第7章 秘められし力 No.13
「大僧正様は、ご高齢なんだぜ。次の神の子が現れるのを、村のみんなが、どんなに心待ちにしていたか。だから、俺は……!」
「だから君は、嫌々ながら此処に来た。そして、やっぱり今でも、嫌。……そういうことなんだね?」
淡々としたリオの言葉。
否定したいのに、なぜか出来ない。そんな自分が情け無くて、クワイは俯いたまま、膝の上に置いた掌をギュッと握り締めた。
リオは、暫し、そんなクワイをじっと見ていたが、やがて、視線を落とし、瞳を閉じた。
「……なら、辞めたらいい」
突然の冷たい一言。
俄かに、クワイの表情が強張る。
「何だと……」
リオは顔色一つ変えず言葉を継いだ。
「やる気の無い君が次の神官になって、それで、君の一族は幸せになれるの? やる気の無い君が占う未来が、本当に信じられるの?」
「お前……!」
クワイは椅子を蹴って立ち上がった。
「お前に何が解る! 一族のことなんか……、俺の気持ちなんか、何も解らないくせに!」
怒りに任せて叫ぶ。
その瞬間、リオの視線が真っ直ぐにクワイを捉えた。深い碧の瞳。見つめられた途端、怒りが、フッと遠退く。不思議な感覚だった。
リオの声音が、優しくクワイを包む。
「そうだね。確かに、僕は部外者だ。君達一族の掟や仕来りは何も解らない。でもね、君の両肩に、君の一族の運命が懸かっているんだということは、解るつもりだよ。だからこそ、やる気が無いなら、やるべきじゃない。そして、この学校にいる以上、やる気が無いなんて、口にするべきじゃない。そんなの、君を送り出し、君の帰りを心待ちにしてくれている人達に対して失礼だ」
その言葉は、リオ自身の耳にも響き、心深くに染みた。
瞬間、リオは、ハッとした。
今の言葉は、自分自身にこそ向けられるべきもの。自分自身にこそ言い聞かせるべき叱咤ではないか?
己の過去を知らされて、なお、この地に留まることを望んだのは、リオ自身。誰に強制されたわけでもない、自ら選んだ、自らの道。そのはずだった。
それなのに、何時の間にか、自分自身すら信じられなくなっていた。何も知らない、知るはずもない、遠い過去の幻影に囚われ、くよくよと悩み、最愛の友にまで心配を掛けた。
強く首を横に振る。自分の愚かさに、苦笑いが漏れる。
過去を知ったから何だというのだ。過ぎてしまった過去の出来事が何だというのだ。自分が知らぬこと、過ぎ去った時間に囚われ、今、この時を無為に過ごすことほど、愚かなことはない。
自分が生きていく場所は此処。此処しかない。そう決めたのは自分自身。そして、この地で生きていく『リオ』としての自分がしなければならないことは、立派な魔法遣いになること。それ以外、何があるというのだ? 自分は、その夢のために全てを捧げたはず。だから、今、此処にいるはず。
この思いは、自分の知らない過去の自分に左右されてしまうほど、簡単な想いだったのか?
いや、そうじゃない。そんなこと、あるはずがない。
今日までの卑屈な自分の姿が、眼前に佇む葡萄色の髪の少年に重なる。
リオは、視線を窓の外に移し、静かに言葉を紡いだ。心地良い風が窓を擦り抜け、リオとクワイの間を通り抜けていく。
「ホントは、僕、こんな偉そうなこと、君に言ってはいけないんだ。だって、正直、僕自身、今の今まで、自信を失い掛けていたんだもの」
リオが柔らかく微笑む。それは、先程までの少し固い笑みとは、明らかに違っていた。
「でもね、僕には夢がある。掛け替えのない友達がいる。アルフとルーは、何時だって言ってくれるんだ。たとえ百人の人が僕を嫌いでも、必要としてくれなくても、二人は、……彼等だけは、僕を好きでいてくれるって。だから、自分を信じろって。なのに、欲張りな僕は、それでも悩んで、大切な友達すら不幸にしてしまいかけた。ホントは、それだけで充分のはずなのに。……ううん。他には何もいらないはずなのにね。……ありがとう。君のお陰で眼が覚めたよ。今なら、僕、自信を持って言える。アルフとルーが僕を好きでいてくれるなら、僕は、それだけで充分幸せだって。だから、他の誰も、僕を必要としてくれなくても、僕は、僕を信じて、僕が正しいと思ったとおりにしてみようって。だって、僕が僕を信じてあげなかったら、僕自身が、あんまり可哀想だろう? 信じてくれる二人にも失礼だよね。そう思ったら、急に気持ちが軽くなった。だから、君も信じてみようよ、君の力。大僧正様の仰る、君の内に秘められた大いなる能力」
リオの言葉は、クワイの心の奥底まで響いた。信じても、いいんじゃないのか? いや、信じたい。信じれば、今、心を埋め尽くしている辛い蟠りは、きっと消えて無くなるに違いない。そんな思いが心の奥底から沸き上がる。そして、その思いに抗うことは出来なかった。
クワイは、気まずげに横を向くと、何時もの憎まれ口調で言った。けれど、その声音は、何処かしら優しかった。
「……お前、なんで俺に能力が有るなんて解るんだよ。どうせ……、出任せなんだろう?」
リオがニッコリと笑う。まるで、クワイの心を全て見透かしているかのように。
「嘘なんかじゃないよ。これが、今の僕に出来る一番の『魔法』なんだから」笑みが、不意に苦笑いに変わる。「……でも、『どうして、そんなことが出来るんだ』なんて、訊かないでよね。だって、僕は……」
言いかけて、突如、口篭もる。




