第7章 秘められし力 No.12
リオが小首を傾げる。
「アルフの声に混じって、君の声、確かに聞こえたんだけどな……。じゃあ、あれは、君の心の声だったのかな」
少し哀し気に微笑み、そのまま黙り込むリオ。
クワイは己の不甲斐なさに唇を噛んだ。
再びリオを傷付けるために、独り、この場所に来たわけではない。自分よりも遙かに弱い相手を追い詰め、苦しめた自分自身が許せなかった。その理由の女々しさに、我が事ながら腹が立ったのだ。彼に許しを請い、友達の一端に加えてもらおうなどとは思っていなかったが、過去の卑怯な自分とは決別したかった。ヤナイの男としての誇りを取り戻したかった。そのためには、このまま知らん振りを決め込んではいけない。自分の非を素直に認め、一言、侘びを言うことこそ、男らしさだ。そう思って、嫌がる足を無理矢理、この部屋まで運んだのだ。
暫くの間、言葉を探すように唇を動かしていたクワイは、やがて、両手を握り締め、眼をぎゅっと瞑って口を開いた。
「俺……、俺は、この学校、卒業しなきゃいけないんだ、絶対に、卒業しなきゃならないんだ。なのに、全然上手くいかなくて、だから、悔しくて……。正直、お前のこと妬んでた。……ごめん!」
言うなり、勢いよく頭を下げる。暫くして顔を上げた後も、ぎゅっと眼を瞑ったまま、その場に仁王立ちを続けた。
思いも寄らないクワイの行動。リオも、さすがに面食らい、眼を見開いたが、少し戸惑いながら周りをキョロキョロと見回すと、ベッドの上に膝を着いて立った。
「チョット、ごめんね」
断りを言い、クワイの額に手を翳す。
クワイは、その間も硬く眼を瞑っていたが、リオの指先が額に触れた瞬間、自然と瞼が開いた。眼の前に、微笑む深い碧の瞳があった。
「やっぱり、君の中には大いなる能力が眠っている。今はまだ、君が気付いていないだけ。何か……、小さくていい、何か切っ掛けさえあれば、必ず目覚める能力だよ。君はきっと、立派な魔法遣いに、……ううん、立派なヤナイの神官になる。僕なんかを妬む必要なんか、全然無いよ」
リオは言った。
それは、クワイの耳に、不思議なほど心地良く響いた。
魅入られたように碧の瞳を見つめるクワイ。すると、今まで彼の心に蓋のように覆い被さっていたゴツゴツとした大きな塊が、突然、溶けるように消え去っていった。そして、リオの指が額から離れた瞬間、眼前の少年に、自分の心の内、全てを話してしまいたい、話して、今までの行い全てに許しを請いたいと願う気持ちが沸々と湧き出してきたのだ。抑えることの出来ない衝動。クワイは両手を硬く握り締めると、思いを吐き出した。
「俺……、ホントは俺、こんな学校、来たく無かったんだ!」
突然の告白。
リオの澄んだ瞳は、とても静かだった。
クワイは続けた。
「そりゃあ、大僧正様には憧れたさ。でも、それは所詮、他人事でしかなくて……。俺は村の中で、何時までも、父さんや母さん、仲間達と一緒に暮らしていられれば、それでよかったんだ。それ以上のことなんか、何も望んでなかった。なのに、去年の矢祭りの時に、突然、大僧正様が俺の前に来て、俺を肩に担ぎ上げて仰ったんだ。俺が次の神の子だって……」
「神の子……って?」リオが問う。
肩の力が少し抜けたのか、クワイの唇を、言葉がスラスラと通り抜けていく。その表情に、これまでリオに向けられていた憎しみや妬みは微塵もなかった。
「神の子ってのは、次の神官になる子供のことさ。村では、そう呼んでるんだ。神の子は、大僧正様の後を継ぐため、この学校に入って、勉強して、卒業しなけりゃならないんだ。それが村の決まりなんだ」
「……そう」
納得の態で微笑むリオ。
その笑みに気を良くし、クワイは、傍らに置かれていた椅子を引き寄せ、腰を下ろして話しを続けた。
「正直、ビックリしたよ。だって、俺、魔法なんて何一つ出来なかったもんな。毎日毎日、弓の練習ばっかりしてたからさ。なのに、大僧正様がそう仰った途端、急に周りが騒ぎ出して……。そりゃ、神の子に選ばれた時、悪い気はしなかった。俺は他の奴等とは違う。選ばれたんだって、そんな気がして。でも……」表情が雲る。「でも、いざ学校に入ってみると、周りはみんな、凄い奴等ばっかりでさ……。俺なんか、課題さえ満足にこなせないってのに……」
クワイが不意に黙り込む。
リオは先を促すように話し掛けた。
「……学校にいるの、嫌なの? それなら、どうしてそう言わないの?」
「言えるわけ無いだろう、そんなこと!」
心の奥に隠してきた思いを言い当てられ、クワイはカッとした。八つ当たりだと解ってはいても、気持ちの高ぶりを抑えることが出来なかった。