第7章 秘められし力 No.6
☆ ☆ ☆
「じゃあ、リオ君は、確かにお預かりするわ。貴方達は心配しないで、きちんと授業を受けること。解った?」
ルーと二人、リオを運び込んだ保健室。
保健教諭のエリザベート先生は、丸顔に温かな微笑を浮かべ、たっぷりとした躰を屈めると、アルフとルーの肩を優しく叩いた。
だが、当の二人は、先生の言葉も上の空、心配そうに、先生の背後を覗き見ようと首を伸ばした。先生の躰の向こうには、リオが眠るベッドが垣間見えるのだ。
エリザベート先生は、大きな溜息を吐くと、二人の頭に手を乗せ、無理やり自分の方に顔を向けさせた。そして、彼等の目線の高さまで屈み込み、宥めるように、ゆっくりと言った。
「リオは大丈夫よ。彼が倒れた原因は、さっき、ちゃんと説明したでしょう? 睡眠不足に、過度の疲労とストレスが加わったので、貧血を起こしたのよ。霊獣を消し去る魔法を使うには、かなりの体力を必要とするわ。リオは、確かに大変な能力の持ち主のようだけど、それでも、子供の躰では、その魔法が過度の負担になったのでしょうね。でも、大丈夫。暫く眠れば、直ぐに良くなるはずだわ。今、彼に必要なのは、ゆっくりと眠ること。貴方達が側にいても、何もしてあげることは出来ないの。貴方達に出来ることは、今日の授業をしっかりと受け、下校時に迎えに来てあげること。それだけよ。さあ、今度は解ってくれたかしら?」
エリザベート先生の言葉には反論の余地は無い。二人は渋々頷くと、名残惜し気に保健室を後にした。
教室へと向かう途中、突然、アルフが立ち止まった。握り拳で、傍らの壁を思い切り叩く。
「クソ!」
驚き、そのさまを凝視するルー。
アルフは俯いたまま、吐き出すように言った。
「ちきしょう! 俺がもっと気を付けてやっていれば……!」
悔し気に、ぎゅっと眼を瞑り、喉の奥から言葉を搾り出す。
ルーは、訳が解らず小首を傾げた。
「なんで? どうして、そんなこと言うの? 君は何も悪くないよ。リオが倒れたのは、霊獣を消したせいだって、先生、仰ってたじゃない。全然、君のせいなんかじゃないでしょう?」
アルフは強く首を横に振った。
「違うよ。普段のリオなら、あんなことくらいで倒れるはず無いんだ。睡眠不足だって、先生、言ってたじゃないか。やっぱり、あいつ、眠れないほど悩んでたんだよ。そんなことにさえ気付いてやれないで、俺は……」
再び、辛そうに顔を顰めて俯く。
ルーはアルフの手を取った。
「リオの次は、君が、そんなふうに自分を責めて、悔やんで、悩むの? そんなの、もうやめようよ。君のせいなんかじゃないよ。誰のせいでもないんだよ」
ルーは小さく笑うと、鼻からずり落ちそうになった大きな丸眼鏡を指先で押し上げた。そして、廊下をゆっくりと、アルフを促すように歩き出す。
「この学校に入学する前から、リオってね、時々、とても哀しいこと言うんだ。自分なんか何の役にも立たない、とか、自分の罪は消えない、とか……」
「……どういう、意味だ?」
ルーと並んで歩きながら、アルフが眉根を寄せる。
ルーは首を横に振った。
「解んない。訊いても、何も教えてくれないから。でもね……」後手に指を組み、足を蹴り出す。「リオってね、何時でも、誰かのために役に立ちたいって思ってるんだ。今日のことだって、きっとそう。先生や、みんなの役に立ちたかったんだよ。だから、頑張って、頑張って、……ちょっと、頑張り過ぎちゃったんだよ。ボクは、そう思ってる」
アルフは唇を突き出し、不貞腐れた態で視線を天井へと向けた。
取りあえずは、納得してくれたのだろう。ルーは思った。
二人並んで、教室へと続く廊下を歩き始める。
だが、十歩も進まないうちに、再びアルフが足を止めた。
「アルフ……?」
ルーが不安気に友の顔を覗き込む。
唇を噛み締めたアルフの漆黒の瞳には、静かな決心が漲っていた。
「それでも、……あいつは許せない!」
咄嗟にルーはアルフの腕を掴もうとした。しかし……、遅かった。
ルーの指先をすり抜け、アルフが駆け出す。
「どうしたの、アルフ? 待って!」
けれど、その声に、駆け去るアルフを止める力は無かった。
廊下を曲がり、アルフの背中が消える。
ルーは迷わず教室へと向かった。
『あいつは許せない』
アルフは確かにそう言った。
今、あんなに苦々し気にアルフの口に上る『あいつ』は、たった一人しかいないはず。
……クワイ。
ペタペタと、それでも一生懸命に走りながら、ルーが大きな溜息を吐く。今にも教室で勃発するであろう騒ぎを思い浮かべたのだ。
「もう……。どうして、こんなに世話が焼けるかなぁ」
彼のそんな呟きを聞くものは、廊下の柱に掘り込まれた鳩達だけだった。