第7章 秘められし力 No.14
クワイがポツリと言った。
「……聞いた」
「え?」
「お前達の生い立ち……」
一瞬、青ざめるリオ。
それを眼の端に捉えたクワイは、視線を外して窓の外を見つめた。
「アルフから聞いたよ。全部」
「……そう」安堵の溜息。
それを、クワイは躊躇いと受け取った。突然、深々と頭を下げる。
「ごめん!」
それきり頭を上げること無く黙り込んでしまった。
リオは、暫し、そんなクワイを不思議そうに見ていたが、微笑みながら、そっと訊いた。
「なぜ、『ごめん』なの? どうして、君が僕に謝るの?」
顔を上げたクワイの表情から、彼の戸惑いが手に取るように解った。
「だってさ……」
「同情なら、いらない」クワイの言葉を遮り、リオは言った。「気を悪くしないでね。でも、ホントに、僕は同情なんかいらないんだよ」
クワイは、何か言わなければと、唇をパクパクと動かしたが、適当な言葉は見付からなかった。
それには気付かぬ振りで、リオが言葉を継ぐ。
「だって、僕には、育ててくれた先生がいる。掛け替えの無い友達がいる。だから、今、僕は、本当に幸せなんだ。同情してもらう必要なんて、全然無いんだよ」
一つ小さく息を吐き、瞳を閉じる。
(知らなくていい過去があるなんて、……思いもしなかった)
でも、知ったからといって時の流れが変わるわけじゃない。ならば、くよくよ悩むよりも、より良い流れを創ればいいんだ。良くも悪くも、それを変えられるのは自分自身だけなのだから。
今は、なんの気負いも無しに、心から、そう思えた。
「過去は、所詮、過去でしかない。過ぎ去った時間でしかない。自分の力が及ばない時間なら尚更だよね。今の僕がどう思おうと、後悔すら出来ないんだ。だって、あの時、僕は僕自身をどうすることも出来なかったんだから。それなら、……悔やんでもしようがない。これからのために、より良く生きていくために、過去は過去として消化するんだ。今の僕に出来るのは、それだけだから。そして、それでいいと思う。だって……、今、僕は幸せだから。本当に幸せだと、心の底から思えるから……」
それは全て、自分自身に言い聞かせる言葉。
瞼を開き、真っ直ぐにクワイを見る。
「僕は今、とても幸せだよ。だから、いらないんだ、同情なんて」
クワイは、穏やかなリオの瞳の奥底に、強い意志の力を見て取った。敵わない。そう思った。眼の前の、ひ弱そうな少年は、自分の運命を正面から見据え、勇敢に立ち向かおうとしている。それに比べ、自分は、なんと愚かしいことで悩み、もがき、他人まで傷付けてきたことか。
突然、猛烈な恥ずかしさに襲われる。頬がカッと赤くなるのが自分でも解った。それを隠すように俯いた。
「お前、……強いな。見掛けは、てんで頼り無さそうなのにさ」
「そう?」
皮肉を込めたはずの言葉は、しかし、楽し気なリオの笑みの前で、その威力を完全に失った。
気まずさに頭を掻くクワイに、リオは、これまで彼に見せたことの無い、明るい笑顔を向けた。
「もしも、僕が強く見えるのだとしたら、それはきっと、僕の大切な友達のお陰だね。アルフやルーが僕の側にいてくれたから、……これから先も、ずっといてくれるって信じられるから、彼等の強さが僕に伝染するんだ。だから僕も、強くなれるんだよ」
零れるような微笑み。