第7章 秘められし力 No.8
教室中がひそひそと言葉を交し合う。それまでクワイの側にいた取り巻き連中でさえ、一歩後後退った。クワイの周りに、ぽっかりと穴が開いた。
カッと顔を赤くし、周囲を見回すクワイ。その顔は、今にも泣き出しそうに歪んでいた。震える唇から、微かに言葉が漏れる。
「お前等……」
「何なんだよ、いったい! どういうことだよ!」
弱々しいクワイの言葉は、またしても、アルフによって遮られた。
アルフは驚きと怒りに眼を見開き、教室中を見回した。その声は、クワイ以上の憤りを含んでいた。
「お前等、その態度は何だよ! サムエル! カザン! ライも! お前等、クワイの友達じゃないのか? 何だよ。こいつがヤナイだからって、掌を返したような、その態度は何だよ! 何だってんだよ!」
アルフの怒りは、止まらなかった。
「人種や年齢、性別なんて、この学校では関係ない。みんな同じ一個の命だって、入学式の日に校長先生が言ってただろう? それなのに、今のお前等は何だよ! お前等みんな、そんなに偉いのか? ヤナイより偉いのかよ! 今まで、クワイと一緒になって、寄って集ってリオを虐めておいて、今後はクワイの番だってのか? 理由は何だよ! 皆がそうするからか? お前等には、自分の意志ってもんが無いのか? 馬鹿馬鹿しい! 馬鹿馬鹿しすぎるよ! そんなふうにしか人を見られないのなら、人の優劣が種族で決まるなんて思ってるんなら、そんな奢った連中なら、お前等みんな、魔法遣いになる資格なんか無い! 辞めちまえよ!」
「アルフ、もうやめて!」
ルーが背後からアルフにしがみ付く。
強く腕を掴まれ、やっと、アルフは我に返った。気付けば、教室中が重苦しい雰囲気に黙り込んでいる。
その場にいる殆どの者が、それを態度に表したか、表さなかったかは別にして、リオに嫉妬心を抱いていた。そして今、クワイがヤナイ族であると知った瞬間、まるで汚らしい物を嫌うように排除しようとした。全ては、心の奥底にあるドロドロとした傲慢、エゴから生まれた感情。それを、アルフの言葉によって白日の下に晒されたのだ。恥ずかしさに、誰も顔を上げることすら出来なかった。気まずい空気が流れた。
アルフは肩で息をしながら、一渡り室内を見渡した後、クワイに眼を留めた。彼は床に座り込み、唇を噛み締め俯いている。アルフは、気まずげに頭を掻き、言った。
「クワイ、すまん。お前のこと、こんなふうに言うつもりなんか無かった。そのことは謝る。いくらでも謝る」
ペコリと頭を下げる。しかし、何か言いかけたクワイを遮り、言葉を継ぐ。
「でも、俺がしたことと、お前がしたことは別だ。お前がリオにしてきたこと、俺は、それだけは絶対に許せない。リオは、きっと魔法遣いの家の子だ、だからリオが憎かった。……そう言ったよな。そんな下らない理由で、お前はリオを嫉んでたのか? そんな自分勝手な嫉妬で、お前はリオを、あそこまで追い込んだのか?」
「下らなくなんて、無い……」
クワイが、噛み締めた奥歯の隙間から搾り出すように呟く。
しかし、弱々しい抗議の声では、アルフの怒りを静めることなど出来はしなかった。アルフは右手の握り拳で傍らの机を思い切り叩いた。
「いいや、下らない。下らないんだよ。理由を教えてやるよ。リオは、魔法遣いの子なんかじゃない。もちろん俺も、ここにいるルーも同じだ。そうさ、俺達は特別なんだ。俺達はな……」そこで一瞬、続く言葉を口にすることを躊躇ったが、沸き起こる怒りは抑えられなかった。「俺達三人には、親がいないんだ。捨て子なんだよ。家なんか無いんだ。お前等がリオを、いや、リオだけじゃない、俺達を特別だって言う理由には、これで充分か? どうなんだよ、充分だろう!」
誰も予想だにしなかったアルフの告白。
クワイは弾かれたように顔を上げ、驚きも露わにアルフを凝視した。
クワイだけではない。その場の全員が、唖然とし、息を呑んだ。
「親がいないって、……嘘、だろう……? そんなこと、あるわけ……」
誰のものとも知れない、囁きに近い声が聞こえた。
「こんなこと、嘘吐いて、どうすんだよ!」
アルフが吐き捨てる。
それ以上、誰も何も言えなかった。
無言で俯くクワイ達に、アルフが畳み掛けるように言う。
「親がいないことが、そんなに特別か! お前らに嫉まれるほど特別なことなのかよ! 冗談じゃない! お前等の勝手な思い込みで、リオがどれほど傷付いたか、お前等に解るのか? なあ、解るのかよ!」
声を荒げ、怒りをぶつけるアルフの腕に、ルーの手がそっと触れた。
振り返るアルフ。
ルーが小さく首を横に振る。
怒りは収まらなかったが、アルフは軽く舌打ちすると、素直に、その場をルーに譲った。これ以上、何を言っても、後は自分の愚痴にしかならないことを、アルフは弁えていた。