔を覗き込む。「だから、ずっと相談したかったんだ、君に……」

「俺に?」

「うん」コクリと頷く。「でも、なかなか言い出せなかった」

 抱えた膝を引き寄せ、そこに顔を埋める。小さな肩が余計に小さく見えた。

「もしも君が、あの時のことを忘れているのなら、……思い出させたら、僕、嫌われてしまうんじゃないかって、怖くて……、とても不安だったから」

 顔を横に傾けたせいで、少し頼りな気な瞳が見えた。それが、アルフの心を締め付ける。

 アルフは両膝を付いて身を乗り出し、リオに顔を寄せた。語調が強まる。

「そんなわけ、ないだろ。お前を嫌うなんて、そんなこと、絶対にあるわけない」

 少し荒い言葉に込めて伝えたかったのは、真実の想い。

 リオは僅かに眼を見開き、次いで、膝の上で組んだ腕の中に顔を埋めた。

「うん。ありがとう」声音は微かに和らいでいた。「……良かった。やっと、言えた。すごく、ホッとした」

 アルフは、ほんの少し顔を歪めた。そのまま勢いよく木の幹に寄り掛かると、胡座をかき、首の後で指を組む。視線は睨むように空に向けられた。

「少し、……以外だな」

「え?」

 リオは一瞬驚き、その後、彼の意図を理解したように小首を傾げると、少し淋し気に微笑んだ。

「僕は、悩んだりしないようにみえる?」

「ああ」

「そっか」再び膝を強く引き寄せる。「……なんでかな。よく、そう言われるんだ。でも……」

「でも……」リオの言葉をアルフが制す。「すごく臆病にもみえる」

 リオは弾かれたように顔を上げ、傍らの友を見遣った。

 アルフは相変わらず空を見上げたまま、独り言のように呟いた。

「だから、以外だって思った」

 リオは、少しの間、悩んでいたが、降参とばかりに首を大きく横に振ると、膝を抱えたまま木の幹に背を預けた。

「解らない、アルフ。どういうこと?」

 明るさを装いつつも、声には色濃い困惑が滲んでいた。

 アルフは、言葉を探すように首を左右に傾けた後、視線をリオに向けた。

「お前ってさ、すごくしっかりしてるようにみえるよ。何時だって論理的に物事を考えて、対処して……」そっと伸ばした指先が、リオの頬に触れる。「だけど、時々、そんなお前の後ろに、別のお前が見えることがある。自分の気持ちを表現するのを怖がって、怯えて、それでいて、強がって、周りから距離を置いて、独りぼっちでいる、お前」指先が髪に触れる。細い金糸のような髪がサラサラと指の間を流れ落ちる。「だから、こんなふうに相談してくれるなんて、以外だった」

「そんなこと言われたの……、初めてだ」温かな感触に、リオが瞼を閉じる。「君は不思議だね。僕の心の奥底まで、全部見通しているみたい。だから僕は、あの時……、始めて君に出逢った時、思ったんだね。もう独りじゃないって」

「え? でも、あれは……」

 ふっと指先が離れる。

 開いたリオの瞳を、驚きに見開かれた漆黒の瞳が真正面から捉えている。離れていく指先を名残惜し気に見つめながら、リオは呟いた。

「あれは、君のことじゃない。僕のことだよ」

 更に見開かれるアルフの瞳。照れくさそうに俯き、草を千切っては風に飛ばす。

 けれど、それですら間が持たないと思ったのか、アルフは、突如、乱暴に立ち上がった。その動きを追い、リオの視線が動く。

「俺、……お前は間違ってないと思う、夢の花のこと」問うようなリオの瞳を見下ろし、アルフは小さく笑った。「難しいことは、よく解らないけど、でも、今のままで良いと思う」

 アルフと同じように立ち上がり、顔を近付けてリオが訊く。

「……どうして?」

 不安気なリオに、アルフは屈託なく言った。

「ルーが、笑ってるから」

 小首を傾げるリオ。

 アルフは悪戯っぽい笑みを返し、一つ大きく伸びをした。

「この学校の入学式で、あいつと会った時、俺、始め、あいつだって判らなかった。森の中で、……光の中で眠ってたあいつは、凄く哀しそうで、いっぱい泣いてて……。なのに、今のあいつは、楽しそうで、何時も笑ってる。何時も、何時もだ。それって、あいつにとって一番大切なことなんじゃないかな」頭の後ろで腕を組む。「あの時、お前がしたことが良かったのか悪かったのか、なんて、お前だけじゃない、きっと誰にも解らないよ。でも、今、あいつは笑ってる。凄く幸せそうに笑ってる。それとも、お前には、あいつの笑顔が淋しそうにみえるか? 無理に創った笑顔にみえるか?」

 深い漆黒の瞳に捉えられ、リオは視線を逸らすことが出来なかった。見つめ返したまま、呟くように答える。

「ううん、そうは思わないけど……」

 その瞬間、リオは夜空の星が煌いたような錯覚に襲われた。眼を瞬かせる。それは、アルフの瞳。

 彼はニッコリと笑い、再びリオに指を伸ばした。髪をそっと撫でる。

「なら、大丈夫だ。あいつは、今、幸せなんだよ。だから、お前は、あの時のこと、これ以上悩む必要なんかないんだ」指先から伝わる温もりが心地良くて、リオは再びウットリと眼を閉じた。「だから、お前は笑ってろよ。そうすることが、ルーにとっても一番良いことだよ。そうじゃないか?」

「……うん」唇が自然と笑みの形を創る。「ありがとう、アルフ。やっぱり、君が居てくれて、よかった」

 穏やかなリオの微笑み。

 少し照れくさくて、アルフは暫し無言で空を見上げた。リオの深い碧の瞳は不思議だ。心が素直になっていく。暖かな光に包まれて融けるように……。

「俺、さ……」アルフが再度口を開く。視線は空へと向けたままで、それでも、友の存在を確認するように、僅かに視点をずらして。「もう一つ、お前に言いたいこと、あるんだ」

 珍しいほどに多弁なアルフ。おそらく、ずっと胸の奥に秘め続けてきた想いなのだろう。

 リオは小首を傾げながら、そんな友を不思議そうに見た。

「何?」

 アルフは、次の言葉を口にすることを、ほんの少し躊躇った。それでも、ギュッと掌を握り、少しずつ言葉を紡ぐ。

「俺は、あの時、ルーを護ることを、お前と、そして、あのカナンの大木に誓った。でも、俺が護るのは、それだけじゃない。……お前もだ」

 リオの戸惑いは、その表情から手に取るように解る。だからこそ、伝えたかった。胸の奥で、ずっと暖め続けてきた想いを。掛け替えのない存在であることを……。

 少しぶっきらぼうに、けれど、窺うように視線を向け、アルフは言った。

「お前のことも護りたい。いや、……必ず護る。そう決めたんだ」

「アルフ……、どうして?」リオが少しぎこちなく訊く。

「決めたんだ」

 アルフは足許の草を蹴り、空を見上げると、自分自身に言い聞かせるように呟いた。

「俺が、この学校に入学しようと決めたのは、お前達を護る力が欲しかったから。だから、俺は強くなるよ。入学式の日に、お前、言ってくれたよな。まだ、魔法なんて何にも出来なかった俺に、お前、言ってくれた。魔法の源は……」

「魔法の源は、強い想い、強い願い……」アルフの言葉を受けて、リオが無意識に呟く。

「うん」アルフの視線が、今度は正面からリオを捉えた。「それを聞いて、俺、思った。それなら、俺はきっと強くなれる。だって、俺には護りたいものがある。それが、はっきりと解っているから……」

 星空を切り取ったような漆黒の瞳の煌きが、ポラリスの森を照らすかの如くリオを優しく包み込んだ。

「俺、まだ一度も、この気持ち、キチンと話してなかったからさ……」

 僅かに頬が赤らむ。

 リオは、一瞬、胸が苦しくなった。胸の奥が熱くて、それが今にも溢れ出しそうで、視線を逸らした。

「うん」咄嗟に、それだけしか答えられなかった。

 そんなリオの態度をどう思ったのか、アルフは語調を強めた。

「必ず護ってやるからな。俺は……」

「アルフ……」顔を上げるリオ。瞳は少し潤んでいた。「……嫌だよ」

 アルフは、訳が解らずリオを凝視した。自分の言葉の、いったい何がリオを哀しませてしまったのか、それを知りたかった。彼の言葉にじっと耳を澄ます。

 リオは迷いながら、少しずつ言葉を紡いだ。

「僕は、護られるだけなんて、嫌だ。僕だって、護りたいんだ。君やルーの役に立ちたい。君のために、何かしたいよ」

 リオは哀しんだわけではない。言葉の端々から、そのことを確信し、アルフの表情がフッと和む。

「……もう、充分さ」それだけ言った。

 リオはアルフの横顔をじっと見た。

 アルフは空を仰いだまま眩しそうに眼を細めた。

「……空、蒼いな」

 リオはアルフの視線を辿って空を見上げた。大きな雲が幾つか、ぽっかりと空を渡っていく。一つ深呼吸すると、微笑んだ。

「……うん。蒼いね。もうすぐ、夏だね」

 アルフとリオは、木陰に寄り添い、並んで天空を見つめた。たったそれだけのことなのに、二人とも、不思議なほどに気持ちが安らぐのを感じた。

 このまま時が止まればいい。そんなことすら願った。

 しかし……。

 次の瞬間、二人は同時に『あること』を思い出した。

「そういえば、俺達……」

「かくれんぼの途中だった!」

「ルー!」

「どうしよう! きっと、怒ってるよ!」

 リオの言葉が終わるか終わらないかの内に、アルフの躰がフワリと宙に浮き上がった。そのままスルスルと空を駆ける。

「アルフ、魔法は……!」

 リオの制止の声は、しかし、アルフの鋭い声音に掻き消された。

「夕暮れが近いんだ! そんなこと言ってる場合かよ!」

 リオが空を見上げる。

 見渡せば、陽は西に傾き、棚引く雲を微かに茜に染め始めている。夕刻が迫っていた。

 リオの背筋を冷たい汗が流れ落ちた。

「うん……。そうだね」

 頷くと同時に、リオの躰もスルスルと空へと昇り、風を切って飛んだ。

 二つの影が、徐々に赤味を増す雲を掠め、空を駆け抜けていった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ