第7章 秘められし力 No.7
基礎初等Aクラスの教室。重い扉の前。
アルフは、そこで一旦立ち止まり、大きく深呼吸してから、扉の取っ手に手を掛けた。その時、彼の耳に、声高に会話するクワイ達の声が飛び込んできた。
「リオってさ、何でも特別なんだよな」
「どうして、あんな奴が、この学校にいるんだよ。どうせ、上級魔法遣いの家のお坊ちゃんなんだろう? 学校になんか来る必要ないじゃないか」
「上級魔法遣いのお坊ちゃんでも、アスナンみたいに出来が悪い奴なら、まだ可愛い気があるってのにさ」
「出来損ないポポラか。そりゃそうだ」
「ひょっとしたら、さっきの霊獣だって、あいつの策略かもな。自分が良いカッコするためのさ」
「あいつがいると、俺達みんな、出来損ないみたいに見えちゃうんだよな」
「見せ付けたいんじゃないの? 自分は何でも出来るんだって。それで、家に帰って、パパやママに自慢してんだよ。『他の奴等は何にも出来ないんだよ。僕、困っちゃう』、なんてさ」
沸き起こる笑い声。
しかし、次の瞬間には、机と人がぶつかり合い、床に叩き付けられ、崩れ落ちる鈍い雑音に変わった。
クワイは、今、自分の身に何が起きたのか解らなかった。突然、頬を襲った激痛に顔を顰め、切れた唇の端から流れる血を手の甲で拭いつつ顔を上げる。
眼前には、拳を握り締め、冷ややかに自分を見下ろすアルフの姿があった。険しい形相に、その場にいた誰も、止めに入ることなど出来はしなかった。
「何すん……」
「リオが、お前に何をした」
クワイの抗議の言葉は、怒気をはらんだアルフの低い声に掻き消された。
「さっきのことで、リオに感謝しろなんて、俺は言わない。だけどな、お前らが寄って集ってリオ独りを虐める理由だけは、是非とも聞かせてもらいたいもんだな」
アルフは、養成学校の新入生の中でも、年齢的にはリオやルーと共に最も幼い。しかし、既に変声期を終えた彼の声音には、その場にいた全員を完全に威圧するに充分の迫力があった。
その声が、沸き上がる怒りによって徐々に強まる。
「お前等は、いったい、リオの何が気に入らないんだ。言いたいことがあるなら、はっきり言えよ。リオが、お前達に何をした? リオが、倒れるまで悩まなけりゃならないほどのことを、あいつは、お前達に何かしたのかよ! 何かあるなら、俺が訊いてやる! 今、この場で、俺の前で、はっきり言ってみろよ!」
アルフの見幕に気圧され、教室内に気まずい沈黙が流れた。
やがて、沈黙に耐え切れなくなったのか、クワイの仲間のサムエルが、おずおずと話し出した。
「……だってさ、あいつばっかり、何時も何時も、先生に贔屓されてるじゃないか。あいつがいるから、俺達が落ちこぼれみたいに見えるんだよ」
その言葉に勇気付けられ、クワイが痛む頬を押さえながら立ち上がり、ここぞとばかりに、今まで心の中に蟠っていた不満を爆発させた。
「そうだよ! あんな奴、邪魔なんだよ! あいつだけじゃないぜ! お前等だって同じだ! どうせ、魔法遣いの家の子なんだろう。何で学校になんか来るんだよ! わざわざ勉強なんかしなくたって、魔法、使えるんだろう? 魔法遣いになれるんだろう? 俺達は、ここに来なけりゃ魔法遣いになれないから来てるんだ。お前等なんか、親に教わってりゃいいんだ! 学校になんか来んなよ! 邪魔なんだよ!」
クワイは、自分の行為を正当化するように、声高に不平不満を並べ立てた。
アルフは、自分よりも頭半分背の高いクワイを、じっと凝視していたが、彼の話が終わると大きく溜息を吐いた。敢えて冷静に話をしようと、ゆっくりと口を開く。
「なあ、クワイ。俺はずっと、周りの大人がどう言おうと、お前の一族は誇り高き民族だと思ってた。少しだけど、尊敬もしてた。ホントだぜ」だが、次第に湧き上がる感情を抑えることは出来なかった。「だけどな、もし、その『誇り』ってヤツが、自分勝手な、他人を思い遣ることも出来ないようなものなら、俺は軽蔑するぞ! そんな訳の解らない理由で、人の心を傷付けても、……踏みにじっても、神官なら許されるってんなら、俺は、……俺はヤナイを軽蔑するぞ!」
「アルフ、ダメ……!」
その時、やっとその場に駆け付けたルー。怒りに任せ、アルフが思わず口にしてしまった言葉を慌てて制した。けれど、既に遅かった。『ヤナイ』という言葉に呼応するように、教室中がざわめき始めたのだ。
「ヤナイって……?」
「クワイって、ヤナイ族なの?」
「何だよ。俺、知らないで、あいつと喋ってたよ」
「嫌だ、どうしよう……」