第7章 秘められし力 No.18
だが、それは、先生の穏やかな声音の前で、ただの徒労に帰すことになる。
「おやおや。リオもルーも、久しぶりに顔を見せてくれたと思ったら、何を言い出すのですか? 私には、何のことやら……」
「え?」リオとルーが揃って驚きに眼を見開く。
校長先生は続けて言った。
「私は常々、君達の親友であるアルフに会いたいと思っていたんですよ。今日は、わざわざ、彼の方から来てくれたので、今の授業に対する貴重な意見など、話を伺っていたところです」
今度はアルフが眼を見開く番だった。
「そうですよね、アルフ?」先生は、そう言い置いて、軽く片眼を瞑ってみせた。
アルフが気まずげに頭を掻く。
先生はニッコリと微笑んだ。
「私は、一度、アルフとゆっくり話をしてみたかった。彼とは良い友達になれそうですよ」言いながら、傍らに座り込むルーの髪をそっと撫でる。「心配は要りません。君達が心配するようなことは何もありませんからね」
「……良かった……」
呟くと共に、リオは、その場にヘタヘタと座り込んだ。
「リオ!」
アルフとルーが駆け寄る。
リオの額には、じっとりと脂汗が滲んでいた。無理をしていたのは明らかだ。
友を支えようとする少年二人を、大きな手が制止する。
見上げたアルフの眼の前に、眩い陽の光に縁取られた大きなシルエット。校長先生だ。先程、我を忘れて詰め寄っていた時には、さほど感じなかったが、立ち上がった先生の体躯は、三千歳を超えているとすら噂される年齢に不似合いなほど、長身で堂々としていた。
先生は、二人の少年を遮り、リオの小さく細い躰を軽々と抱え上げた。
その隣では、自分の役割を取られたとばかりに、ルーが不機嫌そうに唇を尖らせていた。
「やれやれ。君は誰かのために無理をしすぎますよ」校長先生の深い声音。
それに対し、リオは予想以上にはっきりとした口調で返した。
「……友達です」一つ息を吐く。「アルフは、僕の大切な友達ですから」
「……そうですね」
先生はニッコリと笑った。
その情景を見つめながら、アルフは素直に思った。ああ、これで大丈夫だ。全ては上手くいくのだ、と……。
今日のリオの体調では、残りの授業を受けることは困難であると判断した校長先生は、看病役二名を付けて帰宅させることを決め、その場で事務官を呼んで、三人の早退手続きを取ってくれた。当然、看病役二名とは、アルフとルーのことである。
さらに、先生は、リオの体調不良を重くみて、体力が回復するまでは寮で寝泊りするよう勧めてくれたが、彼は、それを固辞し、森の家への帰宅を希望した。すると、特別に家まで送ってくれるという。用意されたのは、巨大な白い鳥。先生の愛鳥ハクである。
ハクの背に乗った三人は、巨大な翼が羽ばたく直前、校長先生の声を聞いた。
「サリバン先生には、私から話しておきます。少し休暇を取って休みなさい。良い体調を維持することも、良い魔法遣いとしての条件の一つですからね。それから、アルフ……」ハクが翼を広げたので、先生の顔はよく見えない。「リオが何処へ行ったのか、それは、リオ自身が話したくなるまで待っていてあげて下さい。でも、これだけは教えてあげますよ。私はリオをヤナイ族へは行かせていませんし、仮に彼等を訪ねたとしても、ヤナイは、とても礼儀正しい一族ですよ」
「……はい。すみませんんでした!」
ハクの背の上でリオを支え、深々と頭を垂れるアルフ。彼は、その時初めて、両親以外の人に深い尊敬の念を抱いた。